晩
「よその工場に、つぎつぎ査察が入ってるって聞いてるかい?」
湯気の立つスープをお盆に載せて持ってきたハンナさんから問われ、アリヤは戸惑った。
子供たちに夕食を取らせてから片付けを監督し、各部屋へと解散させ、自分も空腹を満たそうと食堂室に戻って間もなくのことだった。
ハンナさんは以前、工場内の食堂で従事していた炊事婦で、この廃工場の変遷をよく知っている。
「査察って、なにを見られるんです?」
「そりゃ、業務内容とか契約が法に反していないかじゃないかねぇ」
「業務は子供の修繕ですから、この社会になくてはならないものです。
だけど契約というのは……」
「子供をどこから、どのような合意を取り付けて連れてきているかってことだよ」
どこから、という言葉を耳にしてアリヤは言い様のない胸の痛みを覚えた。
いつも絶やさず浮かべている笑みが、まるで負担であるかのような筋肉の引き
「あたしゃ前から気になってたんだけど、ここで修復した子供はみんな、
もとの家庭には戻らないだろう。
工場長の
それはそうだ。アリヤの脳裏に、日々送り出してきた子供たちの顔が浮かんだ。
初めて出迎えたときにはムラのない一色だけだった瞳が、工場長の修繕を経て、絶えず波打つようになったのを満足して眺める。
これから社会で活躍するであろう後輩の出立に、誇らしい気持ちになるのだ。
旧工員通用口で握手を交わすあの瞬間は、アリヤにとって大事なひとときだった。
「こんなことをあんたに聞くのは酷かもしれないけどさ、」
ハンナさんは一度、言葉を摘んだ。
アリヤとハンナさんの眼が合った。
ハンナさんの瞳は、濁っている部分と澄んでいる部分が共存していて、その奥の人間の複雑さを思わせた。
「あんた、親はどうしたんだい?」
「私は……私の親は……工場長です。
もちろん生産されたのは別の場所ですが、今の私にとって、
親と言えるのは工場長のみです」
つかえつかえであることを見透かされないよう、努めてゆるやかに話した。
自分の瞳が一面単色になったような心地がして、アリヤはその平坦なままの視線をハンナさんに投げた。
言葉の額面以上はなにも発さないし、向こうからもなにも受け付けないような眼差しに、ハンナさんは目を小さくそらした。
「まぁ、あんたにこんなこと聞いてもしょうがないよね。
今の話、工場長には言うんじゃないよ」
軽くそう言い捨てると、「さて、鍋でも洗うかね」とハンナさんは炊事室へと戻っていった。
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