298.ボクのせいだよね


◇◇◇


 千客万来、満員御礼、商売繁盛。

 店の前には長蛇の列が並び、席は空いた先からすぐに埋まっていく。

 あちこちから飛び交う注文は、捌いても捌いても途切れない。

 ここ最近の御菓子司しろは多忙を極めていた。


「伊織、4番と11番さんの分、運んできたぞ! ついでにオーダーも取ってきて2番さんが抹茶セット2つに、9番さんが雪見セットと雪だるまパフェが1つずつ! あとレジ待ち3組いるけど、俺が行こうか?」

「いや、そっちは恵麻が! オーダー作るのはオレが引き受けるから、隼人はその合間にドリンク用意して、引き続き各所で遊撃してくれ! 三岳さんは表の列の整理を頼む!」

「かしこまり! みなもちゃん、店から1組出る度に、中へ1組ずつ案内しちゃって!」

「は、はいっ!」

「フロアの方は――」

「そっちは引き続きボクに任せて!」

「僕は二階堂さんのフォローに回るよ」

「すまんな、二階堂! 頼むぞ、一輝!」


 伊織を中心に春希たちはそれぞれの役割を確認し、持ち場に戻っていく。

 この忙しさを見越して隼人や伊織に恵麻だけでなく、みなもや一輝にもヘルプを頼んでいたものの、それでもてんてこ舞いで目を回す。


(……まぁ、ボクのせいだよね)


 はぁ、と小さくため息を吐く春希。今も店のあちこちから好奇の視線を向けられ、好き勝手に自分について囁く噂話が聞こえてくる。

 それもこれもSNSで拡散された、文化祭での吸血姫カフェライブや後夜祭で唄った動画のせいだった。

 しかも動画に添えられたコメントで、田倉真央の娘だというのもバレてしまっている。

 田倉真央は、今なお芸能界でその魔性ともいえる美貌を誇る大女優だ。ドラマに映画、雑誌や街角や電車内の広告等、ただ普通に生活していても、そこかしこに彼女の姿があることに気付くだろう。

 これまで様々な浮名も流してきたがしかし、特定の相手がいたという情報はなく、当然ながら結婚しているだなんて話は耳にしない。

 そんな田倉真央に娘がいた。世間の方々に興味を持つなという方が難しい。

 その隠し子が御菓子司しろでバイトしていることが知られた結果が、これだった。

 ただでさえ人気店なのに、春希を一目見てみようと連日物見遊山の人が押し掛け、その情報がさらに知れ渡るにつれ、どんどん盛況になっていく。今週に入ってからは連日、戦場のような忙しさだ。

 もちろん、春希がバイトに顔を出せばこうなるのは火を見るより明らかだった。

 これだけの人の多さだ。中には冷やかしだけでなく、イタズラ目的や悪意を持ってやってくる人もいるだろう。

 だから店に迷惑はかけられないと最初はバイトを辞する旨を伝えたが、しかし伊織やその家族の人たちは楽観的に大丈夫だと言ってくれた。

 それからせっかくの儲けるチャンスだし、是非続けてくれと頼まれたことを思い返し、商魂たくましいなと苦笑を零す。

 またトラブルも起こらないよう、軽薄そうな人たちや声の大きいところは一輝たちが担当し、上手くあしらってくれている。


「お待たせしました~、雪だるまパフェです。見た目もとてもかわいいですよね!」

「ご注文は木枯らしと冬景色のセットですね。抹茶もいいですが梅昆布茶も意外と合うのでお勧めですよ」

「こちらの善哉、白玉が思いの外熱いので気を付けてください」


 幸いにして春希は周囲が求める対応を予測計算し、演じるのには慣れている。

 彼らが見たいのは、さすがのあの田倉真央の娘と思われる自分。

 明るくはきはきしており、丁寧な物腰。それからひとつまみのお茶目っぽさを持つ、見た目も清楚可憐で大和撫子然とした非の打ち所のない女の子。

 なんてことはない、今まで散々擬態・・してきた良い子・・・を演じればいいだけ。

 もちろん接客する相手だけでなく、そこかしこに愛想を振りまくのも忘れない。

 そんな風に彼らが望む姿を見せれば満足し、また変にちょっかいを出さず見守ろうという空気も形成されていく。

 ――春希の、演技計算通りに。

 とはいえ今日は対応する数が多く、キャパシティはいっぱいいっぱいだ。

 ひと時も気を抜けない。だけどある意味、都合がよかった。

 あぁ、みなもが常に忙しさの中に身を置いていた理由がよくわかる。

 あの日、後夜祭で隼人への恋心を自覚した。自覚してしまった。

 ちらりと隼人がいる厨房の方へを視線を向け、そこで懸命に仕事をする姿を思い浮かべ――するとすぐさま胸が騒めきそうになり、慌てて目を逸らす。

 胸に手を当て、自らを落ち着かせるために深呼吸を1つ。

 あれ以来いつもこうだ。隼人を意識するだけで途端に感情が暴れ出してしまい、時には制御できなくなってしまう。普段は自らを律し、今まで通りを演じられて・・・・・いる自分を褒めてあげたいところ。

