286.後夜祭③公開告白


 昼間の騒ぎで使われた資材を焚き木にして、キャンプファイヤーは熱狂の残滓を振り撒き、煌々と校舎を照らす。

 文化祭は、まだ終わらない。

 だけど、この場に掛けられた非日常の魔法は確実に終わりが近付いてた。誰もがそれを感じ取り、郷愁にも似た空気を醸成している。

 その時、ふいにステージから大きな声が上げられた。


『オレは理工系の大学に進学して資格を取って、大手の会社でゲームを作る人になるぞーっ!』


 ちょっとお調子者といった、ノリが軽そうな男子生徒だ。しかし彼の叫びは、胸の奥底にあるものに火を点け燃やし尽くそうとする、そんな感じのものだった。

 すぐさま湧き起こる喝采に、「やけに現実的だぞー!」「もっと大きな夢っぽく言えよーっ!」といった野次が飛び交う。彼も「うるせーっ、将来設計っかりしていて何が悪い!」と怒声を返せば、周囲からは笑いが巻き起こる。


『私はやっぱり漫画家になりたいから、冬休み中に絶対今描いてるのを仕上げて、賞に応募しまーす!』


 今度は地味で大人しそうな女子生徒だった。

 湧き立つ拍手と共に「え、漫画描いてたの!?」「今度見せて!」といった驚きの声を掛けられ、彼女は赤面しつつも「うんっ!」と力強く頷く。

 そんな彼女と入れ替わるように出てきたのは、生真面目そうな眼鏡の男子生徒。


『僕はアイドルが好きで好きでたまらない! すぐ近くで彼女たちを見たいから、メディアや芸能関係の会社に就職したい! どこの大学のどの学部がいいだろうか!?』


 彼が言うや否や周囲からドッと笑いが起こり、「欲望に忠実!」「いっそ清々しい!」「とりあえず偏差値が高いところだろ!」といった声が上がる。


「何だ、あれ……」


 いきなり始まった叫喚に、呆気にとられる隼人。

 春希とみなもも何事かと思って顔を見合わす一方、姫子と沙紀は、わぁ! と歓声を上げて目を輝かせている。

 すると一輝が少し硬い笑みを浮かべて言う。


「あぁ、公開告白だよ」

「え、アレが?」


 想像していたものと違い、目を丸くする。

 そんな隼人を見た一輝は肩を竦め、ステージの方へと顔を向けて言う。


「見てたらわかるよ」


 一輝に倣い、隼人も視線を戻す。

 ステージから叫ばれる声は続く。

 パティシエになりたくてフランスへ留学したい、日本一のプロゲーマーになるぞ、次の期末こそは赤点ゼロを目指す、エトセトラ。

 各々の心の中に秘めた想いを言葉にして叫ぶ。

 どの叫びもやる気や決意に満ちており、聞いている者の胸を強く打つ。

 きっと、彼らが抱く本気の想いだからだろう。

 それはなりたい自分があり、将来の夢に向けての決意表明でもあった。

 隼人の目に彼らが眩しく映り、顔をくしゃりと歪ませる。

 そして春希のライブとは違った一体感が身を包む。

 心の中に燻ぶっていたものが熾される感覚。

 自分も何かをしたいと、身体が疼く。

 だけど自らの胸に問いかけてみても、特になりたいものや、したい仕事なんてない。ましてや、それらに活かせる才能や情熱なんて。

 ちらりと春希と沙紀を見れば、ライブや巫女舞のことを思い返し、ズキリと胸が痛む。


『卒業までに、彼女作るぞーっ!』


 その時、明るい色に髪を染めた男子生徒が、そんなことを叫んだ。

 たちまち周囲から囃し立てるように上がる、「オレも!」「彼女募集中です!」「誰かーっ!」といった同調する声。


『塾で気になってる他校の子がいて、イメチェンしようと思うから誰かいい店教えてーっ!』

『最近仲のいい子と関係を進めるために、クリスマスにデートに誘えるようになるぞ!』

『あたしはこの冬ダイエットに成功して、好きな人に告白しまーす!』


 続く叫びも、恋愛に絡むものばかり。

 各所からきゃあきゃあと黄色い声が上がり、より一層盛り上がっていく。

 隼人が周囲の空気が色恋沙汰のそれへと塗り替えられていくのを肌で感じる中、朴訥そうな男子生徒の叫びが、この場の空気を決定づけた。


『2年D組の喜多里きたさとめぐみさん、僕と付き合ってくださいっ!』


 たちまち沸き起こる、割れんばかりの大歓声。

 姫子と沙紀も「「きゃーっ!」」と手を取り合いぴょんと跳ね、春希とみなもも頬を染めつつ目を丸くして息を呑む。

 この場にいる皆の視線がある一点と向かう。

 そこに居るのは、ショートボブの活発そうな女子生徒。彼女は「え? え?」とキョロキョロ周囲を窺うものの、しばらくするとやはり自分が告白されていることを理解すると、これ以上なく顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 周囲のどうするかの期待を込められた視線を一身に受け止め、その場で身体を震わせることしばし。

 やがておずおずと両手で頭の上で丸を作れば、嵐の様な大喝采。

 これを皮切りにして、似たような告白が続く。


『1年の頃からずっと好きでした!』

『お試しでいいから、今度一緒に遊びに行ってください!』

『もう友達のままじゃ嫌なので、彼女にしてください!』


 どれもこの場の空気に背中を押されたのか、はたまた呑まれてしまったのか、次々と胸に秘めた想いを打ち明けられ、受け止められ、カップルが成立していく。

 周囲はすっかり恋愛一色に染まっていた。

 隼人が沙紀、そして春希のこれからの関係を考えてしまうのもきっと、この色恋沙汰で燃え上がる熱気のせいだろう。

 頭の中は色んな具材を混ぜ込んだごった煮のようになっていた。

 普段は思いもしなかったことを考えてしまうことに、冷静じゃない自覚もある。

 少し頭を冷やさなければと視線をズラすと、やけに冷え切った表情をしている一輝が目に入った。

 わずかに違和感を覚えると共に、何かが足りないことに――姫子と沙紀と共に来たはずの愛梨がいないことに気付く。

 見た目こそ派手だが、彼女は何も告げず勝手に変えるような人ではない。

 ふいに今まで愛梨が一輝に対して取っていた態度と、この状況からはたと気付く。


「一――っ」


 隼人が一輝に声を掛けようとした瞬間、周囲が急に静かになり、そして困惑の色に包まれ騒めきだす。

 何事かと思い視線をステージの方へと移し、息を呑む。

 そこには愛梨と、どうしたわけか柚朱も一緒に立っていた。


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