303.意外な顔ぶれ


 待ち合わせ場所は通学の時に示し合わせている、いつもの住宅街にある見慣れた交差点だった。駅前だと春希が目立ちかねないという配慮からだ。

 そこでは既に沙紀が来ており、こちらに気付くとにぱっと笑顔を咲かせてパタパタとこちらにやってくる。


「おはようございますお兄さん、姫ちゃんも! 水族館、楽しみですね! 私、昨日はお布団被っても中々寝付けなくて!」


 沙紀の声はやけに弾んでおり、はしゃいでいる様子を隠せていない。それだけ水族館を楽しみにしているのだろう。

 その姿は微笑ましくも可愛らしく、隼人の胸が掻き乱されるも、動揺を悟られないよう努めていつも通りを装い言葉を返す。


「あぁ、俺も小学生の時に行った覚えがぼんやりとあるくらいだ。姫子は?」

「あたしもうっすらと行った記憶があるだけ。初めてみたいなもんだし、楽しみ」

「ボクは中一の時に遠足で言ったけど、誰かと一緒だと色々面倒なことになりそうだったから、ぼっちかつ皆から隠れるようにしてたね! かくれんぼしていたような感じ! だからこうして普通に見て回るのは初めてだから、思ったよりわくわくしてるよ!」

「春希……」「はるちゃん……」「あ、あはは……」


 そこへ春希もやってきてなんとも返事に困ることを言えば、隼人たちは顔を見合わせ苦笑い。

 ともかく、春希も今日を楽しみにしているようだった。

 少しばかり隼人の目から見て、無理にはしゃいでいるようにも見受けられるが、ここ最近のことを考えると仕方がないだろう。だがこうして今日という日を盛り上げようとしているのなら、そのことにわざわざ指摘するのも野暮というもの。

 隼人は春希同様、明るい笑みを浮かべて言った。


「よし、水族館へ行こうぜ」



 隼人たちは春希を囲むようにして駅へと向かい、電車に乗って目的地へ。

 休日のまだ朝早い時間ということもあり、駅や電車内にいる人の数は少なく、いつもより静かだ。

 しかしその分、春希が目立つ形となり、あからさまに声を上げる人はいないものの、じろじろと好奇の視線が向けられているのを感じる。

 普段学校、ないしバイトに行って帰るだけでも相当な耳目を集めているのだ。今の調子でこれだと、人の多い繁華街に出ようものなら、やはり騒ぎになるだろう。

 現に沙紀も少しばかりの困り顔。そのことに春希は懸念を感じ、幾ばくかの申し訳なさを滲ませた顔でくるりと自らを見回して呟く。


「この格好で本当に大丈夫だったのかな……」


 春希はチェック柄のふんわりと広がったスカートにニットカーディガンを合わせた、彼女の清純が引き立つ可愛らしくも冬を感じさせるコーデだ。

 沙紀もまた、クリスマスを先取りしたかのような色合いのワンピースとショールを合わせた、少しあどけないお嬢様然としたコーデで、春希と並んでも遜色ない可憐さ。

 ただでさえ世間の噂の渦中にあるというのに、地味で目立たないようにするより、むしろ周囲に見せつけるような格好で来いというのは姫子の言だった。

 怪訝な表情になる隼人たち。

 しかし姫子だけはフッと口元を緩めながら、やけに落ち着いた調子で言う。


「大丈夫だって。はるちゃんは堂々としてたらいいよ」

「でもひめちゃん、そうは言うけど……」

「おにぃだって、どうせならデートに行くような感じの服のほうがいいよね?」

「っ、いきなり答えにくいこと聞くなよ」

「おにぃ?」


 いきなり話の水を向けられ、そしてデートという単語に言葉を詰まらせてしまう。

 そんな隼人にせっかく今日の水族館のためにおめかししてきたから何か言うことがあるだろうと、脇腹を小突きながら圧を掛けてくる姫子。

 春希と沙紀からも、期待の込められた目を向けてくる。

 状況が状況だけにあまり意識していなかったものの、改めて春希と沙紀を見てみれば、姫子が言う通りデートに行くかのような気合の入った装いでそのことを想像してしまい、不謹慎と思いながらもドキリと胸を跳ねてしまう。

 見慣れたはずの2人だが、ここ最近はやけに眩くも可愛らしい。はたしてそれは彼女たちが変わってしまったのか、はたまた自分の見る目が変わってしまったのか。

 隼人はそっと目を逸らしつつ、熱くなってしまった頭を誤魔化すように掻きながら、胸の内を言葉にして紡ぐ。


「あー、すごく似合ってる。春希も沙紀さんも、そりゃ皆の目を引くなって感じで」


 そんな隼人の言葉に、はにかみつつも満更ではなさそうな感じの春希と沙紀。

 姫子は世話が焼けるなとばかりに「はぁ」とため息を吐く。

 なんとなく居た堪れなくなった隼人は、そのまま見慣れつつある電車の窓からの都会の景色を眺め続けた。



 やがて電車はいつも遊びに行く駅へ辿り着いた。

 さすがに都心でも有数の繁華街ということもあり、この時間でも非常に人が多い。

 必然、周囲から視線やひそひそといった囁き声を集めることに。

 今日の水族館行きに関しては、姫子に妙案があるということで全て任せた形だ。

 あまりに自信満々に言うものだから口は挟まなかったものの、案の定懸念した事態に顔を顰める隼人たち。

 しかしその中でも姫子は、皆の不安を嗅ぎ取りつつも少し得意げに鼻を鳴らし、想定通りとばかりにどこ吹く風といった表情。

 そして姫子はある場所へと視線を促し、隼人たちも釣られてそちらへ目を向ける。


「アレは……」


 思わず息を呑む春希。

 そこでは今の春希たちにも負けず劣らず周囲の視線を集め、しかしそれがさも当たり前といった風に泰然としている、とあるグループ。

 姫子はそんな彼女たちに向かって手を上げながら、弾んだ声を上げる。


「お待たせしました、あいちゃん!」


 目を見開く隼人たち。

 そこには今を時めく人気モデルである佐藤愛梨にMOMO、そして一輝がいた。

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