283.文化祭㉑心残り


 スタッフとして教室の隅からライブを眺める隼人の目にも、ステージ上で輝く春希の姿は、やはり眩しく見えた。

 周囲の期待を一身に集め、見事に皆が望む世界を作り上げている。

 愁事、鼓舞、団結、煽動。

 春希扮する吸血鬼の姫は、観ている者の心を様々な形へと揺り動かす。

 隼人にとってそれは、ひどく覚えのあることでもあった。

 幼い頃一緒に遊んで感じた未知への期待、ドキドキ、発見、興奮、それらによって得られた楽しさ。これはずっとその規模を拡大したもの。

 もはやこれだけの人たちを魅了する春希の才能は、疑いようがない。


(……春希?)


 誰もが春希に注目されている中、隼人は微かな違和感を覚えた。眉間に皺を刻む。

 ライブは今、勇壮な曲のサビに入り、最高潮を迎えていた。

 ロックの様な疾走感、王道でいて力強いフレーズ、そして皆と共に困難を跳ね除け勝利に掴みに行くという、練習中にこのゲームでのボス戦のモノだと教えてもらったもの。観客もそれに合わせ手に汗を握りしめ、盛り上がっている。

 だというのに、どうしたわけか春希から感じる硬さと暗さ。

 まるで初めて出会った時と同じような悲壮さと絶望感で、自らの殻に閉じこもっていたはるき・・・と重なってしまった。

 何故? どうして? わからない。

 困惑する隼人。

 もしかしたら身近にいる人なら、同じような引っ掛かりを覚えているかもしれない。

 そう思い沙紀を見てみると、胸の前で拳を握りハラハラとした様子でステージに釘付けになっている。その懸命になっている姿は先ほど2人で文化祭を巡った際に掛けられた言葉もあり、やけに可愛らしく映ってしまう。ドキリと胸が跳ねてしまい、慌てて目を逸らす。

 その隣に姫子はといえば、リズムに合わせて片手を振り上げ夢中になっており、いつも通りな妹の姿に苦笑い。

 ともかく、2人は特に何も感じていないようだった。

 隼人はますます訝しみ、くしゃりと顔を歪める。

 すると同じように苦い表情をしているみなもに気付く。


「……みなもさん?」

「っ、……ぁ」


 隼人は周囲の邪魔にならないよう、小さな声で名前を呟く。

 するとみなもは、自分がしかめっ面をしている自覚があったのだろう。

 最初は誤魔化すような愛想笑いを浮かべていたものの、隼人の探るような目視線を受け、やがて観念したかのように「ふぅ」と短く息を吐き、睫毛を伏せる。

 そして顔を春希の方へと向け、ポツリと忸怩たる思いを滲ませた言葉を零す。


「私、朝にこれを聞いておきたかったです」

「……え?」


 突然のみなもの物言いに、隼人は眉を寄せ思い巡らすも、彼女の言うことがよくわからなかった。

 みなもはそんな隼人へ向き直り、自嘲めいた笑みを浮かべ、とつとつと話す。


「春希さんの唄、すごいですよね。聞いてるだけで心に響き、怖くて辛くて堪らないのに、それでも大切なもののために立ち上がらなくちゃって、勇気が湧いてきます」

「それ、は……」


 隼人は何かを言いかけ、口を噤む。噤んでしまう。

 このライブはたとえゲームのそれをなぞったものとはいえ、確かに大切なものを守るために皆で立ち上がろうというものだ。現に多くの人の感情を揺さぶらせ、引き込ませている。

 みなもはそんな皆を眺めながら、色のない声で言う。


「私、今日お父さんが来てくれてすごく嬉しかったんです。でもやっぱりギクシャクしていて、前までと同じようにはいかなくて……。それでも一時と比べてすごく進歩しましたよ? けれど、それでもやはり、お父さんに肝心なことを何も言えませんでした……」

「みなもさん……」


 一歩は踏み出せた。

 そして、悪くはない結果を掴みとれたのだろう。

 だけどそれは決して心から望んだ結果ではない。

 結局、しっかりと想いを告げる貴重な機会を逃してしまったのだ。勇気が、足りなくて。

 だからみなもはそんな後悔で彩られた、渋い顔をしている。もう少し早く、この唄で勇気が欲しかったのだと。

 貴重な、かつてを取り戻す機会を捕り逃してしまって。告げるべき言葉を口にするには勇気が足りなくて。もう少し早く、この唄で勇気をもらいたかったと。

 あの日、あの時の現場を見ていた隼人にはそんなみなもの気持ちがよくわかった。

 そして取り戻したかったものが、するりと手のひらを滑り落ちてしまったことも。

 今朝、みなもが父と一緒にいるところを見ていたのだ。

 もし、あの時声を掛けていれば? もしかしたら、何かできることはあったのかも?

 だけど、もしそうしたとして、どうすればいいのかわからないのも事実。

 それに、過ぎ去ったことなのだ。そんなたらればの話を考えたところで意味がない。

 ただやるせない、そしてひどく覚えのある無力感が隼人の身を包む。

 隼人はせめて、それに慣れてはたまるかとばかりに奥歯を噛みしめ、拳をギュッと握りしめる。


『――ありがとうございました!』


 やがてそんな春希の挨拶と共に、湧き上がる拍手喝采。

 みなももそんな周囲と共に手を打ち鳴らす様を見て、隼人も少し遅れてそれに倣う。


 こうして都会に出てきて初めての文化祭は、隼人の胸にしこりを残しつつ、終わりを告げるのだった。






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