285.後夜祭②燻り


 ともかく、春希に感じた不穏なものは解決したらしい。

 そのことに胸を撫で下ろすと共に、ふと春希との距離が近過ぎるのではというのが気に掛かってくる。今までと同じと言えばそれまでなのだが、これほど親し気な接触なんて、異性とはまずしない。

 すると途端に気恥ずかしくなり、春希の肩を推して引き剝がす。その際あからさまに顔を背けてしまい、訝しんだ春希が顔を覗き込まれるも、ただ曖昧に笑って誤魔化すのみ。

 こうして改めて春希を見てみれば、身内の贔屓目を差し引ても整った顔立ちで見目麗しい容姿をしている。あのライブの成功は、決して演技や歌唱力のみだけではないだろう。

 そんな、普段は気にも留めないことを思い巡らす。

 どうしてかだなんてわかっている。

 先ほど、沙紀と2人で文化祭を巡った時の影響に違いない。

 その沙紀がこの一連の流れを見ていることに気付く。

 沙紀と目が合えば、仕方がないなと言いたげに眉を寄せ、困った様に微笑む。

 それはまるで、やましい場面を見られて咎められているかのような感覚。

 どう反応していいかわからない。心の中は色々複雑だ。

 隼人が少々まごついていると、「皆さん!」と声を掛けられた。その相手を見て、春希が弾んだ声を上げる。


「みなもちゃん!」

「春希さん! ライブ、すっごくよかったです!」

「あ、見てくれたんだ?」

「はい! なんかこう、色々頑張ろう~って気になっちゃいました」

「あはっ、そっか~」


 みなもに駆け寄った春希は彼女の手を取り、2人してきゃいきゃいとはしゃぐ。

 隼人はその様子を見て、わずかに眉を寄せる。

 表面的には仲睦まじく微笑ましい光景だが、やはり先ほどのライブで告げられたみなもと言葉と表情が、目に焼き付いていて。


「やぁ、おつかれさま」

「一輝」


 するとそこへ一輝も右手を上げながらやってきた。女装は既に解いており、いつもの制服姿だ。

 一輝は春希を眩しそうに目を細めて見ながら、しみじみといった風に言う。


「二階堂さん、すごかったね。僕はあいにく教室まで見に行けなくて、外から漏れ出たのを聴いていたんだけど……周囲も行く人来る人誰もが足を止めてさ、どんどん惹き込まれていくのを目の当たりにしたよ。あの盛り上がりだと、ステージの方とか大変だったんじゃない?」

「いや、始まる前までこそはてんてこ舞いだったけど、ライブ中は一体になってたというか統制が取れてたというか……まぁスタッフとしては楽なもんだった」

「なるほどね。確かに外で聴いてた人たちも、あの空気に呑み込まれちゃってた感じだったし。僕も――嫌でも心を動かされたよ」

「そう、か……」


 一輝は胸に手を当て、なんとも複雑な声色で言葉を零す。その何か含むところがありありと分かる表情は、先ほどのみなもと重なる。

 何とも反応に困る隼人。すると、こちらに気付いた姫子がやってきた。


「あ、一輝さんだ! 女装はもうしてないんですね……」

「1日中ウィッグ付けっぱなしで、頭とか蒸れちゃったしね」

「むぅ、じっくり見そびれちゃったや。残念」

「じゃあ今度機会があれば、披露するよ」

「ホントですか!? ――ぁ」


 その時、姫子のスマホがメッセージの通知を告げた。

 内容を確認した姫子は何度か目を瞬かせたかと思うと、にんまりと口元を緩ませる。

 そして一輝の腕の袖を引き、急かすように言う。


「グラウンドの方、行きましょうよ! ほら、キャンプファイヤーだけじゃなく、他にも色んなイベントやるみたいですし!」

「え、あぁ」


 その明らかに何か含むところがありますよといった様子の姫子に、一輝は苦笑しつつも付いていく。

 後に残された隼人たちも互いに顔を見合わせ苦笑し、後を追いかける。

 既に出し物や屋台が全て終了した校内は、残った食材を肴にしたり出し物で遊んだりしながら、至るところで文化祭のことを語り合ったりして、静かに盛り上がっていた。

 隼人たちのクラスは食材はほぼ使い切っていたものの、途中から合流したB組と和菓子の残りで共に成功を労い合っていたなと思い返す。

 全体的に心地よい疲労に包まれ、落ち着いた様相にもかかわらず、どこかそわそわした色めき立つ空気を感じる。姫子と沙紀が同じようにはしゃいでいるから、ことさらに。

 そのことを意外と思い、首を傾げる隼人。すると一輝が話しかけてきた。


「どうしたんだい、隼人くん?」

「いや、やけに浮き立ってる感じがしてるなぁって思ってさ」

「あぁ、二階堂さんのせいかもね」

「え、ボク?」


 突然話の水を向けられた春希は自らを人差し指で示し、目をぱちくりとさせる。

 一方みなもと姫子は一輝の言葉に同調するかのように頷き、沙紀はポンッと胸の前で手を合わせながら言う。


「春希さんの歌、すごかったですからね! こぅ、やる気にさせてくれて、更に手を引っ張ってくれるといいますか!」

「うんうん、あたしもなんか胸がぐわーってなっちゃって、何かしなきゃって感じで!」

「わかります! 私もこれから頑張らなきゃってなっちゃいましたし!」


 沙紀、姫子、みなもが興奮気味に「「「ねーっ!」」」と声を重ねれば、春希も少し照れ臭そうに頬を掻く。

 隼人は眉をよせつつも、あぁ、なるほどと納得する。

 春希のあのライブはやはり、皆の心に火を点けたのだろう。それこそ、校内の空気を変えてしまうほどの。

 だからこうして今から何かをしよう、走りだそうといった雰囲気に包まれている。

 それだけの力が、あのライブにはあった。

 ちらりとみなもへ視線を移す。先ほど、父への想いを聞いてしまった今、隼人の胸には焦燥にも似た何かが燻ぶっている。

 あぁ自分もやはり、春希の唄の影響を受けている――そんな自覚があった。

 しかしそんな中、一輝がポツリと誰に聞かせるでもなく、硬い声色で言葉を零す。


「でも僕は後先考えず、突っ走っちゃうってのは抵抗あるなぁ」

「え?」


 ふいに聞こえたその言葉に、疑問符を返す隼人。


「だって、世の中にはいくら自分が頑張ったところで、どうしようもないこととかで溢れてるじゃないか」

「それ、は……」


 まるでこの浮かれた空気に対する警鐘、これから起こりうることに対しての憂いに対する呟き。その顔は葛藤に満ちていた。

 ピシャリ、と頭に冷や水を掛けられたかのような感覚。

 ふと、みなもと春希を見てみる。彼女たちにはどうやったって変えようのないものがあるのだ。

 そうこうしているうちに、外へとやってきた。

 多くの人が集まっており、落ち着かない空気が流れている。

 今までと何かが変わるかもしれない――そんな空気だ。

 そんな中、ステージから現れた白泉先輩がキャンプファイヤーに点火し、後夜祭が始まった。

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