第26話


 9月下旬。


 クラウドファンディングの目標金額200万まで、残り30万を切った。

 毎日祈るように支援の状況を見守ってきた。

 進捗状況もSNSで発信してきた。


 おかげで、SNSには「支援しました!」や「応援してます!」など、コメントもちょくちょく届くようになった。

 

 しかし、当たり前だが、SNSで発信している以上、目を反らしたくなるコメントも時々届く。


 クラウドファンディングによる起業を、人の金で楽して儲けようとしているという概念に結びつけられ、心ない非難の的になったりもする。


(一つ一つが、意見なんだから、)


 そう思おうと思っても、匿名性の高いSNSでは人を傷つける言葉がどんどんエスカレートしていく。


 何かを投稿する度に揚げ足をとるように執拗に人格否定されることもあり、ここのところ菊は、SNSで現状を発信できなくなっていた。


 重い気持ちを抱えたまま、午後1時、『あや』のシャッターを開けていると、いつもの野菜の卸業者の青年と一緒に、壮年の郵便局員が両手にすっぽり収まるくらいの長方形の小包を届けてくれた。

 

 野菜の卸業者の青年には先に店内に入ってもらって、その間に、菊は郵便局員の小包にサインをする。


 よく見ると、その小包は菊宛で、差出人は『アウローラ』と記されていた。


「……!」


 菊の胸は一気に昂り、顔が紅潮していくのがわかった。郵便局員に礼を述べ、菊は店に入る前に、その小包をぎゅっと抱き締めた。


(まさか、本当に!?すごい、すごい!)


 SNSを控えてからも、気にかかるのは『アウローラ』の存在だった。


 記事をアップすれば「いいね」をくれる。それだけの関係だったが、記事が非難を浴びることがあったとしても、『アウローラ』は変わらず「いいね」をくれていた。


(応援してもらえてたから、頑張れた。)


 改めて菊は、ネットとはいえ築いてきたその縁に、深い感慨を覚えた。


     ※ ※ ※


 ネットで知り合った人からの小包。

 普通に考えれば軽い恐怖さえも抱きかねない。

 だが、菊は不思議とそんな疑念を持つこともなく、店の休憩時間に、椅子しかない狭い裏方で、焦る気持ちを抑えきれずに小包を開封した。


「亜矢子さん!」

 

 そして大きな声と共に菊は裏方から店内に飛び出してきた。

 その手には、変わった形の食品トレイ。


「どうしたのっ」


 菊の勢いに驚き目を丸める亜矢子に、菊はその食品トレイと同梱されていた手紙の内容を要約して説明した。


【毎回、メニューへの考察等、楽しく拝見させていただいています。この度、仕事先で面白い食品トレイを扱う企業様とのご縁に恵まれ、僭越ながらサンプルを送らせていただきました。ご一考いただけますなら幸いです。】


 送られた食品トレイはベージュ色で、撥水加工された厚紙でできており、蓋と一体型になった厚みのあるタイプだった。


 中の仕切りは全部で4つ。一番大きなスペースは長方形で、トレイの凡そ半分を占めた。100gの三角おむすびなら縦で3つ入れることができるくらいの大きさだ。その大きな長方形のスペースの角には小さな三角の漬け物用スペースもある。


 トレイの残り半分には、小ぶりな長方形のスペースが2つあり、別容器を嵌め込むことができる仕組みとなっていた。その別容器のサンプルももちろん同梱されている。白を基調としたシンプルな小鉢のような形をしていた。


「私、前にSNSで、理想とするお弁当のスタイルを書いたことがあるんです。お客様にいくつかある小鉢の中から好きなお惣菜を2種類選んでもらって、おむすびを車内製造してワンコインで販売する案だったんです!それをアウローラさん、覚えていてくれてたみたいで!」


 客の酒を準備していた亜矢子の袖を掴まんばかりの勢いで、菊は興奮気味に熱弁を振るう。


 カウンターの客はくすくす笑っていた。

 しかし、


「ちょっと待って、菊さん。アウローラさんて誰。」


 水を指すように、亜矢子は手のひらを菊の前につき出した。


「アウローラさんは、私がSNSを始めた当初から応援してくださってた方で、いつも私の記事に「いいね」を付けてくれてたんです!凄くいい人なんですよ!」


 興奮冷めやらぬ菊に対し、亜矢子は訝しそうに眉をひそめた。そしてそのまま菊の手からアウローラの手紙を奪い取ると、文面に目を通す。

 刹那、


「あははははは!何これ!まどろっこしい!」


 大きな声で笑いながら、すぐさまアウローラの手紙を菊に返した。


「まどろっこしいって、どういう意味ですか?」


 手紙を受け取りながら困惑を隠さない菊の頭を、亜矢子はポンポン叩いて、「よかったね」と優しく微笑んだ。

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