327.2人きりの夜③夢の終わり
春希と隼人、2人きりの北陸の夜は、穏やかに過ぎていく。
テレビでローカル番組を物珍しそうに観ながらお喋りしたり、皆へのお土産は何がいいかを話し合っているうちに、どちらからともなく大きな大きな欠伸を零す。
すると目に涙を滲ませた隼人が、口を押さえつつ揶揄うように言ってきた。
「でっかい口」
春希はその指摘に頬を染めつつ、ジト目で言葉を返す。
「そっちこそ自分のことを棚上げして。……ん~まだ、9時40分を過ぎたところかぁ」
「いつもなら学校の課題をしたり、動画を見たりなんかして、ゴロゴロしてる頃だな」
「ボクも翌日の予習のノルマこなしてから、ソシャゲのログインボーナス行脚、本日更新された漫画アプリ巡回の日課をこなしてるところだね」
「そんで面白いものを見つけたら、グルチャで皆と共有して騒いだりして」
「うん、だから寝ちゃうの勿体ないというか」
「あはは、わかる。なんか負けた気になるし」
春希が少しぼやくように呟けば、隼人も気持ちは同じのようで困ったように眉を寄せ、再度零れそうになった欠伸を噛み殺しながら軽口を返す。
いくら体力が有り余っている高校生とはいえ、今日は色々あったのだ。疲労がかなり蓄積しており、春希も瞼が重い。
だけどせっかくの2人きりの時間を寝て終わらせてしまうのも惜しくて。
春希が何とも言えない表情を作っていると、隼人がふいに明暗を思いついたとばかりに「あ!」と声を上げた。
「そうだ。なら、さっさと寝ちゃって早起きしてさ、漁港に朝メシ食いに行かね?」
「さっき仲居さんがお布団持ってきた時に言ってたところ? 確か朝の5時から食堂がやってるんだっけ。一般の人にも開放されてるとか」
「そう、それ。あと一度、港の競りとかの様子とか見てみたかったんだよなぁ」
「確かに、ボクもちょっと気になるかも。じゃあそうしよっか」
早く寝る理由を作り、手分けして就寝の支度をし始める春希と隼人。
支度といってもローテーブルを端に寄せて、布団を敷くだけ。すぐに終わる。
「電気消すぞ~」
隼人が部屋の入り口でパチリと消灯し、それぞれの布団の中へ潜り込む。春希は初めて経験する雪国仕様の電気毛布の暖かさに、驚きつつもホッと息を吐き目を瞑る。
部屋には障子から街灯の明かりがぼんやりと滲み、雪が音を吞み込んでいるのかキーンと耳鳴りがするほどやけに静か。隣からは隼人の規則正しい息遣い。
(…………)
無言で何度か寝返りを打つ春希。
先ほどまでの強い眠気はどこへやら、ここにきてやけに目が冴えていた。
隼人のことだ、何か変な気を起こすことはないとわかっている。それでも同じ部屋で枕を並べているというこの状況に、なんだかんだと緊張してしまっているらしい。
だけど、何か起きて欲しいという気持ちがないわけじゃなくて……。
春希は複雑な心境で、なんとも呆れた大きなため息を自分に向けて吐き出せば、隼人がおそるおそるといった声色で尋ねてきた。
「春希、まだ起きてるのか?」
「うん、まぁね」
「そっか。……そういや、こうして一緒に寝るのって初めてだよな」
「そうだね。再会して隼人ん家に泊まった時は別々の部屋だったし、それに月野瀬にいた頃はお泊りとかしたことなかったし」
「あぁ、だから不思議な感じがしてさ。それによくよく考えたら、いくら幼馴染でも、普通はこの年頃で同じ部屋で寝たりはしないよなぁとか考えてたら、妙に眠れなくなっちゃって……」
そんなことを話しつつ、語尾はどんどん小さくなっていく隼人。どうやらこの状況が今更になって気恥ずかしくなっているようだった。
春希は一瞬呆気にとられたもののどんどん可笑しさが込み上げてきて、布団の中で肩を揺らしながら突っ込みを入れる。
「あはっ、今更? っていうか隼人がそれを言うかなぁ」
「……今の今まで、こうすることがごく自然なことだと思ってたんだよ」
「こんな遠くにまで強引に連れてくることが?」
春希が茶化せば、隼人は「うぐっ」と言葉を詰まらせる。
しかし隼人はすぐさま大きなため息を吐き、何かを観念したような声を零した。
「ま、冷静になると大それたことをしたと思うよ。けど相手が春希だったからこそ、ここまでのことをしたんだろうなぁ」
「…………へ?」
一瞬、信じられないとばかりの声を漏らす春希。
つい反射的に否定交じりの言葉を被せる。
「そんなことないでしょ。今日のこととか、とても隼人らしいというか……こないだ文化祭の時も、みなもちゃんを連れて新幹線乗ってたじゃん」
「アレはあくまで、みなもさんのお父さんのところへ背中を押しただけだろ。ただの付き添いだ。それに日帰りのつもりだったし……まぁ、夜行バスで帰る羽目になったけど」
「これも似たようなもんでしょ」
「全然違ぇよ。……少なくとも俺にとっては」
「――っ」
その言葉で、今度は春希が言葉を詰まらせる。暗にみなもとは、ただの友達とは違うと言われているような気がして、何も言えなくなってしまう。
あぁ、せっかく胸に決めたことが再び揺らぎかねない。
「…………」
「…………」
会話が途切れ、この場が沈黙に塗り替えられていく。
そんな中、再び膨れ上がっていく恋心を必死に押さえつけながら、春希は昔から思っていたことを、自分に言い聞かせるようにして呟いた。
「……ボクね、小さい頃ってひめちゃんになりたかったんだ」
それは今でもたまに思うことでもあった。誰より特別で、近くにいる唯一無二の関係、そして恋心に振り回されない存在。
一方、隼人はいきなりの春希の告白に、よくわからないなといった声を返す。
「え、姫子に? どうしてまた……」
「うん、ひめちゃんに。いつも遊んだ別れ際さ、家に帰っても隼人と一緒だと思うと、羨ましかったんだ」
「はは、そっか。……そうだなぁ、もし春希が姫子のように……うちにいた、ら……」
中途半端なところで言葉が途切れる隼人。そのまま沈黙が流れる。
「……隼人?」
少しばかり焦れて隼人の名前を呼ぶも、代わりに返ってくるのはすぅすぅという規則正しい息遣い。
訝しんだ春希が身を起こし隣を覗き込めば、無防備な幼馴染の寝顔があった。どうやら話しているうちに、電池が途切れてしまったらしい。
春希は内心、最後まで言ってから寝てよねと悪態を吐くも、完全にこちらに気を許した姿を目の前に晒されると何も言えなくなってしまい、少しばかり拗ねたように頬を膨らます。
それにどこか楽しそうに見えるのも、きっと隼人も幼い
「隼人が悪いんだからね」
春希は咎めるように囁き、一瞬の躊躇いの後、そっと唇を重ねるのだった。
◇
この日、春希は懐かしい夢を見た。
あの日、夏の終わり。
幼い
そこに
やがて一輝やみなも、恵麻に伊織も加わっていき、楽しい出来事が続いていく。
そんな、幸せな夢だった。
――あぁ、いつまでもこんな日々が続いていきますように。
夢の中の光景を眺めながら、心の底から願う。
そして夜が明ける少し前。
春希は夢から覚めた。
ちょうど同じく目を覚ました隼人と目が合った春希は何食わぬ顔で、そしていつもと同じ悪戯っぽい笑みを浮かべ。「おはよ」と告げるのだった。
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