第4話

未来。曙光都市エリジオン。キムリット宅近辺。

アルドが言った。


「ミシャム、研究はどうだ?」

「毛だけだとやっぱりまだまだ時間かかるわねぇ」

「なにか俺に手伝えることないか?」

「じゃあ先生の排泄物のサンプルをとってきてくれない?」

「え?」

「うんちとおしっこよ」

「ええ……!?そんなので分かるのか……!?」

「なにいってるのアルド君!手軽に様々な情報が得られるじゃない!それに先生の体調だって調べておかないと!」

「そんなことも分かるのか。よしわかったよ。頼んでみる」


キムリットが言った。


「アルドさん、これをどうぞ」

「これは?」

「猫用のトイレを改造したサンプル採取キットです。先生にこれでトイレをしてもらったら私達のところに持ってきてください」

「ありがとう。行ってくるよ」


(よし、先生のところに行こう)


・・・


現代。王都ユニガン。


子供がミヌエッタに言った。


「先生!ちょっと質問!」

「あらどうしたの?」

「どうやったら王様になれるかなぁ!」

「王様かぁ。どうして王様になりたいの?」

「そしたら毎日お菓子食べ放題じゃん!」

「だったらちゃんと勉強して賢くならないとね」

「分かった!勉強頑張るよ!」


ミケが飛び出して言った。


「ミヌエッタ先生!また適当言ってるのかい!」

「ミケ先生!」

「猫が喋ってる!」

「いいかい、君!王様ってのは王家の血筋じゃないとどう頑張ってもなれないんだ!国を一から作るにしたってそんな土地もう無いしね!」

「でも先生賢くなったらなれるって!」

「そりゃ嘘だ!そもそも、王様になったからといって贅沢三昧出来るわけないだろう!」

「う、うわー!猫のバカー!」


子供が泣いて走り去る。

ミヌエッタが言った。


「ミケ先生!なんであんなこと言うんですか!ぶち壊しです!」

「君こそいつもいつも!今日こそは我慢ならない!横で聞いてる身にもなってくれ!」


ミケとミヌエッタがにらみ合う。

横で見ていたアルドが言った。


「先生、ここで喋るとマズイんじゃないか?」


ミケが頭を冷やす。


「やぁアルド。確かにそうだった。すまない。会いに来たってことは話があるんだろ。一旦場所を移そう。街の外で待ってるよ」


ミヌエッタが言った。


「私も行きますからね。さっきの話終わってませんから!」


ミケとミヌエッタが去る。

アルドが見送る。


(適当な用事が済んだらもう一度会いに行こう)


・・・


街の外。カレク湿原。王都ユニガン周辺。

ミヌエッタが言った。


「ミケ先生。とうとう子供の前で喋るなんて、そんなに私の方針はお嫌いなんですか」

「まぁね。それで、アルド。薬の研究はどうなんだい?」

「まだすぐには出来ないらしい」

「そうか……実は猫になったときのことを思い出したんだがね」

「え、本当か!?」

「でも僕自身信じられないというか、本当のことなのか疑ってるんだ」

「なにが起きたんだ?」


ミケが語る。


「あの日僕は隣の村にちょっと用事があった。それでその帰り道のことなんだ。僕は突然青白い光に包まれた。一目散に逃げたんだが、気がついたときには僕は猫になっていたんだ」


ミヌエッタが言った。


「ミケ先生って私には偉そうに言う割には全然現実的じゃないこと体験してますよね」

「僕の話が嘘だって言いたいのかい」

「なんかずるいなって思っただけです」


アルドが腕を組む。


(それにしても青白い光、か。まさか時空の穴じゃないだろうな)


