319.逃避行⑥隼人が得意なこと



 再び競うようにして、駅へと自転車を走らせる隼人と春希。

 そして春希の朧げな記憶を頼りに、新幹線で隣の県へ。

 やがて多くのトンネルを抜けるうちに、海の反対側には周囲を取り囲む、巨大な壁のような山々が見えてきた。まるで外の世界と隔絶しているかのような壮大さで、厳めしくも秀麗、畏怖さえ覚える、隼人が初めて見る類の山々だった。その雄大さに呑み込まれた隼人は、思わず感嘆の声を零す。


「すごいな……立山連峰、だっけ? 目の前に迫ってくるというかなんていうか……」

「うん、富士山とは違った迫力があるよね」

「同じ山でも月野瀬とは全然違うな……」

「あはっ、そりゃ標高も何倍もあるし。そもそも、こっちの山は人が住むようなとこじゃないから」

「はぁ、日本にはまだまだ俺の知らないところがある、ってのを実感したよ」

「ふふっ、そうだね。ボクもこの山の壮麗さには驚いちゃったよ」


 そんなことを話しながら、ほどなくして目的地の駅に着く。かなり大きく、まだまだ真新しい感じの駅だ。駅舎内には色々と店が入っており、利用客も多い。

 まずは目的地の場所の詳細を知るため、観光案内所を目指す。

 県内でも2番目に大きい都市ということもあり、先ほどの駅と比べると充実具合は段違い。広々とした空間に市内観光情報だけでなく、様々な広域のパンフレットも幅広く取り揃えられている。他にも興味深い伝統工芸品やクラフトの展示販売もされており、様々なものに目移りしてしまうというもの。

 目的の案内は見覚えのある有名なキャラ描かれており、すぐに見つかった。

 隼人は案内板に描かれた地図を見ながら呟く。


「ふむ……隣の駅か。駅からも近いようだし、わかりやすいところにあるみたいだ」

「それなら隼人、一駅分なら歩いていかない? 途中に寄りたいところがあってさ」

「寄りたいところ? 何かあるのか?」

「商店街。さすがにかなり冷えてきたから、上着が欲しいなって。それにボク、コート欲しかったんだよね。手持ちのって、中学の学校指定のしか持ってないし」

「なるほど。大きな百貨店もあるみたいだし、何かしら見つかるだろ。俺も買うかな」

「んじゃ、けってーい」


 この辺りの簡易地図の描かれたお散歩用パンフレットと、他にも興味を引く小冊子をいくつか掴み、駅の外へ出た。



 駅舎を出ると、太陽は西の方へと傾いていた。頬を撫でる空気も、昼間よりかなり冷たくなっている。

 陽が落ちるこれからはもっと寒くなるだろう。確かに上着があった方がいい。

 駅前にはいくつもの背が高いビルが立ち並び、長いアーケード街が伸びていた。幅の広い大通りにはいくつもの自動車が行き交い、当然人の姿も多い。先ほどの駅とは活気が全然違う。駅周辺は都会さながらに発達しており、感心する。