 しかし今は仕事中。いけない、集中せねば。

 そう強く思い直すも、気が緩んでしまったのだろう。


「はい、ただいま~……っ!」


 上げられていた手を見て反射的に駆け寄り、そして思わず頬を引き攣らす。

 お客は大学生くらいのグループだろうか? 調子が良くて明るそうといえば言葉はいいが、内輪で盛り上がることばかりを考える軽薄そうなお客だった。


「やべえ、動画そっくり!」

「ねね、お母さんが田倉真央ってマジ?」

「ここのバイトっていつからやってんの?」

「ええっと、ご注文は……」

「え、あー……じゃあキミのおすすめで!」

「あはっ、それいいかも! いい感じの持ってきてよ」

「でも和菓子あんまり食べたことないから、苦手の勧められたらなぁ」

「あの、注文……」


 オーダーを取ろうとするも彼らは春希の言葉を無視するかのように、自分勝手に言葉を浴びせかけ盛り上がっていく。困惑している春希なんてお構いなしで、まるで聞く耳を持ちやしない。

 どうやら彼らは軽い気持ちで春希を呼んでみたところ、つい本人が来てしまって興奮しているようだった。

 こういう客は一輝や他の人たちが対応したり、何かあればすぐさまフォローに入ってくれるのだが、今日の混雑具合に忙殺され気付いていない。

 周囲もにわかに騒めき出す。ここで彼らを付け上がらせると、店内の空気も悪くなってしまうだろう。春希は冷ややかに彼らを一瞥し、ふっと短く息を吐く。

 こういう手合いは相手にしないのが一番。

 理由を付けてさっさとこの場を離れればいい。

 それにこうした時のシミュレーションも既にできている。


「ご注文がお決まりになられましたら、再度お呼び下さいね」


 失礼にならないよう、また周囲からも毅然と対応している笑顔を計算し、身を翻す。

 完璧に決まった。彼らも呆気に取られている。周囲も春希もホッと息を吐く。

 だけど彼らは致命的に空気が読めなかった。


「あ、待ってよ。もうちょっとで決まるから!」

「っ! やめてください、手を離してくださいっ」


 彼らのうち1人が、去ろうとした春希の腕を強引に掴む。

 咄嗟のことにビクリと肩が跳ね、彼の手から嫌悪感が滲み、くしゃりと顔を歪める。

 春希は身体を捩らせ拘束を解こうとするも、力は思いのほか強く振りほどけない。拒絶の声を上げているものの「そこをなんとか」「ちょっと話したいだけだし」と馬耳東風。むしろ取り合ってくれない春希こそ空気を読めと言っているかのよう。

 周囲からもひそひそ声が上がる。他の客も不穏なものを感じているようだ。

 しかし彼らは気付かない。

 いっそ助けて~っと大声で叫ぼうか? ふとそんな考えが過ぎるも、それだと大事になって店である伊織やその家族に迷惑かかってしまう。ほとほと困った顔をする春希。

 するとその時、春希を掴む腕にぱしゃりと何かが掛けられた。

 それと同時に彼はすぐさま手を離し、悲鳴じみた驚声が上げる。


「うわ、熱っ!?」

「おっと、手が滑ってぬるま湯を掛けてしまいました。そんなに熱くないはずですよ。濡れてしまいましたね、おしぼりは外で渡しますので、どうぞこちらへ」

「は、隼人っ」


 そう言って隼人が春希を守るかのように、彼との間に身体を割り入れた。

 いつの間に? 厨房に居たはずでは? そんな考えがぐるぐる巡る。

 隼人は慌てて駆け付けたのか、湯飲みの他に逆手には抹茶の入った缶。

 どうやら即座に助けに来てくれたらしい。いつもそうだ。隼人は春希が困ってたり弱っていたりすると、すぐさま飛んできてくれる。

 ――あぁ、隼人らしいなぁ。

 きっと、それだけ自分は隼人にとって大切な存在にカテゴライズされているのだろう。そのことを再認識した瞬間、ドキリと心臓が跳ねると共に早鐘を打ち鳴らす。頬がどんどん熱を帯びていく。胸の中の気持ちが溢れそうになり、抱き着きたくなる衝動を、俯きながら必死に律する。

 ぼんやりとする思考の中、視界の端では伊織と一輝も騒ぎを聞きつけやってきて「おかえりはこちらでーす」「塩、撒いておきますね」といって彼らを追い出し、店内からは静かな喝采が上がっていた。


「春希、大丈夫だったか? 変なのを担当させて悪かった」

「っ、ボクも不注意だったから。それに隼人がすぐ助けてくれたし」

「そっか、よかった。こっちは俺が片付けておくから、入り口のお客さんを案内してくれないか? 今度のは大丈夫だと思うから」

「う、うん」


 春希は赤くなった顔を悟られまいと俯いたまま答え、入り口の方へ足を向ける。

 まだ高鳴っているままの胸を押さえ、静まる時間稼ぎとばかりにゆっくりと歩く。


(あーあ、ボクってこんなにチョロかったんだ……)


 隼人に助けられた。

 たったそれだけのことなのに頭の中は多幸感でいっぱいになり、心臓はお祭り騒ぎ。足元はふわふわ浮き立って、まるで雲の上にいるかのよう。

 今までだってよくあったことなのに、心境の変化1つでこんなにも変わるものなのか。

 でもそんな自分も悪くないと思ってしまうほど、春希はこの恋にやられて重傷だった。

 だけどその浮ついた気持ちも、次に案内すべきお客を見て冷や水を浴びせられる。


「春希さん、さっきは災難でしたね」

「ま、おにぃにしてはグッジョブだったかな」

「沙紀ちゃん、ひめちゃん……」


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