生乾き

 こちらに向いた背が油断していたので、一気に間合いを詰めて鉄パイプで膝裏を殴打した。重心を崩されてぐしゃ、と地面に沈む男を見下ろす。僕に気づいてそいつは、少し安心したように笑った。いや、気のせいかもしれない。

「まさか君が来るとはな」

「何いってんの、わかってたくせに」

鳩尾に一発打ち込めば、苦しそうに咳き込む。馬乗りになって首の真ん中に親指を押し込んだ。もがく力が一気に弱まる。

「おぼえてるか、銀座で見た短編映画」

頭から血を流しながら場違いなことを言うから、何も言わずに目をみたまままた殴る。

「君、あれで、泣いてたろ」

「なんの話?」

「恋人を殺す男の…、話だった」

もう一発

「とぼけちゃって、可愛いね」

もう一発

「俺を殺したら君、泣いちゃうんじゃないか」

じわじわと広がる血溜まりの中から見つめる目が優しくて忌々しかった。のけぞった首元に手を這わせ、込める力を強めていく。

「思い上がってんじゃねえよ」

手袋越しに伝わる体温が脈打っていた。




「車出して」

終わらせてきた、と言った僕の顔をみて、運転席の女は深くため息をついた。

「生乾きみたいなツラしてんじゃねえよ、キッショ」

「……うるせー」

「シートが汚れるから脱げ」

「わかってるってば」

ぐしょりと重みをもったシャツをビニールに詰めて、積んでたシャツを適当に着た。鼻の奥にこびりつくにおいが取れない。


ぐん、と踏まれたアクセルが体をシートに押し込む。

窓の外を眺めながら、最初から全然抵抗されなかったなと思った。待っていたのかもしれない。

「僕も殺されたかったな」

「……まじでキショいなお前ら」

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