三日前

 ここに運ばれてくる子供はみな、少しうつむいている。

 それは三日前も同じだった。


「おまえ、名前はなんというの」


「ほら、名前をお言いよ。工場長は別にこわくなんかないよ」


 工場長が名前を尋ねても、隣で勇気づけようとアリヤが促しても、縮こまった六歳の少年がなにかを言おうとする気配はなかった。

 暖炉のぱちぱちという音だけが工場長室に響いた。


 工場長もアリヤも、こういった場面で訪れる沈黙には慣れきっていて、気を揉む様子はなく、ただ時が過ぎていく。


「修繕の日程は明日調整するわ。アリヤ、あとは頼みましたよ」


 三人で作り上げた静謐を打ち破るように工場長が平淡に言うと、アリヤは小さい背中にてのひらを添えて、廊下へと誘導した。


 大雪で子供の輸送が遅れたこともあり、消灯した工場内はもう夜の闇に沈んでいた。外は曇っていて、明かり取り窓からも光は入ってこなかった。


 アリヤは物言わぬ子供と、広くて無機質な廊下をカンテラの灯りで照らしながら進んだ。

 二階通路の奥にある工場長室が背中に遠くなると、屋根裏の廃クレーンや巨大なパイプが錆びついているのが時折、光の反射でちらついた。


 足もとの誘導灯は極めて薄く、二人の黒い影が無秩序にあちらこちらへと映し出される。


 アリヤのシルエットは作業着に押し込められ無駄がないことに比べ、子供の髪は伸びて肩口からはみ出したうえに不揃いで、上着は型崩れしていた。


「大丈夫だよ、工場長が完璧に修繕してくれるから。

 ほら、その実例が君の目の前にいるだろう」


 アリヤはカンテラを持ち上げ、自分自身を親指で指して見せた。

 子供の瞳がゆらっと動いたのを見て、アリヤはなおも続けた。


「ほかのやつらはさ、修復できたら出て行くんだ。

 外の世界で立派なお役目を担うんだよ。

 私は助手としてこうやって残っているんだけど」


「ぼく……ぼくは」


 あたりには物音もなく、アリヤの声だけが響く中で、共鳴しようとするかのように子供は口を開いた。


「ぼ、ぼくヒオン。あの、名前」


 一瞬きょとんとしたアリヤはすぐにまた微笑んだ。


「そうか、君はヒオンというのか。

 工場長にもちゃんと言っておくから安心して今日はお眠り」


 立ち止まった大部屋の戸を開けると、すでにほかの子供が電源を切られたように横たわっていた。

 ヒオンは小さく頷いて、手渡された毛布を抱きしめ、指示されたマットレスに入り込んでいった。


 死んだように静まった部屋の上部には、橙色の灯りがひとつだけ浮かんでいる。

 子供のかたまりに吸収されていった新入りを、アリヤは戸を閉めた後もしばらく廊下から見守っていた。



「教育とは洗脳よ。

 だからわたしは、それが子供にうまく機能しないのなら、

 その前の段階まで初期化してやらねばならない」


 修繕の合間にアリヤが紅茶を差し入れると、よく工場長はそのようなことを言った。

 それは助手に伝えようとして口に出したというより、自分に言い聞かせているような物言いだった。


 しかしそこには女王のような威厳もあった。自分が数多くの子供を生産する采配さいはいをしていたころの名残なごりだったのかもしれない。


 アリヤは遠く昔のわずかに思い出せる記憶の中から、初めて見た工場の風景を意識に呼び戻しつつ、その場に身を沈み込ませるのだった。

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