7-3
311.誰が悪いわけじゃない
翌朝、空はどんよりとした雲が広がり、今にも泣き出しそうな天気だった。
駅から少し離れた戸建てが密集する住宅街、二階堂家の洗面所。
登校する身支度を終えた春希は、鏡に映る寝不足の自分を見て、眉をしかめていた。
胸を占めているのは、やはり昨日のこと。
結局、一輝によってあの場を逃がしてもらった後、遊びを続ける気もならず、誰からともなく帰路に着いた。
誰もが神妙な面持ちでだったのを覚えている。それから、口を噤んでいたことを。
どうやら自分たちが思っている以上に、田倉真央の娘というのは影響力がある存在らしい。
母にも昨日のことはメッセージで伝えているが、既読が付いただけで返事はない。
春希は髪を一房摘まみながら、眉を顰めて呟く。
「いっそ変装しよっかな……」
そしてすぐに、それはないなと
変装に自信がないわけじゃない。それなりのクオリティを発揮できる自負もある。
だけどそんなことしたところで、その場しのぎ。バレるのは時間の問題。
もしかすると、その変貌ぶりから余計に注目度が増してしまうかもしれない。
(……お父さん、か)
他にも懸念事項があった。父の件だ。
桜島清辰。
最近は高齢ということもあり、半ば引退しているらしく表舞台で顔を出すことはあまりないものの、春希たちの世代でも往年の名優として知られる大御所だ。
今まで考えたこともなかった、腹違いの兄を名乗る人物から告げられた父親は、それほどの大物だった。まるで現実味がなく、困惑している。隼人にさえまだ言えていない。
そして父のことがバレるということは必然、母が彼の愛人だったということも知られることになる。大きなスキャンダルだ。今以上の騒ぎになるだろう。そのことを想像しただけにも憂鬱になってしまうというもの。
「……そろそろ、家を出なきゃ」
そうこうしているうちに、いつも家を出る時間が迫る。
春希は大きなため息と共に陰鬱とした気分を吐き出し、鞄を引っ掴んで家を後にした。
◇
最近とみに冷たくなってきた初冬の空気を頬で感じつつ、そろそろマフラーだけじゃ厳しいなと思いながら早足で歩く。
待ち合わせ場所には既に皆やってきていた。隼人と姫子は沙紀の手元にあるスマホを覗き込んでいる。またつくしの写真を見ているのだろうか?
「おはよ。またつくしちゃんの写真、送られてきたの?」
春希も弾んだ声で覗き込めば、炬燵で仰向けになって顔だけ出していたり、炬燵布団に包まるようにして丸まっていたり、だらしなく微笑ましい
「どうやらつくしったら、出された炬燵をすっかり気に入っちゃったらしくって」
しかし答える沙紀の声色は、どこか弱った様子。いつもと比べ、つくしのことで盛り上がっていない雰囲気だ。
春希が訝しんでいると、眉を寄せ困ったような顔をした隼人が、ポンッと手の甲で肩を軽く叩いてくる。
「まぁいいから、学校行こうぜ」
「う、うん」
、
釈然としないまま身を翻し学校へと足を向けたところで、背後から姫子の鋭い、しかし暗い声を掛けられた。
「はるちゃん、昨日はごめん」
「……ぁ」
振り返ると必死にいつも通りを装おうとしているものの、今にも泣きそうな顔をした姫子が謝ってきた。昨日の言いだしっぺだけに、気にしているようだ。
幼い頃からよく知る妹分にこんな顔をさせていることに、キュッと胸が締め付けられた春希は、咄嗟に明るい言葉を被せる。
「謝ることなんてないよ! 最後がアレだったけど、なんだかんだ楽しかったし」
「でも、あたしの見通しが甘かったせいで……」
「あそこまでぐいぐい来る人がいるだなんて、誰にも予想できなかったから!」
春希が助けを求めるように隼人や沙紀を見れば、2人も擁護の言葉を続けてくれる。
「そうだぞ、昨日のことは誰のせいってわけじゃないし」
「うんうん、強いて言えば押し掛けてきた人が悪いですよね、お兄さんっ」
「ほらひめちゃん、隼人や沙紀ちゃんもこう言ってるし! ……ね?」
「うん……ありがと」
そう言って姫子は、無理矢理にヘタクソな笑顔を作る。
表面上は春希たちの言葉を受け入れているものの、自分を許せていないという気持ちがありありと表れており、春希は隼人と沙紀と何とも言えない顔を見合わせた。
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