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284.後夜祭①ちゃんと、見てくれる人



 太陽はすっかり西へと傾いていた。

 茜色に染められたひつじ雲は、まるで夕陽に導かれ家へ帰るかのように、すいすいと地平線の彼方へと泳いでいく。

 あれだけ騒がしかった文化祭だったが、外部のお客も多くが帰り、校内はどこか落ち着いた雰囲気をしている。

 だけど、熱気はまだ冷めやらない。

 隼人も文化祭で色々あったこともあり、胸の奥底にちりちりとも、もやもやともしたものが燻ぶっている。

 ともかく、これから最後の締めくくりとして、後夜祭が始まるのだ。

 基本自由参加だが、打ち上げという側面も強く、ここで帰る生徒はほとんどいない。

 どこか心地よい疲労感に包まれている隼人は、言葉もなく廊下の窓辺から、外を茫洋と眺めていた。

 グラウンドの中央はある程度片付けられ、そこに文化祭で使われていた看板やばらされた屋台といった大きなものや、ポスターや使用済みの紙コップや紙皿などといったものも積み上げられている。

 同じくそれらの様子を見ていた姫子が、不思議そうに呟いた。


「おにぃ、あそこに色々集めてるけど、アレ何してんの?」

「燃やすみたいだな。キャンプファイアーの代わりみたいなもんだから」

「え、キャンプファイアー!? 聞いた沙紀ちゃん、キャンプファイアーだって!」

「わ、わぁ! キャンプファイアーって、漫画やアニメ、ゲームでしか見たことないです! マイムマイムとか踊るのかな!?」

「余分なものを焼くのが目的だから公式にはないけれど……まぁ有志で計画してるやつとかいそうだな」


 そんな言葉を受けて、「「きゃーっ!」」と歓声を上げる妹とその親友。それを見て頬を緩ませる隼人。

 すると沙紀が、何かに気付いたかのように「あ」と声を上げた。


「そう言えば今さらですけど、私たちも後夜祭に参加していいんですか?」

「問題はないと思うよ。あとは流れ解散だし、それにもしダメだったとして、私服の人も多いし誰もわからないだろ」

「あはっ、そう言われると何だかいけないことしてるみたいでドキドキするね、沙紀ちゃん」

「うんっ」


 その時、目の前のB組の教室のドアががらりと開く。

 吸血姫の衣装から制服へと着替えた春希が、大きく伸びをしながら現れた。


「んん~っ、お待たせ!」

「はるちゃん、制服に着替えちゃったんだ」


 少し残念そうに呟く姫子。

 周囲を見渡せば伊織や恵麻のように眷属衣装のままだったり、浴衣姿だったり、おそろいのクラスTシャツの人だってそこかしこで見掛ける。どれも華やかで、この文化祭を象徴するものだ。

 それに対し、春希は困った様に眉を顰めながら返す。


「まぁ、汗一杯掻いちゃったからね。あとあれ結構重いし。それにあの姿だと目立つというか……」

「あー、確かに。誰かに捕まったら、ちょっと唄ってとか言われそう」

「そうそう、気が休まりそうにないしさ」


 やれやれといった様子で肩を竦める春希。もっともな理由に、姫子もそれ以上何も言えなくなる。

 春希の顔には疲労の色が濃く滲んでいるものの、いつもと変わらないように見えた。

 先ほどのライブで覚えた違和感は、やはり隼人の勘違いだったのだろうか?


(…………)


 今までならそう思い、口を噤んでいたところだろう。

 だけど、春希の生まれが特異だというのを知っている。知ってしまっている。もう見ているだけはやめたのだ。きゅっと唇を強く結ぶ。

 すると様々な表情をしている隼人を訝しんだ春希が、話しかけてきた。


「隼人もお疲れ様。裏方もすっごく大変そうだったけど、何かあった?」

「いや、そっちの方は何も。ただ……気になることがあるとすれば、春希かな?」

「え、ボク?」

「途中、なんていうかすごく苦しそうというか、塞ぎ込んだというか、そんな感じがしてさ」

「…………へ?」


 素っ頓狂な声を上げる春希。そして意外と言わんばかりに目をぱちくりさせる。

 一体、今の会話のどこにそうさせる要素はあったのだろうか?

 隼人も少し困惑するように眉を寄せる。

 すると横から姫子が呆れたように両掌を上げため息を吐きながら、口を挟む。


「おにぃ、そんなの色々あったじゃない。ほら、攻められると分かった時とかさ」

「いや、そういうんじゃなく。こう、勇ましいところで急になんかえぇっと……」

「そうかなぁ?」


 妹に断言され、やはり勘違いだったのかと思ってしまう隼人。

 だが、それならそれでいい。

 そう思い直していると、ふいに春希が目を大きくしたかと思うと、小さく笑う。そしてほんのり目尻を潤ませ胸に手を当て、独り言のように胸の内を零す。


「隼人はちゃんと、ボクを見てくれていたんだ」

「当たり前だろう?」

「……そっか」


 隼人がさも当然といった風に答えると、春希はふいに制服の腕を掴んだかと思えば、コテンと肩に額をぶつけて囁く。


「……ありがと」

「おい、春希っ」

「その言葉で、ちょっと救われたかも。隼人はいつも、肝心なところで一番欲しいことを言ってくれるね」

「そうか?」

「そうだよ」


 春希が一体何に対して言っているのか、隼人にはわからなかった。

 だけど、想像力を働かせてみる。

 もしかしたら隼人にはわからなかったかもしれないけれど、春希には思いもよらないプレッシャーがあったのかもしれない。

 思い返せばミスの1つでも、致命的なことになる大きな舞台だっただろう。

 春希がノリノリだったこともあり、もしかしたら隼人が勝手に、違う世界へと行ってしまったと思い込んでいたのかもしれない。

 ただ、こうして気を許してくれた相棒・・に労いの思いを込め、隼人はかつてよく妹にしたかのように、くしゃりと頭を撫でる。

 顔を上げた春希は表情から険が消え、いつもの・・・・を笑みを浮かべていた。

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