314.逃避行②世界の果てか、始まりか


 新幹線はあっという間に、隼人と春希を都会から引き離していく。

 ほどなくして窓から見える景色には建物の数が減り、徐々に田畑が広がり始める。


「俺、やっぱり緑に囲まれていた方が落ち着くや」

「うん、癒される感じがする」

「そういや、やけにトンネルが多い気がするけど」

「日本屈指の山岳地帯を突っ切ってるから、そりゃあね」

「山に囲まれているのは月野瀬と同じなのに、拓けてる部分がやけに広大で感覚がバグるな。月野瀬の麓のところより、よほど栄えてるし」

「あはは、気持ちはわかるけど、あんな田舎と一緒にしちゃダメだよ。この辺は曲がりなりにも、日本最古級クラスのお寺の門前町として栄えてきたし」

「あ、もしかして牛に引かれてなんとやらの――」

「そうそう、他にも南の方にある湖には、神話由来の――」


 目に映るものを切っ掛けに他愛ない話に興じれば、あっという間に時間は過ぎていく。

 そうこうしているうちに目的地に辿り着き、軽い鞄を引っ掴んで外に出た瞬間、隼人と春希は大きな声を重ねた。


「「寒っ!」」


 冷たい外気が肌を刺し、互いにぶるりと身を震わせる。

 背中を丸めて改札に向かいつつ、隼人はたははと苦笑しながら言う。


「さすが北陸、思った以上に冷えるな」

「向こうの真冬くらいの寒さかな。上着が欲しいところ」

「でもこれくらいなら、歩いてるうちに身体が温まってなんとかなりそうじゃね?」

「そうだね。で、とりあえずどうする?」

「まずは最初の目的通り、駅前に何があるから見ながら海を見に行こう」


 そんなことを話しながら、日本海のある北口から外へ。

 すると駅前のロータリーから左右にアーケードが伸び、その最奥に海が見えた。ほんの、目と鼻の先の距離だ。隼人と春希は吸い込まれるようにして海へ向かう。

 隼人はこのささやかなアーケード街を興味深そうに見回し、眉を寄せて呟く。


「新幹線が停まる駅だから栄えてると思ったけど、思ったより小さいし寂れてるな」

「うん、下手すればボクたちが普段使っている駅前の方が大きいかも」

「駅舎はやけに近代的で大きいのにな」

「まぁ開通したばかりだし、賑やかになるのはこれからじゃ――ゎ」


 喋っているうちにアーケードが途切れ、急に視界が開けた。

 目の前に遮るものは何もなく、ただただ広がる大海原。

 あまりにもの広大なこの海を前に、如何に自分が小さなものかと息を呑む。


「春希、夏に月野瀬で見たダム湖も大きかったけどさ、海とは比較にならないよな」

「船や港も見当たらないし、より広く見えちゃうね」


 そして隼人は視界の端で、ぽつねんとあるものに気付く。


「あれは……展望台か。行ってみようぜ」

「うん」


 地下道を通って道路を横断し、そのまま直結している階段を上って展望台へ。

 展望台といってもさほど高さもなく、横に細長い歩道橋じみたものだ。それでも障害物がないこともあり、十分辺りを広く見渡せられる。


「…………」

「…………」


 海から吹き付ける風が顔を叩く。

 隼人と春希は改めて海を見やる。

 不機嫌そうな貌で荒ぶり、他には何もなく、どこまでも果てしなく拡がり、ただただどうしようもなく広大だった。

 沖の方では鈍色の雲が唸り声を上げる一方、頭上には青空が広がり、まるでこちらとあちらで世界が切り取られているかのよう。

 今まで見たことのない不思議な光景に、ようやく知らない場所へやって来たことを実感し、隼人はしみじみと言葉を零す。


「向こうにあるの、雪雲かな? 日本海側気候だっけ……遠くまで来たなぁ」

「うん、まるで世界の果てまでやってきたみたい」


 ぽつりと呟く春希の言葉に、目を瞬かせる隼人。

 確かに陸地と文明が途切れ、この茫洋と広がる海は、世界の果てにも見えるだろう。

 だけど、そうじゃない。目の前の案内板を視線で促す。


「なぁ、天気がいいと向こうに島が見えるんだって」

「島……あそこは確か昔から政争で負けた貴族とかが流されたところだっけ」

「その島の更に先には大陸があって、全然知らない街や国がある。きっと春希と一緒ならどこまで行ける。そう思うと果てじゃなくて、始まりに思えてこないか?」


 そう言って隼人は、わくわくした様子でニカッと笑う。

 今度は春希が目を瞬かせる番だった。


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