291.エピローグ、もしくはプロローグ 母と娘、それと兄



 キャンプファイヤーの火はとっくに消え失せ、多くの人は家への帰途に着き、校舎の灯かりもまばらになった。

 時折物悲しく吹き付ける秋の夜風が、祭りの後を唄う。

 春希は1人ステージ脇の資材に腰掛け、隼人とみなも連れ立って向かった先をぼんやりと眺めている。

 沙紀や姫子に夕食に誘われたものの、色々理由を付けて断った。

 一体どんな顔をすればいいか分からない。特に、沙紀には。

 胸は多少落ち着いたものの全身は未だ熱を帯び、ふわふわと足元が定まらない。心臓はギュッと締め付けられたまま。


「再生数えっぐ!」

「どのSNSでもトレンドになってるし」

「そりゃあれだけ上手かったらね~、正直震えたし」

「生で見られてほんとよかった!」

「あれって例の1年のカフェライブの子だっけ?」

「そっちの方もかなりバズってるよ」


 しかし、そこへ通りがかった生徒たちが囁く噂の内容に、ハッと息を呑む。

 どうやら先ほどのステージでの唄が動画で拡散されているらしい。

 そば耳を立ててみれば、あちらこちらで先ほどのステージでの春希の唄について話されている。

 迂闊だった。

 脳裏に母の顔が過ぎり、一気に血の気が引いていく。

 しかも先日、MOMOの件で釘を刺されたばかりじゃないか。

 だけど、あの時はこれ以外に自分の想いを伝えたり発散させる術を知らなくて。

 一体、どんな言い訳をすればいいやら。

 その時、校門の方がにわかに騒めきだした。


「え、何あの人」

「うわ、すっごい美人!」

「あれ、でもどこかで見たような……」


 どうやら誰かが学校へ車で乗りつけやってきたらしい。


「あの子はどこ?」


 鋭く、少しばかりの焦燥感と苛立ち交じりの、しかし周囲によく通ることを意識された作られた・・・・声が響く。

 あの子・・・

 今この場に於いてその特定個人を示す言葉が、誰を指すかだなんてわからない人はいない。

 皆の視線が春希に注がれ、居場所を伝える。

 そしてこちらを見据えるは絶佳の妙齢の女性。

 とても高校生の子供がいるようには見えない、麗人。

 彼女を目にした春希はこれ以上なく目を大きく見開き、驚愕の言葉を零す。


「お母、さん……っ」


 まさかこの衆人環視の中、自身の名声をよく理解している田倉真央母親が、ろくに変装もしないでこの場に現れるだなんて思ってもみなかった。

 田倉真央は、母は、一直線にこちらへと、いっそ威風堂々と周囲に見せつけるかのように歩いてくる。その芝居がかった歩き方は、まるで正体を隠そうともしていない。

 現に周囲から「え、お母さん? 若っ!」「めっちゃ美人、っていうかどこかで見たような……」「もしかして田倉真央じゃない!?」「え、あの子……でも田倉真央に子供って……」といった声も聞こえてくる。春希の困惑が一層加速していく。


「春希、行くわよ」

「どこに……痛っ」


 彼女は有無を言わさず春希の腕を掴み、引き摺るようにして車の方へと引っ張っていく。

 その様子はさながら聞き分けのない娘に対し、怒りを隠せない母そのもの。まるで家庭内の問題に対することのように見えてしまい、彼女のただならぬ迫力もあり、周囲もただその行く末を見守るばかり。

 だからまさかこの母娘の間に割って入って彼女の腕を掴んで止め、行く手を遮る者が現れるとは、誰もが思ってもみなかった。


「真央さん、ちょっと強引じゃないかな? 娘さん、痛がってるよ」

清司せいじっ……!」「っ!?」


 春希は眼前の相手に、息を呑む。

 清司と呼ばれた男性には見覚えがあった。桜島と呼ばれていた、愛梨やMOMOのマネージャーだ。

 先日、母が知り合いめいたことをほのめかしていたのは憶えている。

 しかし、どうしてここに?

 彼はスッと目を細め、田倉真央何て眼中にないといった様子で春希を見つめ、大げさに両手を広げながらどこかうっとりした声色で演説のように語りだす。


「見たよ、聞いたよ、素晴らしかった。あぁ、とても素晴らしかった! 先日のMOMOの時とは比べ物にならない……あれほどの輝き、僕の想像をはるかに超えていた! やはりキミはしかるべき世界で高みを目指すべきだ! 是非、芸能界に来て欲しい!」


 どうやら彼は動画を見て、春希を勧誘するために駆け付けたらしい。

 目の前の出来事に周囲も「え、スカウト!?」「あの人、MOMOって……」「いやいやいや、でも確かにあのレベルなら」と、騒めきだす。

 しかし田倉真央は盛り上がりつつあるその話題の熱に、冷や水を浴びせかけるようにピシャリと言い放つ。


「春希は芸能界なんてところに決して入れさせないわ。これは決定事項よ」

「けど、いつまでそんなことを言ってられるかな? 動画があれだけ拡散されているんだ。もう彼女を隠しておくだなんてできやしない。どうせ遅かれ早かれ誰かに目を付けられるなら、僕の方で面倒見た方がいいとは思わないかい?」

「そ、それは……っ」


 母にとって彼の言い分ににも一理があったのだろう。どこか悔しそうに唇を噛みしめている。

 しかし春希にとっては突然のことで、話に置いてけぼりにされているまま。

 やがて母はキッと彼を睨み返し、口さがない言葉を返す。


「そんなの関係ないわ。これは家族の問題よ。だからあなたは引っ込んでそこをどきなさい、この無能・・っ!」

「無能ッ! そう、僕が無能だからこそ春希くんの才能が眩くて、羨ましくて仕方がない! 目の前に転がっている原石をそのまま朽ちさせるだなんて、耐えられない! この気持ちがわかるか? いや真央くんにはわからないだろう、結局才を受け継げなかった僕や姉と違い、持つ側のキミには!」

「あなたは……っ!」


 そして彼は一転、先ほどまでの紳士然とした笑みを消し、いっそ憎々しいまでの視線を向けてくる。

 思わずビクリと肩を跳ねさせる春希。そして春希を守るかのように前へと出る母。わけがわからなかった。

 彼はいっそ狂気じみた色を瞳に浮かべ、なおも熱に浮かされたかのように口を開く。


「あぁ、それに家族・・の問題と言えば僕も無関係じゃないね」

「っ、清司!」

「ははっ、ここに来て隠すこともないだろう。春希くんだってもう子供じゃないし、知る権利もあるし、知るべきだ」

「え、どういう……」


 春希が思わず疑問の声を零せば、彼は嗜虐的であり自虐的でもある表情を作り、微笑む。


「僕は桜島清司。往年の名優・桜島清辰を父に持つ――二階堂春希くん、キミの腹違いの兄だ」

「…………ぇ」


 春希は彼から告げられた続柄に、信じられないとばかりに間の抜けた声を零すのだった。



※※※※※※



これにて長かった6章も終わりです。

いかがでしたでしょうか?

ぜひ☆☆☆を★★★へ塗りつぶしての応援、よろしくお願いします。


また、てんびん7巻と新作・血の繋がらない私たちが家族になるたった一つの方法も発売中です。続刊の為こちらも買って読んでいただけるとうれしいです。

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