遅刻

悪夢を見る。頻繁に。遅刻ばかりするという絶妙な悪夢だ。

約束の前なのに電車を乗り過ごして遠くの駅に来てしまったことが判明したり、あと30分でバイトが始まるという時間に隣の県にいたり、友人の結婚式の10分前に目が覚めたり、バリエーションは豊富だったが、とにかく遅刻した。

遅刻が確定する瞬間の、あのなんとも言えない落ち着かなさ、罪悪感がやりきれなかった。目覚めた後も後味が悪くて、朝はいつもなんとなく落ち込んだ。

あの感覚を何度も何度も味わった。もう勘弁してくれというくらいに味わうので、実生活では遅刻をすることはほとんどなかった。自分の意志で動ける夢の外ではせめて、という思いで、今日も時間より数分早く約束の場所についた。おかげで他者からの信頼は厚い。



「いつもこっちばっか割食ってるの、おかしくない?」

目の前のその人は、俺の顔をして、俺の声をしていた。俺に話しかけているのは、紛れもなく俺自身だった。すぐに夢だと分かった。

「こっちはいつも遅刻させられてるのにさ、そっちは全然遅刻しないじゃん」

理不尽な言い草に思わず眉を顰める。お前が遅刻すると俺も気分が悪いとか、そもそも遅刻「させられている」とは何だ、俺のせいじゃないとか、言い返したいことはいろいろあったけれどうまくしゃべれなかった。夢特有の浮遊感がある。

「たまにはこっちの気分も味わえ」

そこから急に場面が変わって、なんだか楽しい時間を過ごした。ああ、幸せだなと思った。いつもこんなに幸せだったらいいのに。遅刻の夢はもういっぱいだ。悪夢なんてもう嫌だ。


ぱち、と目が覚めた。うすらぼんやりとした夢の記憶があったが、それは確かに悪夢ではなかった。久しぶりの気持ちの良い目覚め。ぐっすり眠った翌朝の爽快感。心配事がなにもないというのはこんなにも心地よいことなのか。ぐっと伸びをして時計を見る。


「9時50分、」


日付を確認する。10時から友人の結婚式だった。

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