318.一方その頃/中学生組
私立の早いところだと受験日が来月に迫っていた。受験本番を間近に控えた姫子たち中学3年の教室には、ピリピリした空気が広がっている。
しかし昼休みばかりは勉強からの解放を謳い、賑やかさを取り戻す。皆、勉強ばかりだと息が詰まってしまうのだろう。こうしたメリハリが重要だ。
姫子もまた、自らの意識を切り替えるべく、ぐぐーっと大きく伸びをした後、パシンと頬を叩く。そしてスマホに届いていたメッセージを見て思わず間の抜けた声を漏らした。
「……へ?」
春希対策本部と名付けられたグルチャ――月野瀬出身組の4人に加え、一輝とみなも、そして伊織に恵麻カップルを加えた、普段学校回りのことで連絡したり相談したりするグループ――で、書き込んだのは一輝。そこまではいい。
『中学生組に業務連絡。隼人くん、二階堂さんを連れて日本海に向かったよ』
だがそこに書かれたメッセージがあまりに突拍子もなく、理解が中々追いつかない。
日本海? どうして? 学校は? 思考がぐるぐる空回る。
このままじゃ埒が明かないと思った姫子は、疑問をそのまま書き込んでいく。
『おにぃとはるちゃん、一体どうしたんですか?』
返事はすぐさま、一輝から返ってきた。
『今朝あの後、通学路に芸能関係者に待ち伏せされててね』
『……また、ですか?』
『そう、また。二階堂さんもさすがまいった様子だったよ』
そのメッセージで、くしゃりと顔を歪める姫子。今まで注目はされても、ここまで強引に業界の人がやってくることはなかった。
もしかしたら昨日の露出がきっかけで、そういった人たちのタガが外れて来るようになったのかも――そう思うと後悔と罪悪感でズキリと胸が痛む。
しかし続く一輝からの言葉に瞠目した。
『でもね、その時隼人くんがいきなり二階堂さんの手を取って走りだしたんだ。悪い子になろうぜって。僕たちには、後を任せたって言ってね。ほんと、ビックリしたよ』
そして伊織とみなもからもその時の書き込みが続く。
『いっやー、どこか遠くへ行くとは思ったけど、まさか日本海とはね。隼人っていつも想像の斜め上の行動取るから、一緒にいて飽きねーわ』
『ふふっ、後夜祭の時の私もあんな感じだったですね~。けど、日本海のどこへ向かったんでしょう? 誰か聞いています?』
『いや、オレは全然。一輝は?』
『僕も何も。どうやらスマホの電源も切っているみたいだし』
どうやら、兄がやらかしてくれたらしい。
姫子の脳裏には、その時の様子がありありと思い浮かべられる。
「……もぅ、おにぃったら」
まったくもって兄らしい行動に自然と口元が緩み、呆れた声を零し、返事を打つ。
『多分それ、本人も知らないところへ適当に行ってますよ。まったく、おにぃったら昔から強引に色々やらかすことあるんだから』
すると数拍の沈黙の後、一輝が書き込む。
『でもほんと、隼人くんらしい。それと、ちょっとカッコいいな』
すると姫子はどうしてかスマホの画面越しに、一輝が眩しそうに目を細めている姿が思い浮かんだ。そして心の底から、隼人に任せれば春希のことはもう大丈夫だと、思っていることも。
――自分と、同じように。
まったく、あの兄はいつも唐突で強引なのだ。
だけど春希はきっと、そんな兄にずっと救われてきたんだろう。
(だから、文化祭の時の歌は……)
あの時、自らの恋心を乗せた歌を思い返し、姫子は少し寂しそうに笑いつつ、胸のうちを書き込んだ。
『でしょ。困ったところもあるけど、自慢の
◇◇◇
沙紀は春希対策本部と名付けられたグルチャに書き込まれたメッセージを見て、目を瞬かせていた。
(お兄さん、春希さん……)
どうやら隼人は春希を連れて、日本海に向かったらしい。
あまりに話が飛躍しており、困惑してしまう。
しかし同時に、とても隼人らしいと思ってしまった。
隼人は時折、突拍子もないことをしでかすやつなのだ。
そのことは、ずっと間近で見てきた沙紀も良く知っている。文化祭でのみなもの件も、記憶に新しい。
きっとここではないどこか、春希が田倉真央の娘だと知られていない場所へ連れ出せるのなら、日本海でなくてもどこでもよかったのだろう。
そんな隼人だからこそ、好きになったのだ。自然と頬も緩む。
するとその時、やけにすっきりした様子の姫子が声を掛けてきた。
「沙紀ちゃん、お昼行こ」
「うん」
机の上を片付け食堂に行く準備をしていると、姫子が呆れた口調で話を振ってくる。
「グルチャ見た? おにぃとはるちゃんさ、日本海に行ったんだって」
「うん、見た見た。すごくお兄さんらしいというか、、なんというか」
「ほんと、何やってんだかって思うけど、なんかすごく青春ぽくてさ、ちょっと羨ましいところがあったり」
「あはっ、そうだね~」
「きっとさ、はるちゃんは小さい頃からずっと、あんな風におにぃに救われてきたんだね。……だから文化祭の時、あんな歌を唄った」
「――っ」
姫子の声はやけに優しかった。
だけど発した言葉は、沙紀の心を凍てつかせるものだった。
姫子の表情から、春希のことはもう大丈夫と思っていることが良く伝わってくる。
それだけでなく、春希が隼人のことを想っていることを知っているということも。
沙紀の心臓がばくばくと、今までにない速度で早鐘を打つ。
「ま、はるちゃんのことはおにぃに任せとこ」
姫子は沙紀の心境など露知らず、自分の兄に幼馴染を信頼して託すような言葉を紡ぎ、穂乃香たちいつものメンバーへお昼に行こうと声を掛けにいく。
そんな親友の後ろ姿を、どこか遠くのことのようにぼんやりと眺める沙紀。
――姫ちゃんは、春希さんとお兄さんの仲を応援している……
そう感じ取った沙紀は、頭が真っ白になってしまった。
理屈ではわかる。姫子は沙紀と違い、春希と幼い頃から傍にいたのだ。
だから姫子が春希と隼人の仲を応援するのは当然のことだろう。それに姫子は沙紀の隼人への想いを気付いていないから、なおさら。
だというのに、まるで裏切られたかのように感じてしまうだなんて、何て自分勝手。
「……沙紀ちゃん?」
しばらく沙紀が固まってしまっていると、不審に思った姫子が訊ねてくる。
「うぅんっ、なんでもっ!」
沙紀は必死にいつも通りの顔を取り繕い、姫子たちの後を追った。
※※※※※
てんびんコミカライズ30話、更新されています。
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