ミケが言った。


「ところでアルド。さっきから気になってたんだけどそりゃ何を持ってんだい?」

「ああ忘れてた。先生、頼みがあってさ。実は……」


アルドが研究のために排泄物がいることを説明する。

それを聞いたミケが飛び上がる。


「にゃんだって!?排泄……!おい冗談だろう!」

「気持ちは分かるけど本当に必要なんだ」

「お気の毒さまですミケ先生。お手伝いして差し上げましょうか?」

「黙れミヌエッタ!信じないぞ!僕は!」


ミケが慌てて走り去る。


「街に逃げた!」

「ミヌエッタ先生、ミケ先生を探すの手伝ってくれないか?」

「その言葉が聞きたかったです!」


・・・


王都ユニガン。

アルドが周囲を見渡す。


「ここにもいないか」


そこにミヌエッタが駆け寄る。


「大変ですアルド君!」

「どうしたんだ?」

「向こうでミケ先生が連れて行かれてます!」

「なんだって!?」


……そして。


ミケを小脇に抱えた男を発見したアルドが言った。


「確かに連れて行かれてるな……」

「その隣にいる子供って、さっきミケ先生が泣かした子ですよ」

「本当だ。とにかく話を聞いてみよう」


アルドらが男と子供に駆け寄る。


「ちょっといいか?」

「あ、ミヌエッタ先生だ!」


子供がアルドの後ろにいるミヌエッタを指差す。

男が言った。


「あ、先生。いつもうちの息子が世話になっとります」

「あ、いえこちらこそ」


社交辞令を交わす二人。

子供が言った。


「先生!先生もさっき見たでしょ!この猫喋るところ!」

「え?あーいや、それはその~」


ミヌエッタの目が泳ぐ。

アルドが子供の父親に言った。


「その猫、どうかしたのか?」

「いや実は、私こうみえて人を猫にする薬を研究しててね」

「なんだって!?」

「それでつい最近ようやく完成させたんだ」


アルドが目を見開く。


(なんてこった。この時代にもそんな人がいるなんて。そういえばミシャムが昔から研究してた人はいる、みたいなこと言ってたよな。本当だったのか)


子供の父親が言った。


「まぁお兄さんが驚く気持ちは分かるよ」

「それでその猫が、そうなのか?」

「いや、それはまだ分からない」

「分からない?」

「実は薬が盗まれてしまったんだ。それで行方を探していたら息子が喋る猫を見たっていうもんだから、ひょっとしたらと思って捕まえたんだ」

「なるほど」

「まぁちっとも喋らないから違うかもなぁ」

「父ちゃん!本当に喋ったんだよそいつ!先生も見てたよね!」

「えーとそれは……」


ミヌエッタが助けを求めるようにアルドを見る。

アルドがうなずいて言った。


「その子の言う通りだ。その猫は喋る。人から猫になったから」


子供の父親が脇に抱えたミケに視線を落とす。


「なんだと……!?」


ミケが言った。


「なんてことを言うんだアルド!黙ってれば面倒をやり過ごせたのに!」

「本当に喋ったぞ……!おいよくも大事なものを……!」

「待て!僕は盗んでない!だいたいそんな研究するなんてどうかしてるぞ!もっと子供と遊んであげたらどうだ!」

「ほっとけ!さぁお前を騎士団に突き出してやるからな!」


子供の父親がミケを連れて行く。

アルドが言った。


「待ってくれ!その猫、ミケ先生が言ってることは本当なんだ!あんたの薬は盗んでない!」

「ならどうやってこいつは猫になったって言うんだ。自慢じゃないがこんな研究してるのは私ぐらいだぞ」

「それを今から調べたい。少し時間をくれないか」

「いいだろう」

「それと、そのミケ先生も連れていきたい。じゃないと場所が分からないんだ」

「それはダメだ!逃がすつもりじゃないか!」

「そこをなんとか頼む……!」

「ダメだ」


ミヌエッタが言った。


「では、もしミケ先生が戻ってこなかったら息子さんの今後の授業料をずっとタダにします!なんなら知り合いの方のお子さんみんなタダにしてあげます!それでどうでしょうか!」