 しかしその時、自分たちが住む都会にはないものが目の前を横切り、隼人と春希は興奮した声を重ねた。


「「路面電車だ!」」


 よくよく見れば、大通りの中央には道路と一体化するかのように地面に沈み込んだ線路が敷かれていた。そこを赤色の可愛らしいデザインの2両編成の電車が走っている。

 自動車と電車が一緒の道を走っている姿は何とも不思議で、奇妙な特別感があり、わくわくするというもの。そわそわした様子の春希が、目を輝かせながら熱っぽい声で言う。


「ボク、路面電車なんて初めて見た! 本当に街の中を走ってるんだ!」

「俺もだ。道のど真ん中に駅があるのって、不思議な感じだ。お、アレは原付のテキストで見た安全地帯か? 本当にあるんだ」

「乗りたい! けど、ギャラリーの時間が……」


 ぐぬぬと悔しそうに唸る春希。


「そうだな、まずはそっちだ。路面電車はその後でも、なんなら明日でもいいし」


 隼人がそう提案すれば、春希は大きな目を丸めた後、相好を崩して同意した。


「うんっ!」



 見知らぬ繁華街を、キョロキョロと周囲を興味深そうに眺めつつ、少し足早に歩く。

 都会や月野瀬の麓にもない、この地域ならではの初めて見るチェーン店やスーパーを、しかし全国展開している見知った店と混在しているところを見れば、まるでパラレルワールドに迷い込んだかのよう。

 アーケード街にはいくつか個人経営の洋品店があるものの、隼人の目から見ても対象年齢が上過ぎだった。これには春希も眉を寄せて苦笑い。

 やがてこの地域ならではの複合商業施設に辿り着き、中へ。ところどころにテナントの空きが見られるものの、いくつかのセレクトショップがあった。

 春希は顎に手を当てつつ館内をぐるりを見渡した後、直感で迷いなくとあるコートに決める。姫子とは大違いだ。

 だけど春希が選んだワインレッドダッフルコートは長い黒髪にもよく映え、似合っている。隼人は思わず感心したように言う。


「適当に選んだ割には、良い感じだな」

「ん~、こういうのは直観に頼ることにしてるからね」

「そういや昔からゲームも直感で進めること多かったっけ。っと、それより俺のだな」

「隼人にはアレとかいいんじゃない?」


 そう言って春希が示したのは、少し落ち着いた感じのピーコート。なるほど、価格的にもお手軽で、それに普段の登校にも良さそうだ。


「おっ、いいな、これにしよう。それにしても春希、再会した頃に比べるとこういう服のセンスとか見違えたよな」

「まぁね、隼人を驚かせるのに夢中になっちゃって」


 隼人がかつてのファッションに無頓着でダサかった姿を茶化すように言えば、春希も茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。

 そしてややあって、互いに可笑しそうに噴き出した。



 コートを買い終えた後、地図を見ながら大通りへ。

 ここからは一直線だ。遠目にもそれっぽい建物が見えている。

 コートは随分暖かい。少し足早ということもあり、汗ばんでしまう。

 そしてあることに気付いた隼人は、何の気なしに言葉に変えた。


「そういやこうして春希と2人ってのも久しぶりだよな」

「そうだね。再開したばかりの頃はよく2人で遊んでいたのにね」

「ふと思ったんだけどさ、もし春希が月野瀬に残っていたらって、どうなってたんだろうな。高校は一緒にそれなりに月野瀬に近い寮のあるところに行ってさ、休日は今日みたいに買い物していたかもしれない。その時はこういうコートじゃなくて、動物の着ぐるみを選んでたんだろうなって」

「ふふっ、そうかも。でも隼人ってさ、友達作るの得意だから、すぐに周囲に人が溢れてたと思うよ」

「……え?」


 ――友達を作るのが得意。

 意外な評価を受けて、きょとんとした顔をする隼人。

 すると春希が確信を突くように言った。


「もしそうだとしても少なくとも来年、沙紀ちゃんが追いかけてくるよね。それから、ひめちゃんも」

「あぁ……そうかも」

「それにきっと人の居ない月野瀬と違って、高校ではすぐに森くんや海童みたいな友達ができると思うよ。で、ボクもその関係から恵麻ちゃんやみなもちゃんと、友達になるんだろうなぁって」


 春希の言葉は真実、そのように思えた。

 今はもう伊織や一輝たち、友達のいない生活が考えられない。

 それだけ、大切な人が増えた。

 それだけ、隼人の世界は広がったのだ。

 なんとも感慨深い物思いにふけっていると、やがて特徴的な建物が目の前に現れた。目的地だ。入り口に駆け寄った隼人は、そこにあった立札を見て、残念な声を上げた。


「……月曜、休館」


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