315.逃避行③寄り道
春希はまじまじと隼人の顔を見て、くしゃりと困ったように顔を歪ませ、笑う。
「そっか、そうだね」
「だろ? ――くしゅっ!」
ふいにくしゃみが飛び出した。海風のおかげで身体も冷えたようだ。
隼人は少し気まずそうに肩を竦め、春希も苦笑しながら言う。
「これからどうしよっか?」
「そうだなぁ、アーケード街には特にこれっていったものなかったし……とりあえず駅に戻れば案内板みたいなのあるだろ。まずはそれを探そう」
「あ! そういや駅の近くに観光どうこうって看板見たかも」
「じゃ、それを目指そうか」
展望台を後にして、来た道を引き返す。ほどなくして駅に戻れば、すぐ隣に観光物産センターという看板が目に入った。二階建ての、こじんまりとした建物だ。
隼人と春希は顔を見合わせ、中へ。すると目の前に大きな岩の塊が鎮座しているのが目に入った。予想外のものに目を丸くしつつも、隼人はすぐ隣にある立札を見て呟く。
「なんだこれ、ヒスイの原石? ヒスイってあの宝石の?」
「どれどれ……ここって大昔、勾玉とかに使われるそれの産地だったみたいだね。古事記にも、出雲の大国主神との関わりが記されているみたい」
「え、出雲って島根県の? ここからかなり離れてるだろ。そんな大昔に交流が?」
「古代は大陸の最新技術がもたらされる、日本海側こそ先進地域だったからねー」
そんなことを話しながら、いくつものテナントが入っている館内を見て回っていく。
よくスーパーやコンビニでも売っているご当地味の御菓子を見ては、ちょっと気になるけど物産展やメーカーの通販でも買えるから悩むよな、と言って盛り上がる。
ここで採れたお米や、それを使ったお酒やお菓子、また目の前の海で獲れた海産物のふりかけを見ては、重いものは持ち運べない、でも味見はしてみたいねと苦笑い。
ヒスイの工房では加工された装飾品や工芸品の魅力に心を奪われるものの、さすがにお値段が張ったので見るだけに留める。
その代わりにお手軽価格のよくわからない木彫りの置物といった民芸品に心惹かれた春希が、買おうかどうか本気で悩むものの、隼人が嵩張るからと言って窘め一旦保留にする一幕も。
そんな感じで、あまり広くない館内を一通り見て回り、結局何も買わず外へ出た。
「ここって、でっかいお土産屋さんみたいなとこだったな」
隼人が当てが外れたとばかりに肩を竦めると、春希も同調するように肩を竦めて言う。
「そだね。一応街のパンフレットも持ってきたけど……めぼしいものはないかな。名勝地もあるけど、さすがに徒歩じゃね。ヒスイに関するミュージアムなら、なんとか」
「お、それはいいな。せっかくだし行ってみようぜ。どこだ?」
「待って……本数が少ないけど、バスが出てる。今は11時前だから、15分後くらいかな。駅の向こう側」
再び駅構内へと戻り、線路を跨ぐようにして反対側へ。
そして階段を下りたところで、意外なものが目に入り足を止めた。
「え、SL?」
思わず声を上げる隼人。駅の入り口付近には、どうしたわけか蒸気機関車が展示されていた。ぴかぴかに磨き上げられ、少し小さめの可愛らしいものだ。
隼人がまじまじと見つめる一方、春希はたちまち目をキラキラと輝かせ近寄り、歓声を上げた。
「わ、見てみてSLだよ! 大きさ的にミニSLなのかな、かな!? えっとなになに……この子、産業用でずっと使ってもらってた子なんだって! あっちには特別寝台列車の食堂車があるとか! 行こうよ、隼人!」
「おい、わかったって!」
言うや否や、興奮した春希に手を引かれ奥の方へ。するとレトロな感じがするものの、しかし気品のある見た目の車両が見えた。内部を覗けば豪華で味わい深い食堂車になっており、その精巧さに舌を巻く。
隼人が感心していると、わくわくした様子の春希が腕を引き、近くの扉を指差す。
「ね、あそこ鉄道のジオラマとかあるんだって!」
「何でまた鉄道。いや確かに駅校舎内だけどさ」
不思議に思いつつも館内へ入っていけば、自然と感嘆の声を重ねる隼人と春希。
「わぁ!」「すご!」
この地域を再現したのだろうか。フロアの中央には一般家庭のリビングはあろうかという大きさの精巧な出来栄えのジオラマがあり、そこを鉄道模型が走っている。それが2つもあれば、度肝を抜かれるというもの。
館内には隼人や春希の他、何人かの親に連れられてやってきている子供たちも居た。彼らも、ぴったりとジオラマに張り付き釘付けにされている。
ジオラマを見ていると、まるで鳥になってこの街を眺めているかのよう。惹き込まれるようにして、見入ってしまう。
隣の春希もまた、瞬きを忘れたように真剣な様子で見入っていた。
(そういや春希、再会した頃ジオラマ作ってるって言ってたっけ)
そんなことを思い返し、目を細める隼人。
すると春希が「ぁ」と小さな声を上げた。
「この模型電車、動かせるんだ」
「へぇ……って、自分の模型電車持ち込むと割引とかあるのか」
よくよく見れば、壮年くらいの男性が嬉々として模型電車を操縦している姿が見えた。彼の目の前にはモニターがあり、どうやら模型電車視点での映像が流れてくるらしい。
なるほど、これは子供だけじゃなく、その筋のマニアにも堪らないだろう。
隼人だって楽しそうと思ってしまっている。
春希に至っては完全にそわそわしており、落ち着きがない。
「春希、やってみるか?」
「うぅ、やりたい。操縦したい。けど、バスの時間が……」
「あぁ、それ逃すと次は1時間半後か。それは手痛いな」
「ぐぬぬ……」
こればかりは仕方ない。
隼人は苦笑しつつ悔しがる春希を宥めつつ、この場を後にした。
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