320.逃避行⑦もし隼人なら、こうするよね
エントランスには『本日休館日』という文字がありありと書かれていた。
春希も迂闊といった声を零す。
「そういや美術館とか博物館って、大体週明けは休みだっけ……」
「……うっかりしてたな」
互いにがっくりと肩を落とす隼人と春希。いつもなら場所を調べるついでに、その辺も事前にネットで確認していただろう。スマホの電源を切っていた弊害だ。
しかし春希は気落ちすることなくニカッと笑い、明るい声を上げる。
「考えなしで行動してるから仕方ないね。でもこういうのも悪くないというか、月野瀬に居た頃もよくこういうことあったし。ほらツチノコや河童、龍を探しに行った時とか!」
「畑で見たっていうツチノコは茶色い泥まみれの靴、河童は住んでるという滝壺の近くの祠に納められてるお皿、龍に至っては古い看板の落書きだったっけ」
「そうそう。意気揚々と探しに出かけて肩透かし、なんだかボクたちらしいね」
「ははっ、まったくだな」
思い返せば確かに春希の言う通りだった。
こういう失敗さえも、春希と一緒なら楽しくなってくる。
「隼人、これからどうしよっか? 適当に路面電車に乗っちゃう?」
春希が魅力的な提案をしてくるも、それよりも隼人には地図に書かれていたとある場所が気になっていた。
「それもいいけど、この近くにある古城公園ってのに行ってみないか? お堀とか当時のままみたいで、そこに動物園とか神社とか、色々なものがあるみたいなんだ」
「えっ、お城跡に動物園!? なにそれ気になるっ!」
「だろ? ここから歩いてすぐみたいだし。えぇっと……途中の木がいっぱいあったところみたいだな。行ってみようぜ」
「うんっ!」
いそいそと来た道を引き返し、公園への駐車場を示す案内板見つけ、それを頼りに歩く。するとほどなくして、背の低い石垣に沿うようにした、細長い駐車場が見えてきた。
それなりの広さがあり、まばらに車が停められている。そのすぐ近くに『古城公園』という石碑。隣には入り口と思しき緩い階段。
周辺住民の憩いの場にもなっているのだろう。散歩がてら、ちらほらと公園へ入っていく人たちも見受けられた。隼人と春希も彼らに倣い、中へ。
緩やかな階段を上り終えると、木々に囲まれる中、開けた広場があった。ボール遊びをする子供たちや、スマホをチェックしつつダンスの練習をする制服姿の学生たち、犬を散歩させている人たち等、思い思いに過ごしている人々の姿が見える。
隼人は牧歌的な光景に目を細めつつ、もしこの辺りに住んでいたら彼らのように遊んだりするのだろうかと思いを馳せながら奥へと歩いていくと、ほどなくして堀が見えてきた。想像以上に大きく立派な堀だ。そこに可愛らしい和風の木橋が架けられている。隼人と春希は物珍しいものに心を弾ませながら橋を渡り、感心したように言葉を零す。
「思ったより大きい城だったんだな、ここ。あ、堀に中島まである」
「見て、その中島に東屋まであるよ」
どちらからともなく中島の東屋を目指す。周辺には花壇も整備され灯篭も置かれており、ちょっとした庭園じみている。東屋から見える風靡な景色に目を細める隼人と春希。
「すごいな、滝まであるのか」
「ここって元々庭園として造られたのかな?」
「どうだろ。もうちょっと前ならここ一面の紅葉とか見られたかも」
「春なら桜が見ごたえありそうだね」
そんなことを話しつつ、道中にあるモニュメントや茶屋を冷やかしながら動物園へ。
動物園は高校のグラウンド3分の1ほどの広さの、こじんまりとした所だった。
「ここか。それほど大きくないけど、結構種類はいるな。お、ペンギンもいる」
「入場料は……無料!?」
「えっ!?」
意外なことに驚きつつ中へ。