子供の父親が言った。


「それは助かるな。よし分かった。連れて行け」


子供の父親がミケを解放する。

アルドが言った。


「助かったよミヌエッタ先生」

「ミケ先生はそういうことをする人じゃありませんから。盗むんならお金を盗むはずです」

「まぁそもそも盗んだりしないんだけどね、君は知らないかもしれないけど」


アルドが言った。


「とにかくミケ先生、先生が言ってた青白い光の場所に案内してくれないか。俺の予感が正しければ、そこを調べたらどうして先生が猫になったのか分かるかもしれない」

「分かった。君だけが頼りだ。さっそく行こう」


・・・


カレク湿原。

先導するミケのあとをアルドが続く。

ミケが言った。


「それにしてもミヌエッタ先生に助けられるとはね。元はといえば子供の前で喋った僕が悪いのに変な人だよ」

「どうしてそこまで毛嫌いするんだ?教師としては認めてるだろ?」

「まぁね」


ミケが先に進み続ける。

アルドが黙ってついていく。

ミケが言った。


「ま、青白い光のところまでもう少しあるからいいか」

「なにがだ?」

「聞きたいんだろ、理由。話してあげるよ。大した話でもないけどね」


ミケが言った。


「アルド、君は猫に裏切られたことがあるかい?」

「先生はあるのか」

「まぁね。子供の頃だ」


ミケが語る。


「飯に困るほど家が貧乏だった時期があってね、そいつに会ったのはそのときだ。そいつも腹をすかせていた。君ならどうする?」

「うーん、余裕があれば助けてやりたいけど……」

「当時の僕もそうだったよ。でも結局、可愛そうだったから自分のなけなしの飯を分けることにした」

「えらいな」

「君も絶対そうするよ」

「どうしてだ?」

「君ほどのお人好しはいない」


ミケが話を続ける。


「それで、そいつとはそれから同じ場所、同じ時間に一緒に飯を食う仲になったんだが、あるときとうとう僕ら家族は飯が食えなくなった」

「なにがあったんだ」

「当時住んでたところの近くに凶暴な魔物が現れたとかで少しの間仕事が出来なくなったんだ。ありゃ今までの人生で二番目に辛い時期だったね」

「まだその上があるのか……」

「そりゃある日突然猫になっちまったら二番目にもなるだろ?」

「言えてる」


ミケが話を続ける。


「それで飯がない僕は仕方ないからそこらの食えそうな草を手土産にして、いつもどおり猫のとこに行くことにした。途中何度もう一人で草食っちまおうと思ったことか。それだけ腹も減ってた」


アルドは想像も絶する過酷さに言葉もない。

ミケが続ける。


「なのにあの猫と来たら、ちょっと草を匂ったと思ったら僕を置いてどっかに行っちまった。所詮猫なんてそんなもんだ。僕は握りしめた草を一人で食った。それからそいつと会ったことはない」


アルドは励ましにもなってない言葉をなんとか絞り出す。


「まぁ、猫は肉食だからな……」

「そう。考えてみれば全部当前のことさ。相手は猫なんだから。さぁ話はこれで終わりだ。なんで彼女を毛嫌いするか分かったかい?」

「ありがとう」

「全く、猫と友達になりたいなんてバカバカしいよ。おっと、そろそろ現場につくぞ。気をつけろよ」


・・・


カレク湿原。

ミケが周囲を探す。


「確かこのあたりだったんだが……あっあれだ!間違いない!」


ミケの視線の先には青白い光を放つ穴。

アルドが言った。


「先生、俺はあれを調べてみる。危険だから先に街に帰ってくれ」

「分かった。君まで猫になるなよ!」


ミケが走り去る。

アルドが青白い光を放つ穴に近づく。


「やっぱり時空の穴だったな。先生がどうして猫になったか分かるはずだ、行ってみよう」


アルドが時空の穴に飛び込んだ。


古代。時空の穴が開きアルドが飛び出し周囲を見渡す。


「ここは……デリスモ街道か!」


アルドが腕を組む。


(まさか古代と繋がってるとは……てっきり未来のどこかに繋がってるものかと。この時代で作られたとは考えにくいが、近くにあるパルシファル宮殿で聞いてみよう)


・・・


デリスモ街道。パルシファル宮殿門前。

門の前に立つ番兵にアルドが尋ねる。


「ちょっといいか?あの、その……」

「どうした?ハッキリ言わんと分からんぞ」

「その、おかしいとは思うんだけど人を猫に変えるような研究をしている人を知らないか?」

「知らんな」

「そうか、ありがとう」


アルドがそそくさ立ち去る。

番兵が呼びかける。


「待て。だが確かそういう変な婆さんがいると噂で聞いたことがある。宮殿内にいる人に聞いてみるといい」

「ありがとう!」


・・・


パルシファル宮殿。

アルドが腕を組む。


(聞いた情報をまとめると、バーミーズというお婆さんがそういう研究をしていたらしい。だがここ最近ふらっと外に出たっきり帰ってきてないようだ。お婆さんの足で遠くに行けるとは思えない。宮殿周辺を探してみよう)


