第25話


 『あや』には午後一時から入ることになっている。


 亜矢子から預かった鍵でシャッターを開ける。するとだいたいこのタイミングで野菜の卸業者の青年が顔を出した。


「お世話になりまーす。」

「あ、お世話になります。ありがとうございます。」


 菊は扉を開け、自分が店に入るよりも早く、卸業者の青年を先に店に入らせる。

 

 青年は抱えていた大きめの段ボールをカウンターに置く。そして段ボールを開き、中いっぱいに入った野菜を菊に見せた。


「確認お願いしまーす。今日は結構珍しい野菜も入ってますよって亜矢子さんに伝えておいてくださいね。」

「あ、はい。わかりました。えっと、どれですか?」

「これこれ。農家さんの試作品らしいんですけどね、」

「へー、あ、納品書のこれですか?」

「そうそう。僕も初めて扱うんで、できれば感想を聞かせてくださいって農家さんにも頼まれましたんで。一応亜矢子さんにはその旨後でメールしておきますねー。」

「あ、はい。ありがとうございます。よろしくお願いします。」


 雑談を交わしつつ、色んな種類の野菜の一つ一つを検品し、いつものように納品書にサインした。


「どうも、毎度、ありがとうございまーす。」

「ありがとうございました。お気を付けて。」


 そして卸業者の青年は、ボロボロの帽子を軽く浮かせて、爽やかにニカッと白い歯を見せ去っていった。



 カウンターに置かれた野菜をキッチン側のカウンターの下に納めながら、ふと、その野菜の一つを手に取ってみる。


 毎度思っていたが、この野菜はどれも土がついたままの不格好なもので、スーパーなどで扱う品とはあまりにも違った。


(新鮮そうだけど、こういう野菜は見たことないんだよね。)

 

 よほど珍しそうに野菜を見ていたのだろうか。


「どれも不格好だろう?」

 

 いつの間にかやってきていた亜矢子に、心を見透かされたように笑われた。


「この野菜はね、この近辺の農家さんが作ってるものなんだけどさ、規格に合わずに卸せないからって本来は廃棄されるはずの野菜たちなんだよ。だからうちも安く譲ってもらえてね。うちみたいな小料理屋は少量でたくさんの種類の料理を作りたいから、この量が適量なんだよ。」

「そうですよね。えー、いいですね。」

「だろ?ホント隙間産業さ。いつも持ってきてくれてるあの若い子がいるだろ、彼が始めた事業なんだよ。」

「え!そうなんですか!」


 菊の目の色が変わる。

 それを見越したように、亜矢子はニヤリと笑った。


「若いのに凄いよね。アタシもね、ほんのこの間から、取引をさせてもらってるんだよ。この前、ある人に紹介してもらってね、」


 含みを持たせた言い回しだったが、菊は野菜に気をとられてまったく気付かない。


「だからさ、やっぱり人脈は宝なんだよ。菊さん。」

「そうですね。」

「………。」


 菊は頷いているが、亜矢子が伝えたいことが伝わっているという手応えはない。

 鈍い菊に、亜矢子はやきもきするのか唇を尖らせた。


「もう。菊さんさぁ、もうちょっとさ、『どんな人に紹介されたんですかぁ?』とか聞いてよ。」

「え?聞いてほしかったんですか?」

「聞いてほしかったんですよぅ」


 駄々っ子のように身をよじる40代に、菊は可笑しそうに笑いながら、


「誰に紹介されたんですか?常連さんですか?」


 そう、亜矢子の望む通り聞いてみた。


 義理で聞かれたとわかっていても、亜矢子は嬉しそうに口角をもたげた。


「常連さんではないのよ。でもいい男だよ。目元が涼やかでね。」

「へえ。」

 

 しかし全く関心を示さない菊に、亜矢子はやっぱりかと心の中で嘆息し、憮然と目を細めた。



「てなことがあったわけよ。匂わせって難しいねぇ。」

 

 菊が休憩に入っている時、亜矢子は店の外に出て電話をかけていた。


 電話の向こうの主は、乾いた笑いを溢し、


『それは一般的にお節介というので、今後一切やめてください。』


 と極めて冷静に亜矢子を注意した。

 そんな返答も予想していたのか、亜矢子はケタケタと笑い出した。

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