ミニチュアホースやカピバラ、タヌキやペンギンといった小動物を中心に、カワセミやフラミンゴ、カルガモといった鳥たちのケージが並んでいる。
愛らしくも珍しい初めて見る動物たちが思った以上に愛嬌がある、一部の動物は月野瀬では厄介モノ扱いなのにこうして見ると可愛らしくて困る等々、話題は尽きない。
ウサギやテンジクネズミと触れ合えるコーナーがあったが、開催時間が決まっており、残念ながら今日はもう過ぎていた。
動物園を後にして、他の場所を見回っていく。
この地を治めた凛々しいお殿様の像の前で、この人の跡継ぎは平和に統治するために鼻毛を伸ばしっぱなしにした云々、初めて見る相撲場では土俵の下にはスルメや昆布が埋められている、といった蘊蓄を春希が語れば隼人もへぇっと唸り声を上げるというもの。
そんな感じで古城公園を堪能する隼人と春希。
ほどなくして西空が茜色に染まり始めてきた。
ぐるりと巡っているうちに、残るは最後に中央にある神社だけとなる。
神社を目指し鳥居に来ると、何人かの人が足を止めて本殿の方を見ていた。それを見て隼人が呟く。
「うん? 何か催し物でもやってるのか?」
「さぁ? とりあえず見に行ってみようよ」
ちょっとした好奇心で奥へと向かう。
彼らに倣って本殿を見た隼人は瞠目すると共に、バツの悪い顔を作り、憎々し気に独り言ちた。
「……撮影」
本殿の端の方には大型のカメラに三脚、光を集める丸い銀色のリフレクターを抱える人たちがいた。明らかに何かの撮影をしている。今、一番関わりたくない類の人たちだ。
何かトラブルでもあったらしく、彼らは難しい顔で話をしている。
隼人の浮かれていた心が、急激に冷え込んでいく。
すかさず春希の腕を取り、耳打ちした。
「早くここを離れよう」
「……待って」
「春希……?」
しかし春希はその提案を遮った。
ここから動く気配のない春希は、真っ直ぐと彼らを見据えたまま、とある人物へと視線を促す。
「あの子、見て」
撮影スタッフたちに交じって、中学生くらいの女の子がいた。まだあどけなくも、可愛らしい女の子だ。背もさほど高くなく、姫子よりも年下だろうか。しかし将来性を強く感じさせる、整った容貌をしている。きっと、この撮影の主役なのだろう。
彼女は真剣な面持ちで、撮影スタッフたちに訴えかけていた。だけど、スタッフたちからの反応は芳しくない模様。
そば耳を立てると、彼女の口から「確かに1人だとコンセプトが」「でもせっかくの夕陽が」「このシーンをカットしたくない」といった言葉が聞こえてくる。どうやらアクシデントで、誰かがこの場に来られなくなったらしい。
春希は彼女を見て目を細めながら呟く。
「ボクさ、芸能界なんて興味ない。入りたいとは思わない。今だってそのことで迷惑して、こんなところにまで逃げてきている。……だけど入りたくても入れないところ、あの世界に憧れて死に物狂いで頑張っている人がいるってのはわかってるつもり。あの子はきっと、ようやく掴んだチャンスに必死になっているんだろうね」
そう言って春希は自分に呆れたようなため息を吐いてこちらに振り向き、そして困った顔をしながら鞄から髪ゴムを取り出しポニーテールへ。申し訳程度の変装だ。
隼人はみるみる目を大きくしたあと、咎めるように言う。
「おい、まさか……っ」
「余計なお世話だってわかってる。バカなことをしようとしているのも。けどね、思っちゃったんだ。――もし隼人がボクの立場なら、決してあの子を放っておかないんだろうなって」
「春希!」
春希は隼人の制止を聞かず、撮影スタッフたちのところへ小走りで駆けて行く。あっという間のことだった。
※※※※※※※※
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