・・・


デリスモ街道。

アルドが周囲を見渡して言った。


「ここにもバーミーズ婆さんはいないか。ここからだともうアクトゥールが近い。そっちで少し話を聞いてみるか」


・・・


水の都アクトゥール。

アルドが聞き込みで得た情報をまとめる。


(どうやらバーミーズ婆さんは先程火の村ラトルに出発したらしい。道中は危険だ。なんとか追いつこう)



・・・


ティレン湖道。アクトゥール近辺。

アルドが老婆を発見する。


「ん?あれもしかしてそうなんじゃないか」


アルドが駆け寄る。


「おーい!バーミーズ婆さんか!」


老婆が舌打ちする。


「もう気づかれたか」


老婆が走り去る。あっという間に姿を消した。

アルドが目を見開く。


「な、なんて健脚だ……!追いつかないと!」


・・・


ティレン湖道中腹。

老婆が周囲を見渡して言った。


「ここまでくりゃ諦めるだろあの坊主」


アルドが全力疾走で姿を現す。


「おーい!待ってくれ!」

「しつけぇ野郎だ!」


老婆が走り去る。

アルドが息を切らして止まる。


「嘘だろ……!あの婆さん……!こうなったら意地でも追いつくしかない……!」


・・・


ティレン湖道。ラトル近辺。

ヨレヨレのアルドが立ち止まる。


「完全に見失った……よく考えたら、村に先回りすればよかったな……」


そこに老婆が慌てて引き返してくる。


「おいおめぇ!やっぱいやがったな!」

「げっ、あの婆さん魔物追われてる!」


アルドが剣を抜き、やってきた婆さんの盾になる。


「あいつらは俺がなんとかするから下がってくれ!」

「そのつもりだよ!」

「よし、行くぞ!」


アルドが魔物に飛びかかる。


……そして。


「てめぇやるな坊主!囮にするつもりだったのに倒しちまうなんて!」

「ひどいな!」

「それよりてめぇ、よく見たら兵士じゃねぇな。オレになんのようだ」

「俺はアルド。あんたバーミーズ婆さんだな?」

「それがどうした」

「人を猫にする研究をしてるだろ。それについて聞きたいことがあるんだ」

「まぁ助けてもらった恩だ、いいだろう。この先の村で話してやる。先に行ってるから早く来な」


バーミーズが走り去る。

アルドが言った。


「なんて元気な婆さんだ……」


(ラトルに向かおう)


・・・


火の村ラトル。

バーミーズが言った。


「それで話ってなんだい」

「実は……」


アルドがミケの窃盗容疑をかけられた経緯を話す。


「……というわけなんだ」

「ふーん。要はオレの作った薬のせいでそのミケって野郎が猫になったって証明したいわけだな」

「あんたを疑うわけじゃないけど可能性が高いと思ってる」

「なんでだ」

「それは……」


アルドが頭を掻く。


(まいったな。時空の穴が繋がってた、とは言えないしなぁ……)


バーミーズが言った。


「まぁいいや。どっちにしろオレの薬の仕業じゃねぇよ」

「なんでだ?」

「未完成だからな」

「なっ……!?」


アルドが言葉に詰まる。そして言った。


「なら一体どうやって先生は猫になったんだ……」

「へっ、そんなの簡単じゃねぇか」

「そうなのか?」

「ああ。ミケの野郎が薬盗んだんだ。それ以外ねぇだろ」

「それは違う。先生はやってない」

「どうしてそこまで言い切れる」


アルドが言いよどむ。


「それは……」

「そんなに言えねぇことなのかさっきからよ」

「悪い。でも信じてほしい」

「嫌だね。それ教えねぇ限り、オレもてめぇが知りたがってること教えねぇからな」

「な……!?なにか知ってるんだな婆さん!」

「ならどうするよ?」


アルドが考える。そして言った。


「時間をくれないか」

「いいだろう。覚悟が出来たらまたここに来な。でもそんなに長くは待たねぇぞ」

「分かった」


アルドが立ち去る。


(時空の穴のことを本当に話すべきか決めたらまた来よう)


