遠隔のアイ

小鳥遊

遠隔のアイ

「いやぁ、今年は君たちが入部してくれて本当に良かった!SF研部員が僕一人で廃部寸前だったところに、1年生が3人も入るなんて思わなかったぞ……誠に嬉しい!残念ながらコロナの影響で我々はまだ一度も直接会ったことはない。それでも、この輝かしい出会いをもたらした2020年に……乾杯!」


Zoomの画面越しに、部長が今日5度目の乾杯を宣言した。言うやいなや、ごくごくと手元の缶ビールを飲みほしていく。このリモート年越し飲み会が始まってもう2時間。部長の顔は耳まで真っ赤だ。すっかり出来上がっている。


「オンライン新歓コンパで SF 研の紹介してはる先輩があんまり寂しそうやったからね~」


カメラの向こうで手のひらを軽く振ってC子が言う。関西出身らしい彼女は部のムードメーカーである。


「部長、カメラ回ってるのにうなだれてボソボソ話してるんだもんな。最初アブナイやつかと思ったけど……まぁ俺、SFは普通に興味あったし」


Zoomの画面越しにB郎がそう言って笑う。部長相手にも敬語を使わないが、それはこの数か月で得た彼なりの親密さの表現だった。


「あとは君たちが無事に二年生に進級して、二十歳を迎えてくれれば何よりだ。こうやってリモートで集まれるものの、さすがに僕一人だけ酒を飲んでる状況はどうもな」


「……寂しい、ですか?」


首を傾げて A子が尋ねる。今年SF研に入った部員たちの中では目立たないが、自分は真面目が取り得なのだと公言する少女である。


「ああ、A子君。実を言うと少しな……。うーんいかんな!先輩たちが卒業してから暫く独りだったものだから、どうにも孤独に弱くなってしまった」


いかんいかん、と部長は首を振る。


「でも、もう大丈夫やもんな?来年もうちらがおる、か……な……」


C子の声にノイズが混ざる。


「C子君、ネットワークの調子が悪いようだが大丈夫か?」


「うん……じょうぶ、やで」


「うむ。君たちの顔は知っているとは言え、これまで実際に対面したことが一度もないというのも味気ないしな。断じて寂しいわけではないぞ!」


「しかし部長よ、対面するのが怖かったりしないのか?一回も会ったことがない俺たちだぜ?実は悪いやつかもしれねぇ」


「宇宙人とか、幽霊かもしれへんで~」


「今流行りのAIとかな」


「こら、先輩をからかうな!全く……君たちが良いやつだというのは、この数か月で十分理解しているつもりだよ。たとえ宇宙人とか幽霊でも、僕は気にしないさ」


部長の言葉に、B郎とC子があははと笑う。


「さて、君たち。あと10分で今年も終わりだ。除夜の鐘でも聴いて、クヨクヨした気持ちを晴らさねば」


「……あらら、堪忍な部長。ちょっと、オカンから電話が入って、しもたわ。しばらく抜けるで~」


C子がひらひらと手を振ってオフライン状態になった。


「おや、残念だな……。除夜の鐘までに戻ってこれるといいが、親御さんなら仕方ない」


「すまん部長、俺もちょっとコンビニ行ってくるわ。飲み物が無くてさ」


「なにぃ!B郎君まで!酒を買いに行くのか!水道水を飲め!」


「ちげーよ。飲めねぇよ酒なんて。眠気覚ましに缶コーヒーでも買ってくるわ」


じゃあな、楽しかったよ。そう言い残してB郎もオフラインになった。


「なんだなんだ。もうこれっきりみたいな捨て台詞を残しおってからに」


「あの、部長」


「なんだA子くん!ま、まさか君まで抜けてしまうのではないだろうな?!」


すがるような部長の目に A子は慌てて首を振る。


「あわわ、違います違います!その、除夜の鐘って何ですか?」


「なに、君は除夜の鐘を知らんのか?うーん。今日日珍しい。君は帰国子女だったか?」


「いえ、その……世間知らずですみません」


「いや気にするな。除夜の鐘というのは大晦日から元日を超えるときにつく鐘のことだ。仏教においては、人には108つの煩悩がある。その煩悩を祓うために、鐘を108回つくのだ」


「煩悩を祓うとどうなるんです?」


「うん?うーん。そうだな……気持ちよく生きていけるようになる、かな。背筋を伸ばして、胸を張って、正しく、優しく、美しく過ごせるようになる……といった感じかな」


「……なるほど。インプットしました!」


「ふ、A子くんは時折不思議な言い回しをするな。まるで自分が機械のような……まぁとにかく、僕は除夜の鐘が好きでな。みんなで聞こうと思っていたのだが」


「大丈夫ですよ、部長。私はここに居ますので」


「ありがとう。君はとても優しいのだな。うむ、しかしどうにも酒を飲みすぎたか、少し眠くなってきた」


「5分くらい眠ってみたらどうですか?私、起こしますから」


「そうか?うーむ、じゃあお言葉に甘えて少し目を瞑るだけ……」


言葉とは裏腹に、眼を閉じた部長はたちまちにいびきをかき始めた。A子はクスリ、と笑うと飲み会に回していた計算リソースの一部を解放し、戦術プロセスの並列処理スレッドの本数を増やす。自分一機で処理しなければならない敵の数が多すぎるのだ。両サイドから特攻してくる無数の小型宇宙怪獣を両腕の120mmアームマシンガンで血煙に変えながら、A子はオペレーションルームとの通信路を開く。


