287.後夜祭④想いを、伝えに
ステージ上にいる愛梨と柚朱は、ただそこに立っているだけで絵になるほどの華があった。皆の視線を集めている。
それはそうだろう。
柚朱は校内でも屈指の有名人。その隣に立ち、彼女と引けを取らない美貌を誇る愛梨は、今をときめく有名モデル。
騒ぎにならないはずがない。周囲からは「わ、すっごい綺麗!」「高倉さんの隣の子、誰!?」「あれ、どこかで見たことあるような……」「もしかして佐藤愛梨!?」「まさか! 雰囲気全然違うでしょ」「でも似てない!?」などと騒めきだす。
あんな目立つところに出てくると、正体なんてバレかねないだろう。
眉を寄せる隼人だけでなく、この場の誰もが困惑の渦中にあった。
姫子と沙紀にとっても予想外の事態の様で、互いに「へ?」「あれ?」と言葉を漏らし、しきりに目を瞬かせ、戸惑いを隠せていない。
更に、愛梨と柚朱は2人で1つのマイクを持っていた。
この流れで何をしようとしているのかなんて一目瞭然。同じ言葉を重ねるため。
だけどそれは、確実にどちらか片方が報われないということを意味していて。
それだけじゃなく、公開告白で失敗すると恋人ができなくなるというジンクスもある。
にわかに緊張感が高まっていく。
皆が固唾を呑んで見守る中、果たして想像通りの言葉が紡がれた。
『『海童一輝くん、好きです!』』
凛としてよく通り、そして毅然とした声色だった。
それゆえに彼女たちの気持ちが本気だと、聞いていた者たちにもよくわかった。
誰もが息を呑み、この場を支配するのはちりちりと肌を刺すような静寂。
隼人も知らず、汗を掻く手を握りしめる。
この場のすべての視線が一輝へと注がれる。
一輝はこのことをまるで予見していたかのように、硬い表情で彼女たちの気持ちをしっかりと受け止め、一瞬辛そうな渋い表情を作り、己の心を落ち着かせるためにフッと小さく息を吐く。そしてしっかりとした意志の強い口調で、すぐさま答えを返す。
「ごめん、僕には他に好きな人がいるんだ」
それは苦しそうな、しかし芯の通った拒絶の言葉だった。愛梨と柚朱の気持ちが痛いほどわかっているからこそ、それに応えられないことへの申し訳なさや切なさが滲み出ている。
だからこそ、一輝の言ったことが真実だと、わかってしまって。
一輝に好きな人がいるだなんて、全く気付かなかった。
いつの間に? そんな素振りとかあったっけ? 一体誰を?
ぐるぐると様々な考えが脳裏を過ぎる。
姫子と沙紀も信じられないとばかりにこれ以上なく目を大きく見開き、しきりに一輝とステージの2人を見やり、春希とみなもは一輝から気まずそうにそっと目を逸らす。
他の人たちも、愛梨と柚朱がフラれたというあまり歓迎すべきでない流れに、どうしていいか分からず言葉を無くしている。
だというのにステージ上の2人はそんなことはまるでわかっていたといわんばかりに、一輝の返事を不敵な笑みで受け流し、カウンターとばかりに言葉を切り返す。
『でも、諦めないよ』
『袖にされるのも、初めてってわけじゃないしね』
「…………え?」
直後、一輝の顔がピシャリと固まった。
母音を喘ぐように零し、視線を彷徨わす。まるで貼り付けていた仮面を取り上げられ、動揺を隠せない様子。
彼女たちのあまりにものまっすぐでブレのない言葉に、隼人だって水を浴びせられたかのように驚き、姫子と沙紀、春希にみなもも目を白黒とさせている。
周囲もにわかに騒めきだす。
『他に好きな人がいると知ったところで、この好きな気持ちは変わらなかったんだもの』
『それにまだ、付き合っているわけじゃないんでしょう?』
『可能性はゼロじゃないんだし、これから惚れさせてやるんだから!』
『えぇ、覚悟なさい!』
ふふっと魅力的な笑みを零す愛梨と柚朱。
そしてワァッと、周囲から湧き起こる大歓声。
あちこちから「がんばれ!」「応援するよ!」「くそ、羨ましいやつめ!」「にげるんじゃねーぞ!」と、彼女たちを応援する声が次々と上がる。
隼人にも、その気持ちがよくわかった。
フラれたというのにステージ上の愛梨と柚朱はといえば威風堂々、どこか誇らしくもあり、眩いくらい輝いていた。ひしひしと感じる彼女たちの真剣な想いは、強く胸を打つ。
まるで宣戦布告。だけど、彼女たちの方を強く応援したくなる。
たとえ想いが通じなくとも伝えたい、傷付くことになっても後悔だけはしたくないと、それだけの覚悟が伝わってきたから。
ふいに脳裏に過ぎるのは、先ほど勇気が足りなくて手のひらから大切なものを取りこぼしてしまったと、後悔を滲ませたみなも。
その顔が、かつて初めて出会った時の
それと共に、先日の姫子の言葉が胸に浮かぶ。
『そ。なら、おにぃがまたそこから連れ出してあげなきゃだね』
するとたちまち心に火が点り、燃え広がっていく。
あぁ、あんな顔は認めてはならない。認めてたまるか。見ているだけはやめたのだ。
ここでみなもを救えなければ、きっとあの時の
自分勝手は百も承知。
たとえみなもが父に拒絶される結果になったとしても、その傷を共に背負う覚悟を決め、彼女の目の前へと手を伸ばす。
「行こうみなもさん、親父さんのところへ想いを伝えに!」
「……えっ!?」
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