293.変わってしまった日常②友達
「……うん、そうだね」
春希は少し困ったような声色で答えると、姫子と沙紀も同じような表情で顔を見合わせ苦笑い。
そして皆で春希を外から守るかのように囲み、少し遠回りになる道を歩き出す。
住宅街を抜け街道に出れば、登校時間ということもあって姫子や沙紀と同じ中学に向かう生徒たちや、通勤通学のために駅へと向かう多くの人たちとすれ違う。
傍から見れば、隼人たちもそんなごくありふれたグループの1つだろう。
だけどやけに周囲からの視線を集めていた。
そば耳を立てれば、「ほら、あの子が」「制服もあの高校のだし」「聞いた話だと」といった囁き声が聞こえてくる。
噂を一身に集め、肩身を狭そうにし、ため息を吐く春希。文化祭以降、毎朝繰り広げられている光景だ。
隼人も釣られるように眉を顰める。春希でなくても、ため息を吐きたくなるというもの。
そんな中、一際きゃいきゃいと騒ぎ立てる女子中学生のグループがおり、こちらにスマホを向けてくる。写真を撮ろうとしているのだろう、無遠慮過ぎる行為だ。
さすがに何か言おうとしたその時、彼女たちの視線を遮るようにして、伊織と恵麻が現れた。
伊織は片手を上げつつ、やれやれといった様子で言う。
「よっ、今朝も相変わらずモテモテみたいだな、二階堂」
「春希ちゃんも大変ねー」
そう言って大仰な様子で伊織がジロリと彼女たちをねめつければ、春希や隼人たちだけでなく、こちらを窺っていた周囲の人たちも釣られてそちらに視線を向ける。
「「「……っ」」」
いきなり注目される形となった彼女たちはギクリと顔を強張らせ、「ね、行こ」「さすがに」「う、うん」等と囁きながら、そそくさとこの場を去っていく。
それを見て伊織と恵麻が肩を竦めれば、隼人と沙紀も苦笑を零す。
助け船を出してもらった春希は、申し訳なさそうに口を開く。
「ありがと、助かったよ森くん、恵麻ちゃん」
「ははっ、いいってことよ、これくらい」
「そうそう。私たちでもこれくらいはできるしね」
少し照れ臭そうに鼻を擦る伊織に、ニカッと歯を見せて笑う恵麻。
隼人も面目なさそうに縮こまらせている春希の肩を手の甲で小突き、努めて明るい声色を意識して言う。
「別に春希が何か悪いことをしたわけじゃないんだし、堂々としてろよ。それに助けるとかどうとか遠慮なんかいらねぇって。俺たち
するとこちらに向き直った春希は一瞬少し寂し気に瞳を揺らし、ぎこちなく笑う。
「そうだね」
まだまだ春希も、この状況に慣れないらしい。
いつもと違う通学路へと変えたのは伊織と恵麻と合流して登校するためだった。
文化祭以降、春希が全く知らな人にも興味本位から話しかけられることが多くなり、もしものことが起こらないようなるべく集団で固まるようにしたためだ。
何とも歯痒い対症療法。だけど、今はこれくらいしかできることが思い浮かばなくて。
隼人も困った様に眉根を寄せていると、ふいにギュッと脇腹を強く抓られた。
「い゛っ!? 何すんだよ、姫子!」
「もぅ、おにぃのアホ!」
「はぁ!? いきなりわけわかんねぇよ」
「まったく……じゃ、あたしたちこっちだから、恵麻さんに伊織さん、後はお願いしますね。行こ、沙紀ちゃん」
「う、うん。では、また」
いきなりの姫子の凶行に目尻に涙を浮かべ、抓られた箇所を押さえる隼人。
沙紀はオロオロと皆の顔を見やった後、ぺこりと頭を下げて姫子を追いかける。
釈然としない様子で姫子の背中にジト目を向けていると、伊織が隼人の肩を叩き、気を取り直すように明るい声を上げた。
「オレたちも行こうぜ」
「……おぅ」
姫子と沙紀の中学生組と分かれ、高校へと向かう。
校門が近付くにつれ同じ制服がばかりになっていき、ますます不躾な視線をぶつけらる。
春希の表情も曇せ、それを見てもどかし気にくしゃりと顔を歪ませる隼人。
まぁこれでも一時に比べれば随分マシになったのだが。
その時、木枯らしが吹き落ち葉を舞わせ、ぶるりと身体を震わせる。
秋を追い立てるかのような、随分と冷たい風だ。
隼人が文化祭から季節が進むことを実感していると、はぁ、と自分の手に息を吹きかける春希と目が合った。
春希は少し気恥ずかしそうに、むぅっと唸った後、はにかみながら呟く。
「もぅ、すっかり寒くなってきちゃったね」
「あぁ、冬が近いな。そろそろコートも必要だし、あとコタツもそろそろ出さないと」
「ボク、これまで冬場はいつもこたつむりになってたよ。冬休みとか、何日も家を出なかったり」
「それは勿体ない……と言いたいところだけど、俺も月野瀬に居た頃は似たようなもんだったか」
「ふふっ、あそこ周囲に何もないもんね」
「そうそう、畑だってやることあまりないし」
隼人がおどけたように言えば、皆からも笑い声が上がる。
すると恵麻がポンッと手を合わせ、弾んだ声で言う。
「そうだ、ならこの冬は冬らしいことをしようよ」
その提案に伊織に隼人、春希は顔を見合わせ答える。
「いいね。まずは直近のクリスマスパーティーとかどうだ? プレゼント交換とかしようぜ!」
「お、料理なら俺に任せてくれよ。リクエストとかあったら色々作るぞ」
「それならボク、ブッシュドノエルが食べてみたいな。食べたことないし!」
そんな他愛のないことを話し、盛り上がる。
だけど、どうしてか皆の声には、どこか遠いことを話すような色があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます