第22話
クラウドファンディングのサイトに登録したはいいものの、実際に支援をしてもらうためにはいくつかクリアしなければならない問題がある。
まず第一に、菊は弁当製造におけるキッチンが用意できていない。家庭の台所での製造では、そもそも保健所の営業許可がおりないのだ。
それを菊は夕食時、何気なしに父親に相談した。
すると父親は顎を上げてニヤニヤ笑いながら、いきなり自身のスマホのギャラリーを開いて見せてくれた。
「なに、これ、」
そこには、カウンターキッチンスタイルの、小さな小料理屋のような店舗の写真が数枚。
「武ちゃんの知り合いに小料理屋の亜矢子さんがいてよ、お前が弁当屋やるだろうから、結構前から俺らで亜矢子さんに交渉しておいたのよ。…亜矢子さんが開店準備前の、お昼12時までならキッチン使えるってよ。」
小料理屋のキッチンは小規模だったが、亜矢子の手料理が評判の店だけあって、一見しても調理をするには申し分ないように伺える。『ころりん』の作業場に通じる部分も多々あり、狭いからこそ無駄な導線を省いた効率のよい作りをしていた。
「すごい、」
「だろ?店は基本的には午前2時には閉めるらしいから、それからなら入れるらしいぞ。」
「わー!ありがとう!お父さん!」
亜矢子さんと親密になりたい武田社長と父親の若干の下心が垣間見え、出汁にされた感は否めないが、嬉しいことにかわりない菊は諸手を挙げて父親に感謝した。
※ ※ ※
弁当販売における資格取得に向けて奔走しながら、菊は毎日クラウドファンディングのサイトへ載せるための資料づくりに勤しむようになった。
すると自然と普段の仕事に対しても見方が変わっていく。
スーパー中松惣菜コーナーは、例え菊がパート従業員に認められない劣悪な環境だったとしても、将来的な弁当販売に繋がる有益な環境であることは間違いない。
自分の与えられた仕事をこなしながらも、菊は積極的に周りの作業を注視した。
そんな日々の続いたある休みの日の夜。
「ごめんください!」
菊は小料理屋『あや』の亜矢子を訪ね、キッチン使用の許可をもらえたことへの感謝を伝えた。
「あらいらっしゃい。あんたが菊さん?」
40代半ばとおぼしき亜矢子は一見性格がきつそうな、はっきりとした目鼻立ちをしており、物言いも随分あけすけであった。だがその分裏表がなく、その日のうちに、料理を覚えるためにも『あや』でアルバイトをしないかと誘ってくれた。
「菊さん、ありきたりだけどさ、やっぱりやりたいことってのは思い立ったが吉日なんだよ。迷うというのは大事なことだけど、迷いすぎるのはよくない。ましてあんたは人の縁に恵まれてこうしてアタシと出会えたんだ。人脈に助けられたなら、誠心誠意応えるのが人情だよ。」
まあ本音は、人手が欲しかっただけなんだけどね、と亜矢子は屈託のない笑顔で声をあげて笑った。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
菊は頭を下げたまま、しばらく顔をあげることができなかった。
菊は次の日、コンビニのオーナーに事情を話し、早朝のコンビニバイトを辞める手筈を整えた。同時に週3日、亜矢子の小料理屋の手伝いを始める。
日々が、全て自分の将来へと繋がり始めた瞬間だった。
※ ※ ※
5月。
菊はいよいよクラウドファンディングを開始する。
期限は半年。目標金額は200万。
リターンは、千円の「おむすび引換券」から始まり、五千円で「3日分お弁当引換券」、一万円で「一週間分お弁当引換券」、二万円以上で「出張販売」と設定した。
「よし!あとは頑張るだけだよね!」
しかし登録初日は当然のゼロ発進。
だが二日後の朝、起き抜けに菊がパソコンを開いて確認すると、二万三千円の支援が届いていた。
「え!ウソ!すごい!」
菊は両手で口を押さえたまま、身動きがとれなくなった。鼻の奥がつんと痛い。
目が、パソコンの画面から離れなかった。
だがみるみる画面は揺らいでいく。
「………うぅ、」
自分の「頑張りたい」を応援してくれる人がいる。
その事実が胸をじんわりと熱くする。
「…ありがとうございますっありがとうございますっ」
菊はパソコンの前で、何度も感謝を口にしながら、しばらく咽び泣いた。
その日から毎日五千円ずつの支援が続く。
それが呼び水となり、支援の輪が少しずつ広がっていった。
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