・・・


火の村ラトル。

アルドがバーミーズの前に立つ。

バーミーズが言った。


「覚悟は決まったのか」

「ああ。話すよ」

「聞かせてもらおうじゃねぇか」

「信じてもらえないかもしれないけど、俺はこの時代よりずっと未来から来たんだ」

「おもしれぇなおめぇ。続けてみろ」

「それで……」


アルドが今までの経緯を全て語る。

バーミーズが言った。


「おめぇがなんで言わなかったのかよぉく分かった。オレでも時空を超えられるなんてことおいそれと言えねぇ。大騒ぎになっちまう」

「信じてくれるのか?」

「人は猫になれるって信じてんだぜこっちは。そんぐれぇわけねぇよ」

「なら……!」

「ああ。どうしてミケの野郎が猫になったか教えてやるよ」

「頼む」


バーミーズが言った。


「まずバッサリ言っちまうが、ミケはオレの作った薬で猫になった。間違いねぇ」

「え?でもさっき未完成って」

「ああ未完成だよ」

「どういうことなんだ?」

「あとで教えてやる。とにかくな、オレは人を猫にする薬を作ることには成功してんだ。とっくにな」

「そんなまさか。遥か未来でもまだなんだぞ」

「オレは天才だからな」

「試したのか?」

「いや。でも確信してる。で、なんの因果かミケの野郎が証明しちまった。オレの理論に狂いはねぇってな」

「なら本当に……!」


アルドが身震いする。


(な、なんて婆さんだ……!あの姉弟すらまだ実現してない夢に既に辿り着いたんだ、この時代に……!)


バーミーズが笑う。


「いい目じゃねぇかアルド。驚いたかよ」

「あ、ああ……!」

「そりゃいい気分だぜ。じゃあなんでミケが猫になってんのに未完成なのか教えてやる」

「ああ!」

「ま、答えは簡単さ。元に戻せねぇからだ」

「ど、どういうことだ?」

「人から猫に出来ても、その逆はオレにも分からなかったんだ。だからオレは薬を廃棄した。よくわかんねぇ穴にな。ただそれがまさか時空を超えて、その先に運がねぇ野郎がいるとはね」

