328.一時の平穏
#328(2368)
早朝、都会の空には青く澄んだ空が広がっていた。
肌を撫でる寒さを伴う空気は乾燥しており、すっかり冬の訪れを謳っている。
北陸逃避行から早2日、姫子と沙紀の中学生組と別れ伊織と恵麻の高校生組と合流した通学路。
皆との会話に花を咲かせる隼人と春希は、日常への帰還を謳う。今まで通りに。
そんな中、ふいに伊織と恵麻が弾んだ声を上げた。
「そうそう、隼人たちからもらった北陸土産のかぶら寿司だっけか? あれ、うちの家族にめちゃくちゃ好評でさー、昨夜一瞬でなくなっちゃったわ」
「うちも! 麹とかぶの酸味とお魚の甘さが絶妙で、あっという間にお皿が空!」
2人の言葉を受け隼人は春希と顔を見合わせ、笑いながら返事をする。
「実はそれ最初土産を選んでた時、寿司なのにお米じゃなくてかぶに挟まってるっていう、物珍しさだけで選んだんだよな」
「でも試食したら、美味しくって! 郷土料理だしこれしかないって思っちゃってさ。ボクも自分用ぶ買って帰ったよ。……その日のうちに全部食べちゃったけど」
春希がそう言うと、皆から笑い声が上がる。こんなところも、これまでと同じだ。
そして周囲も同じだった。今だって駅の方へと向かう他校の生徒たちから「ほら、あの子じゃない?」「この辺で有名だよね」「誰か話しかけてよ」と噂されている。
だというのに春希は注目を浴びていることをまるで気にも留めず、騒ぐ人なんていないことのように振舞う。
するとその姿があまりに自然体なものだから、まるで春希を見て騒ぐ方がおかしいような気がしてくるのか、「やっぱ違うんじゃ」「もう行こうよ」と言って、狐につままれたような顔をして去っていく。
依然として春希を取り巻く状況は変わっていない。
しかし春希本人が変われば、周囲の反応も変わっていく。
風が徐々にいい方向へと吹き始めたことを実感する隼人。
春希は北陸から帰ってきてすぐに、宣言通り母親に会いに行ったらしい。
そこで何があったかは聞いていないが、おかげで芸能関係者の待ち伏せは潮が引くようにいなくなった。
北陸の一件以来、春希はやけにすっきりした顔をするようになった。何かしら心境の変化があったようだ。どちらにせよ周囲に振り回されず、春希の顔に翳りは見られないのは、いいことだろう。
北陸でのことを思い返せば、久々の2人きりだった。それこそ月野瀬に居たころのように、何のてらいもなく、無邪気に遊んだ。
それが春希の原点を取り戻す一助になったのかもしれない。そう思うと、一緒に北陸へ逃避行した甲斐があるというもの。
隼人がすっかりいつも通りの調子を取り戻した春希の姿に目を細めていたら、ふいに春希から話を振られた。
「――ん~、いいねそれ。隼人はどう思う?」
「……え?」
考え事をして話を聞いていなかったこともあり、咄嗟に何のことかわからっず間の抜けた声を漏らす。
すると伊織が苦笑しながら教えてくれる。
「今度は皆で北陸に遊びに行ってみたいなって話」
「春希ちゃんに話を聞いていると食べ物が美味しいだけじゃなくて、観光も面白そうだし!」
伊織に続いて恵麻も声を弾ませて言葉を続けてくる。
隼人は2人の言葉を受け目を瞬かせながら、春希と一緒に行った北陸へ皆で行くことを想像し、口元を緩ませながら答えた。
「いいな、それ。今度はちゃんと計画立てて、観光とかもしたいな。……あ、伊織と伊佐美さんはちゃんと2人きりになれるよう、予定とか組むから安心してくれ」
「おい、隼人!?」「き、霧島くん!?」「あははははっ!」
隼人が揶揄うように付け加えれば、伊織と恵麻からは羞恥交じりの非難する声と、春希からはおかしそうな笑い声が上がった。
◇
春希の振る舞いは学校でも変わらなかった。
おかげで功を奏したのか75日も経たず春希の噂は、少なくとも教室では鳴りを潜めていた。その代わりにクラスメイトたちはやけに真剣な様子で話題にしているのは、間近に迫った期末テスト。
隼人は自分の席に鞄を置きながら、春希のことが沈静化していることに胸を撫で下ろしつつも、何とも言えない声色で胸の内を零した。
「期末テストかぁ……」
2年の進級を前に、文系理系どちらのコースを選択するのか迫られてくる。やはり自分の将来が関わってくるということもあり、皆も学生の本分に返っているのだろう。
とはいえ、高校に入って1年も経っていないのだ。大学受験のことなんてまだまだ先で、頭でわかっていても実感がないのも事実。
隼人が定期考査に気を滅入らせたため息を吐いていると、似たような顔をした伊織が肩を叩く。
「あー、勉強ヤダよなぁ~。合法的にバイト休めるのはいいんだけど」
「こればかりはな。やらないわけにはいかないし」
「オレ、テスト期間の度にやけに部屋が綺麗に片付くんだよなー」
「おいおい、伊お――」
「――いっくん前回も赤点ギリギリだったから、今回は私がずっと監視するからね。私、おばさんからも頼まれているんだから!」
「うぇ、恵麻!?」「……ははっ」
テスト期間あるあるのダメなことを口にしようとすれば、隣から腰に手を当て柳眉を吊り上げた恵麻に釘を刺される伊織。慌てふためく伊織に隼人だけでなく、クラスのあちこちから微笑ましい笑い声が上がる。
ここのところすっかりクラス公認の仲になっている伊織と恵麻が、ひとしきり皆から揶揄われた後、春希は息も絶え絶えな2人に言った。
「ま、テスト期間って基本家に閉じこもってばかりでヤになっちゃうよね」
「ははっ、確かに俺も伊織のこと人に言えないかも」
「そう言われると私もついつい動画見入っちゃうし、雑誌の隅から隅まで読んでアンケート出したリしちゃってるけど」
「だろ、だろっ!?」
春希の言葉に同調する隼人と恵麻、それに伊織。
そして春希は友達の顔を見回した後パチンと指を鳴らし、ある提案をした。
「だからさ、テスト終わったらこの前言ってたように、皆でクリスマスパーティーしようぜ!」
※※※※※※
本日あいこいこと、愛とか恋とか、くだらない1巻の発売日です。
続刊のため、是非とも応援よろしくお願いします!
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