304.木を隠すなら森の中
姫子の呼びかけに気付いた愛梨は、同じく手を上げながら言葉を返す。
「姫子ちゃん、こっちこっち!」
「待ちました?」
「ううん、ついさっき来たところ」
どうやら待ち合わせをしていたらしい。
今をときめく人気モデルが2人揃っていれば必然、注目を集め、一体何事かと好奇の視線を投げかけている。一輝はこういうことに慣れているのか堂々としており、こちらと目が合えばにこりと微笑む。
周囲の好奇の視線に臆せず、愛梨たちのところへと駆け寄っていく姫子。
隼人たちは今一つ状況が呑み込めないものの、互いに顔を見合わせ姫子に続く。
そして姫子はぐるりと皆の顔を見回し、パンッと手を合わせて朗らかに言う。
「皆揃ったみたいだし、とりあえず朝ごはん食べに行きましょ!」
その提案に賛同する愛梨たち。
隼人たちもそれに流されるよう、曖昧に頷いた。
◇
姫子を先頭にしてやってきたのは、誰もがよく知るハンバーガーチェーン店。隼人の家の最寄り駅近くにもあり、しばしば利用しているところだ。
モーニングの時間に訪れたのは初めてで、隼人はいつもと違うメニューに戸惑いつつも、オーソドックスっぽい卵とソーセージのマフィンのセットを頼み、皆が陣取る一画へ。周囲からの慣れない注目を集めながら、肩身を狭そうにしながら席に着き、素早く辺りに視線を走らせる。
店内では隼人たち同様、朝食を摂っているそれなりの数の若者たち。彼らは待ち合わせの時と同様に好奇と疑問の目を投げかけ、そこかしこでこちらについて囁き合っている。
当然だろう。愛梨と百花だけでなく、田倉真央の娘として話題になっている春希まで一緒なのだ。興味を持つなというのが難しい。
彼らはこちらを話題にしているのを隠そうともせず、完全に噂の的。さすがに委縮してしまうというもの。沙紀なんて肩を縮こまらせて俯いてしまっている。
だというのに愛梨と百花は慣れているのかどこ吹く風、そして意外にも姫子も周囲を気にした様子もなく話しかけていた。
「言いだしっぺがなんですけど、朝からハンバーガーって罪深い感じですねー」
「ふふっ、わかる。カロリーとか気になっちゃうよね。その分美味しいけど」
「えー、うち朝から撮影ある時とか、結構利用するよー」
「え゛っ、撮影前にこんなにガッツリ食べるものなんですか!?」
「だってお腹空くし」
「いやいやいや、ももっち先輩!? 撮影控えてるのにお腹ポッコリ……させてませんでしたね! 神様は不公平だーっ!」
「あ、あはは……」
この空気の中で和気藹々と彼女たちと話す妹に、ある意味感心する隼人。
愛梨たちがやってくることは聞いてなかった。姫子からの説明もまだだ。何とも不思議な状況に訝し気な表情になってしまう。
するとそんな隼人を見た一輝が気遣わし気に話しかけてきた。
「どうしたいんだい、隼人くん?」
「いやその、どうして佐藤さんや一輝の姉さんがいるのかなぁ、って思って」
「あれ、姉さんたちがくること、何も聞いてなかったの?」
「あぁ。……ったく、ただでさえ春希だけでも大概なのに、あの2人まで一緒だと、どれだけ目立つことやら」
「だからじゃない?」
「へ?」
その言葉の意味がよくわからなかった。思わず素っ頓狂な声を上げる隼人。
目をぱちくりとさせていると、一輝は苦笑しつつ周囲に視線を促し、訊ねてくる。
「ね、周囲の様子だけど、普段とちょっと様子が違うと思わないかい?」
「むっ」
一輝にそう言われ、首を傾げながら改めて店内を窺ってみる。すぐ傍に居る春希と沙紀もそれに倣う。
一見すると相変わらずこちらについて噂しているようで、違うと言われてでもどこが違うのかわからない。
隼人がむむむと眉間に皺を刻んでいると、ふいに春希が「ぁ」と小さく声を上げた。
「もしかして、あまりこちらの方に視線を向けてない……?」
「あ……本当ですね。心なしか、声も小さいかも」
春希の声に沙紀も同意し、指摘を重ねる。
隼人もそのことに意識して再度周囲を窺えば、なるほど確かにいつもと、もっといえば入店当初と比べ囁く声も小さくなり、その数も減っているようだ。
「何で……」
「だから、姉さんと愛梨がいるからだよ。ほら、有名人が3人も揃っていると一般の人は何かの仕事、もしくはプライベートで遊んでいる思われて、遠慮してくれている感じ」
「……なるほど、木を隠すなら森の中、か」
1人でいると特に何の用があるとも思われず、声を掛けられる――確かに、一理あると思った。そして現に姫子の目論見通り、成功しているようだ。
ほぅ、と感嘆の息を吐く隼人。
すると一輝は談笑している姉たちの方を、眩しそうに目を細めながら呟く。
「最初さ、姉さんは気分屋だしあまり乗り気じゃなかったんだ。だけど姫子ちゃんが必死に頼みんだんだよ」
「そうなのか?」
愛梨や姫子と話が盛り上がっている百花を見れば、とても楽しんでいるように見える。
とはいえ、今まで傍若無人なところがある姫子のこと。もしかしたら、隼人が知らない間にかつてのように強引に話し込み、迷惑をかけているのかもしれない。
そこへ一輝がどこか羨むような、しかし自嘲まじり声で言う。
「姫子ちゃんがね、言ったんだ。あたしははるちゃんの味方だ、はるちゃんを楽しませたい、こういう状況でも大丈夫だよ、って」
「姫子……」「ひめちゃん……」「姫ちゃん……」
何とも言えない声が3つ重なるものの、しかし姫子が春希のことを想って東奔西走してくれたことがよく伝わってきた。
その気持ちを受け取った春希は、「よし!」と言って立ち上がり、姫子たちの会話の中へと入っていく。
春希の後ろ姿を見送った後、一輝がしみじみと言う。
「二階堂さんの為とはいえ、姉さんや愛梨を動かして……姫子ちゃん、すごい行動力だよね」
「まぁでも、暴走と紙一重というか」
「でもそこが姫ちゃんのいいところと言いますか……あ、そういえば誘ったのはこれで全員ですか?」
「そうそう、伊織や伊佐美さん、それにみなもさんには声を掛けなかったのか?」
伊織に恵麻、みなもも春希と縁の深い、それに普段から一緒によくしてくれている面々だ。彼らがいないことに不思議に思う。
しかし一輝は少し困った顔をして、彼らからの言葉を代弁した。
「一応誘ったけど、芸能人2人に怖気づいて遠慮されたよ」
「あ、あぁ……」
「あ、あはは……」
その気持ちはよくわかるだけに隼人に沙紀、一輝も顔を見合わせて笑うのだった。
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