295.変わってしまった日常④朗報


 隼人と春希が旧校舎にある秘密基地に向かうと、そこでは既に皆が揃っていた。

 こちらに気付いた伊織が、ホッとした様子で話しかけてくる。


「よっ、遅かったな2人共。何かあったのか?」

「あー、途中で春希が捕まっちまってな」

「なるほど、それで」


 するとみなもは眉根を寄せ、しみじみといった風に言う。


「またですか……春希さん、大変ですね」

「そういや姉さんがデビューした時も大変だったなぁ……まぁ有名税として割り切るしかないね。どうせ騒がれるのも今だけだろうし」

「ボクとしては、さっさとこの有名税を払い終えて平穏を取り戻したいところだけどね」


 一輝がフォローするかのように言葉を挟む。

 そして春希が肩を竦めながらおちゃらけたように繋げれば、皆から笑い声が上がる。


(ここも随分と人が増えたな)


 内心、口元を緩める隼人。

 昼休みの騒ぎを逃れ、皆とこれまでと同じように過ごせるよう、この場所を教えることにした。

 春希と2人きりだった時はどこか広くて殺風景だと感じたものだが、こうして多くの友達・・と秘密の場所を共有するのも悪くない。それだけ、仲間が増えたのだ。

 そしてひとしきり笑った後、恵麻がパンッと手を叩き、明るい声で言う。


「さてさて、お昼にしよっか!」


 隼人と春希はいつも使っているクッションを敷き、皆と車座になって腰を下ろす。

 ちなみにみなもと恵麻も自分の分の座布団を持ち込んでおり、一輝と伊織は地べただ。それぞれ弁当、購買やコンビニで用意したお昼を広げ、取り留めのない会話に花を咲かす。


「そういや春希ちゃんって、お昼はいつもコンビニのおにぎりだよね」

「うん。サンドイッチ1つの値段で2個食べられるし、腹持ちもいいし、それに時々面白い具のやつとか出るしね。最近だとベーコンエッグやマヨコーンチーズとか当たりだったかな?」

「え、マヨコーン!? ……って、おにぎりの具だと異色だけど、お寿司だとよく見かけるネタかも」

「そうそう、意外だったけどおいしかったよー」


 驚きつつも納得する恵麻。少し得意げな春希。

 しかし隼人はジト目でツッコミを入れる。


「でも明らかに地雷とわかってるものに手を出して、痛い目をみることもあるけどな。最近だと餡バター醤油、その前は練乳いちごみるくで、すんごい渋面作ってたっけ」

「あ、餡バター醤油はもち米ならありな感じだったよ! ……ただお米が酸っぱしょっぱくて、絶妙な不協和音を奏でちゃっただけで」

「ぷふっ、あはははははっ!」

「わ、笑うな海童ーっ!」


 話を聞いていて思わず噴き出す一輝。唇を尖らせ脇腹を殴打する春希に、それを見て肩を竦める隼人。

 すると伊織が愉快そうに話しに乗っかる。


「いやぁ、二階堂の気持ちも分かるぜ。オレもお昼、たまにコンビニでカップ麺買ってくることあるけど、パエリアとかから揚げレモン、クリーミーグラタンなんて珍しいもの見かけたらついつい買っちゃうし」

「森くん、わかる!? って、その味気になるというか、学校でお昼にカップ麺とか食べられるんだ!?」

「ほら、食堂にある給茶機でお湯出るだろ? それで。カップ麺の味の説明は……難しいな。実際食べてみっていっても、すぐに棚から消えちまうし」

「ぐぬぬ、冒険心溢れるものは、カップ麺でも一緒の運命かぁ」

「まぁ、学食や購買の品ぞろえって代わり映えしないから、ついついそういうのに手が伸びちまうよなぁ」


 伊織の言葉に、春希は腕を組んでうんうんと頷く。

 隼人はそういうものなのかなと思い弁当をつつきながら首を捻っていると、それを見て伊織という同志を得た春希は、はぁとため息を吐いて肩を竦め、かぶりを振って言う。


「つまり僕たちは何もすき好んで地雷を踏みに行っているわけじゃなく、変わらない退屈な日々にスパイスを与えるべく、未知の味と出会いに行ってるってわけさ。わかるかなぁ、自分でお弁当作ってる隼人にはわかんないだろうなぁ」

「うん、まったくわからん。って、弁当だけどここ最近は俺じゃなくて母さんが作ってるぞ」

「え、そうなんだ?」

「あぁ、そういう意味じゃ毎日の弁当が何だろうなっていう、未知へのわくわくはわかるかも」


 隼人がにこりとそう言えば、意外そうに目を丸める春希。

 するとその時みなもがクスリと笑い、隼人に同調するように口を開く。


「わかります。私の今日のお弁当、実はお父さんが作ってくれまして」

「「えっ!?」」「「「っ!」」」


 隼人と春希だけじゃなく、他の皆もみなもへ視線を向けて目を見張る。

 文化祭を前後して、みなもは父と色々あった。

 そして父にはちゃんと想いの丈をぶつけることができ、互いにわだかまりがなくなったという事の顛末は伝えてある。それからもう一度一緒に住むように誘われたけど、転校の手続きや向こうでの住居などの問題もあり、何より高校は友達がいるこちらがいいからと、引き続き祖父の家に住むことになったことも。

 みなもの父は依然として遠方に居るはずだ。それが、何故?

 隼人たちはどういうことかと固唾を呑む。

 するとみなもは気恥ずかしそうに、そして少し困った顔で、しかし喜色を滲ませた声色で報告する。


「お父さんも一緒にこっちで住むことになったんです。それだけじゃなく、鑑定の結果、お父さんは本当にお父さんでした……っ!」


 皆が大きく息を呑む。

 そして一瞬の静寂の後、ここにいる全ての誰もが喜びを爆発させた。


「わーっ、よかったね、みなもちゃん!」

「あぁ、本当によかったよ。僕もすごく嬉しい」

「わ、わぁ! 三岳さん、私もなんて言ってか、もう……っ」

「へへっ、目と胸が熱いぜ」

「俺は絶対、そうだと信じてたよ」

「ありがとう、皆さん!」


 もたらされた朗報に、感極まる隼人たち。みなもも照れつつ嬉しそうにはにかむ。

 皆は文化祭以降、心からの笑顔を浮かべていた。


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