317.逃避行⑤意外な特産物


 自転車を借りた隼人と春希は、海とテトラポットを臨む国道をひた走る。

 教えてもらった道の駅は、ここをひたすら東へ進んだ道沿いにあるらしい。

 何もなく、ちらほらと空地の合間に何かの建物があるだけの、代り映えのない景色が続く。それでも全然知らない土地の風景は珍しくて、心も弾む。ペダルを扱ぐ速度も自然と早くなる。

 するといつからともなく始まる、どっちか早く辿り着くかの自転車競争。

 追い越したり、追い越されたり、互いにムキになって一進一退の攻防。

 そんな子供じみたやり取りがやけに楽しく、自然に笑顔になっていく。

 速度を飛ばしたこともあり、あれよあれよという間に目的地へ着いた。予想よりもかなりも早く着いたようだ。

 そして隼人と春希はでかでかと描かれたこの道の駅のシンボルに、またも驚く声を重ねた。


「「カニ!?」」


 道の駅の隣にはいくつもの鮮魚店が建ち並び、ちょっとした市場になっていた。驚くことに、過半数がカニの専門店。人の入りもそれなりに多く、盛況だ。

 完全に予想外のものだった。隼人はぽつりと疑問を零す。


「この辺って、カニが有名なのか?」

「さぁ、この様子を見るのにそうなのかな? ボクも初耳」

「珍しい、春希にも知らないことがあるんだな」

「そりゃ越前とか松葉とか香住とか、テストとかにも出てくるブランド化したカニならわかるけど」

「あぁ、なるほど。ここのはゲームにも出てこない、と」

「ふふっ、そゆこと」


 そんな軽口を叩きつつ、好奇心に駆られた隼人と春希も客に交じりって市場を見て回る。やはりこれだけの数のカニがずらりと並んでいる様は圧巻だ。

 カニといえばイメージ通り、とてもじゃないが手が出ない高いものから、この安さなら試してみようと思える安さのものまで、値段もピンキリ千差万別。

 他にも通常の魚も売られており、お客が注文したものをその場で捌き始めれば、ついつい見入ってしまうというもの。

 そして刺身が作られていく様子を見てごくりと唾を呑み込めば、隼人は空腹だったことを思い出し、春希に耳打ちした。


「見ていてよけいに腹が減ってきちまった。食いに行こうぜ」

「そうだね、ボクも。あの建物かな?」


 市場の隣にある建物の中へ。館内は体育館ほどの広さの二階建ての建物で、先ほどの観光物産センターでも見た土産物が売っている他、いくつかの飲食店も入っていた。隼人が知る道の駅の中でも1、2を争うほどの大きさの規模だ。

 どんな店があるのか見ているだけで楽しくなる反面、どのお店にしていいか迷ってしまう。それは春希も同じの様で、まいった声を零す。


「うぅ、どれにしよ。さっきカニを見ただけに、カニラーメンとかいかにもなご当地B級グルメとか気になっちゃうし」

「俺もかなりカニに心揺れてるけど、他にも色々美味しそうなものも多いよな……」

「さすがに帰りが自転車と考えると、胃袋の限界に挑戦するのも憚られるしねー」


 互いに空腹を抱えながらも、ぐぬぬと悩ましく唸り声を上げることしばし。

 やがて隼人はあるものに心を決めた。


「やっぱ初志貫徹、海鮮丼にしよう。色んな味を楽しめた方がお得だ」

「む、なるほど。ボクもそうしよ。じゃ、あの店だね」


 目当ての店で食券を選ぶところで、本日の海鮮丼と本日の地魚丼で再び迷うことになるものの、文字の響きから本日の地魚丼へと決める。

 お昼も結構過ぎていることもあり、店内に人はまばら。せっかくなので海を見渡せる席を陣取り、待つことしばし。

 出来上がった地魚丼を受け取り、目を輝かす隼人と春希。そして待ちきれないとばかりに「「いただきます」」と手を合わせ、ぱくりと一口。


「うまっ、脂の乗りが全然違うというか、甘いっ!? あと身の弾力が俺の知る魚のそれじゃないんだけど!」

「色合いもすごく鮮やかで、芸術品のそれみたい! 付け合わせの猟師汁の香りもたまらないね!」


 獲れたて新鮮な地魚丼は、今まで海と無縁の月野瀬で育ってきた隼人にとって、魚への価値観が変わるほどの衝撃だった。

 夢中になって食べ進め、あっという間に器が綺麗に空になる。

 互いに至福の表情を浮かべ、うっとりと息を吐く。非常に満足のいく味だったがしかし、隼人はまだまだ食べ盛り。お腹は微妙に物足りないと訴えている。

 それは春希も同じのようで、眉を寄せながら聞いてくる。


「ね、ちょっと微妙に足りないというか、カニラーメン半分こしない?」

「それは魅力的な提案だ。けど、昼も遅くなってから食べたからなぁ……ここで食べ過ぎちゃって、夕飯が食べられなくなるのはちょっと。夜は別の旨いもの食べたくね?」


 確かに地魚丼は美味しかった。それ故に、他の料理への期待値も高まるというもの。

 となれば、夕飯は行き当たりばったりでなく、じっくりと腰を据えて選びたい。ここで満腹にし過ぎない方がよさそうだろう。

 隼人がそう思って腕を組んで頷いていると、春希がきょとんとした顔で訊ねてきた。


「夕飯、こっちで食べるつもりなんだ?」

「当たり前だろ。せっかくだしここでしか食べられない、日本海で獲れた海鮮の寄せ鍋とかいいだろうなぁ」

「そうだね。でも、どこで食べる? 道の駅は夕方までしかやってないみたいだし」

「じゃ、電車でもうちょい拓けた、都心部の方に移動しよっか」

「…………へ?」


 虚を衝かれたような表情で目を瞬かせる春希。

 そしてふっと薄く笑った後、頬を緩ませて言う。


「それもそっか。この辺、もう他に見るものとか何もなさそうだし」

「だろ? なぁ春希、この近場で他に何か名所とか、漫画やアニメとかの聖地的な場所とか、そういう行きたいところとかないか?」


 隼人の言葉を受け、今度は春希が腕を組んで瞑目し、唸ることしばし。


「ん~、色々あるけど、誰もが知る児童漫画家の生誕地が近くなんだよね。ボクとしてはそこにあるギャラリーを見に行きたい」

「じゃあそこに行こう、決まりっ!」

「うんっ!」


 そう言って隼人が指をパチンと鳴らして立ち上がれば、春希も機嫌良さそうに返事をして後に続いた。


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