「ちょっと待て。先生は戻らないのか、もう」

「オレが無理だったんだ。未来にいるその姉弟ってのにも無理だろうな」

「そんな……どうして普通に捨てないんだ」

「知りたいか」

「俺はせめて先生に納得する説明をしなきゃいけない」

「よし。なら取引だ。こういうのを持ってこい」


バーミーズが地面を指でなぞる。

アルドが言った。


「それは?」

「てめぇ六百年草って知ってるか」

「いいや。その地面に書いたのが?」

「ああ。その名の通り六百年に一度しか生えないって言われてるほど貴重な草だ。オレの調べだと丁度今がとれる可能性が高い」

「どこでとれる」

「ナダラ火山だ。おかげでオレみてぇなババアにゃ厳しい。生意気な草だぜ。それをあるだけとってこい」

「分かった。行ってくるよ」


・・・


ナダラ火山最奥。

アルドが言った。


「これだけ探してあったのは2つだけか。もう一番奥だし探しようがない、バーミーズ婆さんのところに戻ろう」


・・・


火の村ラトル。

アルドがバーミーズに六百年草を渡す。


「とってきたよ。これだろ?」

「驚いたぜアルド。本当に見つけてきやがるとは」


バーミーズが六百年草を観察して言った。


「ふん、どんな大層なもんかと思ったらチンケな草だぜ」

「じゃあ話してもらうぞ。どうして普通に薬を捨てなかったんだ。そうすれば先生が猫になることもなかった」

「答えは簡単だ。誰の手にも届いてほしくなかったからさ」

「どういうことだ?」


バーミーズが語る。


「元々、オレがこんな研究をしようと思ったのはオレの可愛い娘のためだった」

「娘のため?」

「そりゃ可愛いもんさ。猫になりてぇって素直に言いやがる。それを天才のオレが叶えてやろうと思ったのさ」

「でも元に戻す方法が分からなかった」

「ああ。でもそんなある日だ。国のお偉方がオレのところにきた。なんて言ったと思う?」


アルドが考えて言った。


「怪しい研究はやめろ、とか?」

「ハハハ!そりゃごもっともだ!」

「違うのか」

「研究の手助けしたいだとよ」

「それでも元に戻す方法は分からなかったんだな」

「どうだかな。なんせ断ったからよ」

「断っただって?研究が進むチャンスじゃないか」

「戦争で使うつもりだったからな」


アルドが眉をひそめる。


「戦争……」

「連中、猫にして敵の国に潜入させるとかどうとか言ってたけど冗談じゃねぇ。子供の夢を踏みにじりやがって。まぁその考えに至らねぇオレもバカだが。だから研究はやめた」

「そんなことして大丈夫なのか?」

「だから先手を打った。オレの研究はもうどこにもない。あとはオレが逃げ切れば完璧よ」

「だから最初俺から逃げてたのか」

「そういうことよ」


アルドが腕を組む。


「でもそれでなんで薬がミケ先生のところに行くんだ?」

「あれは、運命なんだろうな」

「運命?」

「ああ。逃げるにあたってオレは既に作ってた猫化薬の処分に困ってた。そこらにたれ流すのも危険だしな。そんなある日のことだ。オレは猫を見つけた」

「猫?」

「ああ。見慣れねぇ猫でさ、オレはそいつがどこ行くのかなんとなく着いていった。そしたらその先にてめぇが言う時空の穴があったんだ」

「それで薬を投げ込んだんな、誰の手にも届かないように」


バーミーズがうなずく。言った。


「ま、楽するもんじゃねぇな。こんなことになっちまうなんてよ」


アルドが言った。


「バーミーズ婆さん、本当に先生を元に戻す方法はないのか?」

「なんでだ」

「え?まぁなんとなくだけど、あんたほどの人が先生をほっとくとは思えなくてさ」

「てめぇ、なかなか人を見る目があるじゃねぇか」

「それじゃあ……!」


アルドの顔が輝く。

バーミーズがニヤリと笑う。


「だからさっきてめぇにこの草を持ってこさせた」


バーミーズが六百年草をアルドに渡す。


「全部持ってけ。オレの予想が正しけりゃこいつを使えば元に戻す薬が作れる。この時代の技術じゃ難しいがあの姉弟がいるのはもっともっと未来なんだろ」

「ば、婆さん……!それじゃあんたもう実質完成させてたようなもんじゃないか……!」

「オレは天才だからな。ま、草を持ってきたのはてめぇだ。それがなきゃオレも姉弟も無理だ。悪いがオレの尻を拭ってきてくれ、アルド」

「気にしないでくれ!」

「やれやれ、最後にこんなことになっちまうなんてオレもツイてねぇや」


バーミーズが笑う。

アルドが眉をひそめる。


「最後だって?」


バーミーズが言った。


「そうだ。研究データも焼いた。薬も処分した。じゃああとは誰が薬を作れると思う」

「おいまさか……!」

「ま、他人がゼロからやるぶんにゃ文句は言わねぇ。勝手にすりゃいい。だがオレの研究はここで終わりだ」

「よせ婆さん!そこまですることはない!」

「甘ぇよ。生きてる限り終わらねぇ。国の連中は聞き出したくてたまらねぇだろうよ」

「娘さんも悲しむんじゃないか!」

「もういねぇよ。小せぇとき病気だ」


アルドが言葉を失う。

バーミーズがポツリと言った。


「その草がありゃ助かったんだがな」

「そうだったのか」

「だからアルド、それはよ……」


バーミーズが言葉を区切る。

アルドが言葉を待つ。真っ直ぐな眼差し。

バーミーズが言った。


「まぁ、好きに使え」

「ああ、絶対大切に使うよ」


バーミーズが笑う。


「ハハハ!当たりめぇだ!全く無粋だなてめぇは!」

「す、すまん」

「じゃあ頼んだぜ!」

「いやおい待て!どうするつもりだ!」


アルドが駆ける。

それより早くバーミーズが試験管の液体を頭からかぶる。

するとバーミーズは猫になった。

アルドが愕然とする。


「ね、猫に……!?」


猫になったバーミーズが言った。


「こうなっちまえばもう誰もオレとは思うめぇ。最後にてめぇに会えてよかった!あばよ、アルド!」

「行ってしまった……」


アルドがしばらく立ち尽くす。

そして顔をあげた。


(……先生のところに戻ろう)


