309.闖入者



 水族館の次は、カラオケセロリに向かった。

 先ほどの長久のような闖入者が来ないよう、次はクローズドな場所がいいだろうということと、甘いものが食べたいと言い出した百花のリクエストに応える形だ。


「やっぱここに来たら、ハニトー食べないとね!」


 すかさず山盛りマシュマロとショコラのホットココアハニートーストという、耳にしただけで胸焼けしそうなものを注文する百花。


「わっ、あたしハニトー初めてかも!」

「すっご~い、大き~い、美味しそう~」


 ハニトー初体験の姫子と沙紀は、目の前に現れた冬らしいスイーツをたっぷりと詰め込んだ甘味の塊を前にキラキラと瞳を輝かせ、スマホでパシャパシャと写真を撮りだす。

 そして2人が撮り終わるや否や、百花は大口でハニトーを頬張り、その顔を蕩かせる。姫子と沙紀も続いてハニトーにを口に運び、相好を崩す。一方愛梨は「う゛っ、朝にハンバーガー食べたからカロリーが……」と呟き、しかめっ面。

 まだまだお腹いっぱいの隼人と春希、そして一輝は飲み物で喉を潤し、ホッと息を吐いて肩の力を緩め先ほどのことを話す。


「さっきは災難だったな、春希」

「ホントだよ。ボクもまさか雑誌のカメラマンがやってくるだなんて、露とも思わなかった。百花さんには助けられちゃったね」

「……さっきの姉さんのアレ、半分は本気だろうから、僕としては今からどうすればいいか頭が痛いけど」


 一輝がほとほと困った様子で額に手を当て嘆けば、隼人と春希も苦笑い。

 するとその時パッと中央のモニターの画面が切り替わり、軽快な曲が流れ始めた。百花がすかさずフォークからマイクに持ち替え、唄い出す。


「『紫育ち~♪』」


 まったくもって自由な人である。だけど、それに先ほどは救われた。

 そして百花の歌に釣られ、姫子と沙紀も唄い出す。愛梨も彼女たちに巻き込まれる形でマイクを握らされ、戸惑いながらもそつのない歌声を披露する。

 ついでとばかりに隼人も唄わされ、いつもの調子っぱずれの歌を聞かせる羽目になり、百花は手を叩いて喜ぶ。そこに嫌味はなく、隼人の個性として尊重するものがあり、盛り上がりの一助となった。

 百花にはこうして周囲を自分の色に染め上げる力がある。恐らく天然なのだろう。スター性とでもいうべきものだろうか。そしてそれにはひどく既視感があった。

 隼人がそれを感じている中、百花がウキウキした調子で1人唄っていない春希へマイクを差し出す。何となく、断りにくい空気が醸成されていた。


「ね、はるぴも何か唄ってよ! 歌、めっちゃうまいんでしょ?」

「ええっと……」


 そう言われるものの、躊躇う春希。困った顔で皆の顔を見回す。

 百花は期待に満ちた目を輝かし、一輝と愛梨はどう反応していいのか曖昧な笑みを浮かべている。沙紀はどこかハラハラとした困り顔。

 そんな中、姫子はフッと小さく笑い、春希に諭すように言う。


「はるちゃん、好きにすればいいよ。気乗りしなかったら、別に唄わなくてもいいし」

「えー」


 不満気な声を上げる百花に苦笑する姫子。

 姫子の言うことはもっともだ。

 今の春希が置かれている状況は、件の歌による動画が原因。そのことを考えると、唄う気にならないのは当然。しかし春希が唄わない思うと、少し寂しい気持ちがあるのも事実。


「けど、俺は聴きたいな。春希の歌、好きだから」

「っ!」「隼人……」


 気付けば隼人はそんなことを口走っていた。自分でもびっくりだった。

 だけどそれは、偽らざる隼人の本音だ。

 春希はみるみる目を丸くしたかと思うと、ふいに屈託のない笑みを浮かべて言う。


「隼人にそう言われたら、唄わないわけにはいかないよねっ!」


 そう言って春希はマイクを受け取り、ある曲を入力していく。


「『やじうま~♪』」


 春希が唄い出した瞬間、世界がパチリと切り替わり、皆が息を呑む。

 目の前に広がるのはどこまでも広がる丘と草原、遠くに雪を被った高い山に、遠くでかすかに見える塀に囲まれた街。この未知の、だけどどこか懐かしいこの世界にを前に、わくわくと冒険へと駆け出したい気持ちが湧き起こる。

 そんな童心を呼び起こす歌は、かつて子供の頃に流行ったゲームの主題歌。隼人と春希も夢中になって遊んだ、思い出深いものだ。


(……あぁ、懐かしいな)


 高揚、幸甚、あるいは驚嘆、興奮。

 あの時に感じた様々な懐かしい気持ちが呼び起こされる。

 それは他の人たちも同じのようで子供のように目を輝かせ春希に見入っており、春希もまた、かつてと同じような天真爛漫な様子で楽しそうに唄う。

 やはり春希には、こんな笑顔がよく似合う。隼人がそのことを再確認しているうちに曲が終わり、それと同時に百花が拍手しながら興奮した声を上げた。


「わ、めちゃうま! このゲーム、うちも子供の時かなりやり込んだし!」

「僕も姉さんにソフト占領されてた記憶があるよ」

「ったく、ももっち先輩は……でもあの頃、これすっごく流行ってましたもんね」


 すかさず一輝と愛梨も話に乗っかり、当時のことを話し出す。沙紀と姫子も「私もあれが初めて買ってもらったゲームで」「おにぃとよく一緒に」と、会話に混ざる。

 もちろん隼人と春希も「あそこのボスが」「ストーリーは子供の時には気にならなかったけど、あれって」といった話題を振っては、皆の声にも熱が籠もる。


「ね、他のも唄ってよ!」


 そんな中、百花がさらにリクエストする。

 姫子や愛梨も「はるちゃん、他のもすごいんだよ!」「わ、私も興味あります」と言って囃し立てれば、この和気藹々とした空気の中、さらに春希もノリノリとなっているとくれば断る理由もない。


「ん~、皆がそう言うならね」


 言葉とは裏腹に、ノリノリで再度マイクを握り唄い出す春希。そもそも、春希は元来こうしたものが好きなのだ。

 そして始まる独壇場。

 冒険、壮麗、あるいは神秘、荒涼。

 春希が奏で紡ぐ様々な世界に魅了される。

 ついでとばかりに、文化祭の吸血姫カフェライブで唄ったものも披露すれば、ますますこの場は大いに湧き立っていく。


「え~っ、はるぴこれ文化祭で唄ったの!? えぐくね!?」

「ももっち先輩、当然というかすごく盛り上がってましたよ。私も足を止めて聞き入っちゃいましたもん」


 歌のクオリティに驚く百花、それについて補足する愛梨。


「スタッフとしては、事前準備でてんてこ舞いだったけど」

「あはは、私やひめちゃんにみなもさんも、お兄さんの関係者ってだけで手伝わされるくらい、人手が足りてなかったですよね」


 隼人や沙紀もあの時のことを思い返し、しかし目を細める。

 そして春希もその時のことを思い返したのか、小さく笑う。

 皆がくすくすと小さく笑っている、その時のことだった。


「ちょっといいかしら?」

「「「「――っ!?」」」」


 部屋の入り口が開き、見知らぬ女性が入ってきた。

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