296.どこかが変わった親友
◇◇◇
寒さが深まっていくにつれ、沙紀のクラスの皆も受験を意識するようになったのか、教室の空気もどんどん引き締まっていった。
休み時間中でも教室のいたるところで単語帳や参考書を睨めっこしたり、プリントやノートを広げて演習問題に取り組んでいる姿も見受けられる。たまに話し声が聞こえてきても問題を出し合ったり、わからないところを教え合ったり、勉強に関するものばかり。
もちろん授業中に私語や居眠りなどもなく、誰しも集中しており真剣だ。
沙紀もまた一意専心、勉強に取り組んでいた。
脇目も振らず、ひたすらに。
じゃないと、ふとした拍子に
おかげで最近、とみに学力が上がってきているのは、何とも皮肉だろうか。
昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
するとすぐさま穂乃香は両手を上げ、「お昼だーっ!」と解放感を謳う声を上げた。彼女に続き、各所からも似たような声が上がる。
周囲の空気も緩む。やはりずっと緊張しっぱなしというのも息が詰まってしまうのだろう。皆、ご飯の時ばかりは勉強からの解放を謳う。
沙紀も彼らに倣い、席で大きく伸びをしながら息を吐き、肩の力を抜く。
そして穂乃香たちいつもの顔ぶれがお昼の誘いにやってきた。
「お昼にしようよ姫子ちゃん、沙紀ちゃん」
「ちょっとだけ待って、もう少しで板書写し終えるから。……よし、終わった!」
「私はいつでも行けるよ~」
そう答え、クラスの友人たちと連れ立って食堂へ向かう。
半ば指定席のようになりつつある一画を確保してもらい、沙紀は食券を買いに並ぶ。
初めてここを利用した時は人の多さに戸惑い翻弄されたものだが、今となっては随分慣れたものだ。
それだけ、この都会の暮らしにも慣れてきた。
それだけ沙紀自身の取り巻く環境も変化してきた。
……特に、あの文化祭以降は。
沙紀はお昼の定番になりつつあるきつねうどんを注文し、皆のところへ戻る。
皆が揃い、いただきますと手を合わせたところで、穂乃香がやってらんないとばかりにい大きなため息を吐き、愚痴を零す。
「あーもー、勉強やだ! 嫌い! うぅ、こんな生活が受験終わるまで続くだなんて」
そんな誰もが思ってながら口にしないことをぼやく穂乃香に、沙紀たちも顔を見合わせ苦笑い。
すると姫子が困った顔をしつつ、呆れ交じりの声で言う。
「まぁこればっかりは仕方ないよね。それにどの高校に行くかによって大学の進学先や就職先にも関わってくるだろうしさ、今頑張らないと3年後の自分が苦労するんだから」
「うぐっ……えーん沙紀ちゃーん、姫子ちゃんが正論言ってイジメるの~っ」
「あ、あはは……」
よよよ、と芝居がかった様子で沙紀に抱き着いてくる穂乃香。
何ともいえない顔で穂乃香をよしよしと受け止める沙紀。
姫子の言葉は皆の耳にも痛かったようで、「高校によって部活の設備が」「やっぱりあそこの制服を着るの憧れ」「ま、やるしかないよね」と諦めにも似た声を零す。
沙紀だってそうだ。元々隼人や春希と同じ高校に入ると啖呵を切ってやってきた。
それに志望校は中々の実績を誇る進学校。最近成績が上がってきたとはいえ、ついこないだの模試ではB判定。合格圏内とはいえ、まだまだ気が抜けない。
ため息と共に肩を落としている穂乃香たちを見て姫子はクスリと笑い、茶目っ気たっぷりに提案した。
「でも息抜きも必要だよね。今日さ、帰りに甘いもの食べにいかない? 御菓子司しろ、そろそろ冬の新作が出てると思うし」
「おー、いいね!」
「最近どこにも遊びに行ってないし!」
「寒くなってきたし、熱いお茶に合うお菓子がいいなぁ」
そんな姫子らしい誘い文句に、皆はすぐさま賛同の声を上げた。
沙紀はそんな親友を見て、目をぱちくりとさせる。
今までの姫子だったら、きっと冬の新作和菓子について熱く語って皆を和ませていただろう。
だけど今の話しぶりや様子はやけに控えめだった。
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