・・・


現代。王都ユニガン。

アルドが真相を語る。


「まぁ信じられないかもしれなけど俺の話はこれで全部だ」


ミケ、ミヌエッタ、子供の父親が各々話を飲み込む。子供はぼんやりしてる。

しばらくの沈黙。

ミケがまず言った。


「まさか、あの青白い光が遠い国と繋がっていたとはね」


アルドが言った。


「何度も言ったけどもし見つけても絶対近づいたらダメだぞ。どこに行くかも分からないし危険すぎる」

「当たり前だ。僕みたいな被害者が増えちゃいけないからね」


子供の父親が口を開く。


「興味深い話だった」


アルドらが子供の父親に注目する。

子供の父親が言った。


「だがその話を信じるとして、私の薬はどこに消えたんだ」

「確かに」

「それがハッキリするまでは、私は彼を疑わざるを得ない」


子供の父親とミケの視線がぶつかる。

子供が子供の父親に言った。


「父ちゃん」

「どうした?」

「その、実はさ……父ちゃんの薬、僕が飲んじゃったんだ」

「にゃんだって!?」


ミケが飛び上がる。

子供の父親が言った。


「それは本当か!?」

「うん。それで、バレて怒られるのが嫌だからミケ先生のせいにしたんだ。ごめんなさい。ミケ先生もごめんなさい」

「なんということだ……」


子供の父親が絶句する。

ミケが言った。


「おい!薬の管理がなってないんじゃないか!それでも親か!子供に取り返しがつかないことが起こったらどうするつもりだ!」


ミヌエッタも加勢する。


「そうですよお父さん!子供の手の届くところにそんなの置いたらダメです!」


子供の父親が慌てて頭を下げる。


「め、面目ない……!お二人の仰る通りです……!この度はお騒がせしました……!」

「こっちは猫になって参ってるのにいい迷惑だよ!君がしっかりしてりゃアルドも危険なところに飛び込む必要はなかったんだぞ!」

「はいもう仰る通りで……」

「そもそも親として……」


ミケの説教が続く。


……そして。


頃合いを見てアルドが言った。


「もうその辺でいいんじゃないか先生」

「君がそういうなら、じゃあそうしようかな!とにかくこれからはしっかりしてくれよ!」


子供の父親が平謝りする。


「はい、申し訳ございませんでした……」

「父ちゃん大丈夫?」

「お前、身体はなんともないか?」

「うん……」

「それはよかった」

「でも薬は失敗だよ?」

「お前の無事が一番だよ。さぁ帰ろう」


子供の父親が子供の手を繋ぐ。

ミケが言った。


「くれぐれも次からは薬の管理をしっかりしてくれよ!」

「いや、実はもうこれっきり研究はやめようと思っとるんです」

「にゃんだって!?」

「先生言い過ぎるから……」

「いやしかし……」


子供が言った。


「えー!?なんでだよ父ちゃん!約束したのに!」

「父ちゃんもな、自分の作った薬が悪いことには使われてほしくないんだよ。だからやめるんだ」

「そんな悪い奴いなくなればいいのに!」

「そうだな、そんな悪いことしなくていい世界になればいいのにな」

「じゃあ大きくなったら僕が王様になってそういう世界を作るよ!そしたら父ちゃんまた研究して!」

「ああ、約束だぞ」


ミケが親子をじっと見守る。


……そして。親子が去ったあと。

アルドが物思いにふける。


(そんなことしなくていい世界か……)


ミケが言った。


「どうしたんだい?神妙な顔してさ」

「いや、俺も頑張らないとなって思ってさ」

「君が頑張ってもどうしようもないこともあるけどね」


ミヌエッタが言った。


「ちょっと先生!なんてことを言うんです!」

「だってそうだろう!頑張るならみんなが頑張らないと!」


アルドが言った。


「ミケ先生。さっき子供が言ってた夢、叶うかな」

「無理さ」


ミケが歩いていく。

そして振り返って言った。


「でも、そうなったら良いと思ったよ」

「そっか」


第四話終わり

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