生徒手帳
明治五年。新橋 - 品川蒸気機関車が走り始め、遠くへ移動する手段がさまざま出てきた頃のことである。銀座の街並みは煉瓦造りとガス灯のハイカラな景色に変わり、乗合馬車が走っていた。
帝国大学二年生になったばかりの
希少な本を求めて初めて来た書店は、古書の匂いがした。新しく始まる講義の教本が近所の書店には置いてなかったので、銀座まで買い求めに来たのであった。
「これをください」
「はい。三円でございます」
生徒手帳が初めて発行されたのは明治二年のことである。正確には「学生手帳」という名前で、当時は大学といえば帝国大学、大学生といえば帝国大学の学生という時代だったので、その手帳を持っていることは大変価値のあることだった。
手帳はステータスを証明するためだけではなく、さまざまな割引やサービスを受けられるという利点もあった。書店も例外ではなく、本を通常より安く購入することができる。
当然、田辺も帝国大学の学生なので、書物を安く購入できることは知っている。
ただ自ら「私は学生です」と言うのも品がないように思えた。田辺はその小さな自尊心ために、支払いのために財布を出すと見せかけて手帳も同時に取り出し、店主に気づいてもらおうとする必要があった。店主に見えやすいように財布から大きくはみ出させることが肝要である。
「ああ、学生さんですか。それならこれは一円でかまいません」
「左様ですか。ありがとうございます」
目論見通りに手帳を認めた店主は、そちらから割引を申し出てくれた。
銀座という土地柄もあり、手帳の外観には見覚えがあるのか、すぐに気がついてくれたように思う。
こういう駆け引きを経てはじめて、田辺は学生の割引を受けることができるのであった。
注:お題は「カスの嘘」「生徒手帳」でした
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