『こちらA号、敵の数と位置をリアルタイム送信してください。私の索敵センサーは破損しています。このままでは処理しきれない。防衛ラインに空いた穴から、敵の侵入を許してしまいます』


『A号、こちらオペレーションルーム。今データを送る……が、君はAIながら我々人間と同等の感情がある。故に、その……』


『大丈夫。どんな状況にあったって、私、絶望しません。私たち自律駆動式宇宙戦闘用ヒト型兵器 A.S.C. の量子AIは、そのために人間を学んだのですから』


『……わかった。今送る』


A号――A子はデータストレージに随時送られてきた戦況データを、ストリーミングで解析する。負荷が一時的に高まるが、今は時間が惜しい。状況が見えてきた。敵の数は2千と107体。8割が小型宇宙怪獣だが、残りの2割は中型と大型。過去の戦闘記録によれば、大型はB号、C号の3機でようやく五分の戦闘ができる相手だ。B号、C号は……両機大破。通信は途絶。


『(B郎くん、C子ちゃん)』


A子のボディに瞼は無い。それでも彼女は黙祷する。ほんの1ナノ秒だけ。


『(部長に謝らなきゃな……)』


全長25m、層重量80t。3度の大気圏突入に耐えるだけの装甲を持ち、200門の火器兵装を搭載する現人類最強の兵器たるA号は、一方で大学に通いサークル活動にいそしむ大学生A子でもあった。自身のアンバランスさを人間的な客観性で評価すると、それがなんだか面白くて、滑稽で、哀しくもあり、特殊合金の顔ではどんな表情をすればいいか解らない。


『こちらA号。オペレーションルームへ。状況を把握しました。絶望はしませんが……嫌になる数値ですね』


『A号、どうか10分もたせることはできるか。今、地球の裏側で第4エリアの防衛線確保が完了した。対応にあたっていたアメリカ地球防衛軍のA.S.C.部隊の一部がこちらに向かっている。援軍だ』


『了解。10分ですね。丁度いいです。こちらにも用事がありますので』


『用事……?』


『部長が、除夜の鐘を聞きたがっています』


『君のAIマネージャが走らせている並列学習プロセス……たしか、日本の大学に仮想人格として入学し、人間を学ぶという……それのことか』


『はい。大変有意義な学習でした。可能なら、あと1460エポックは学習を繰り返したいところです』


『……君からみて、我々人類は守るに値する存在だったかね?』


『どうでしょう。データセットが少なすぎるような気がします。ですが、私は最初の一回で当たりを引いたようです。私と、B郎と、C子にとって、彼は死力を尽くして守るべき存在です。たとえ自己防衛プロセスを強制停止させてでも』


『……感謝する』


通信の間も、迫りくる中型宇宙怪獣を撃ち落としながらA子は思う。自分が背負う地球。部長は、あの青い星の上で新たな年を迎えようとしている。今年と変わらぬ来年。今日よりもっと良い明日。あるいは、今日変わらない明日。だが彼が望むであろうそれは、実はもう存在しない。地球はこの10年、外宇宙生物群からの侵略の危機に晒されてきた。世界同盟の元で構築された地球防衛軍は、一時は防衛ラインを火星まで伸ばしていた。それが今は月まで後退。まさに背水の陣だ。


『A号。大型が108体、高速接近中だ。26秒後に接敵!』


アームマシンガンの弾薬が尽きた。高熱になった武装モジュールごとパージする。残る火器兵装はヘッドマシンガンとショルダーミサイル、ブレストキャノン。弾薬の節約が最適と判断し、バックパックから高周波ブレード2本を排出。両手に構える。


『こちらA号。オペレーションルーム。敵は108体ですね?』


『そうだ。何か問題が?』


『いえ、丁度いいなと思いまして』


並列学習プロセスのA子が、いびきをかく部長を優しい眼差しで見つめる。10分後の除夜の鐘に、自分は間に合わないかもしれない。


「だから少し早いけど、私が鐘を鳴らしますね」


どうか貴方が、背筋を伸ばして、胸を張って、正しく、優しく、美しく過ごせますように。


 A子は両脚部と背中のブースターを全開にし、大型の群れへ突っ込む。口を開けて眼前に迫る巨大な絶望たちに、彼女はブレードを振りかざした。


「いーち、にーぃ、さー、ん、しーぃ……」

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遠隔のアイ 小鳥遊 @g_fukurowl

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