275.文化祭⑬そういう未来を
よくよくステンドグラスを見てみれば、動物たちも花を持っており、祝福しているように見える。
スタッフの方はにこにこしており、善意で言ってくれているのだろう。
つまり、彼女には自分たちがそう見えているというわけで。
ちらりと隼人の顔を窺えば、沙紀に負けじとこれ以上なく顔を真っ赤に染め上げ、確かに照れと戸惑いが見て取れるものの、そこに拒絶の色は見られない。
「あ、あの、俺――」
「――っ!」
そう口を開いた想い人に、沙紀はこれ以上言わせないとばかりにくるりと身を翻し向かい合い、もう片方の手を掴んでジッと隼人の目を見つめる。
「お兄さん……っ」
「っ!」
そして期待を込めた声色で呼びかけて目を瞑り、唇を向ける。
さしもの隼人も、この行為の意味がわからないわけじゃないのだろう。
息を呑む声が聞こえてくる。
しかしその表情はわからない。
はしたないと思われているのだろうか?
もしくは、いきなりのことに変な子と思われているのかも?
握っている手はやけに汗を掻き、心臓場バクバクと破れてしまうんじゃないかと早鐘を打つ。
僅かな時間が、何倍にでも引き延ばされているかのような感覚。
ごくり、と喉を鳴らす音が聞こえたかと思うと、パシャパシャとシャッター音が聞こえ、意識を取り戻す。
「いいねいいね、いいですよーっ! あーもぅ羨ましい、私もカレシ欲しいなーっ!」
「っ!」「……ぁっ」
彼女の声を引き金に慌てて片方の手を離し、気持ち少しばかり距離をとってそっぽを向く。
そしてそのままスタッフからスマホを受け取れば、撮られた顔がどんなものかを確認する間もなく、彼女の微笑ましい視線から逃れるように部屋を後にする。
「……」
「……」
もどかしい空気の中、互いに無言で熱くなった頭と顔を冷やし、騒がしい胸を落ち着かせるために歩く。繋がれたままの手は、ぎゅっと先ほどより強く握りしめられている。
しばらくすると隼人は沈黙に耐えかねたのか、低く唸り声をあげ、口を開く。
「その、いきなりでびっくりしたよ」
「さっきの、ですか?」
「あ、あぁ。付き合うとか想像もしたことなかったのに、それを飛び越えて結婚とか、もう何が何やらで」
何かを誤魔化すように言う隼人。
そのことにカチンと来てしまった沙紀は、唇を尖らせ少し拗ねたように呟く。
「私は、そうじゃなかったです。そういうこと、考えたことありましたよ」
「…………ぇ?」
「だって月野瀬で同世代の男の人って、お兄さんしかいなかったじゃないですか。だからもし――もしこのまま大きくなったら、そういう風になるんじゃないかなぁって考えちゃいますもん」
「沙紀、さん……」
信じられないとばかりに瞠目する隼人。
沙紀自身、祭りの空気に浮かれている自覚もあった。
だからこれは、自分ばかりが意識していたということを思い知らされ、つい口を衝いて出てしまったことでもあった。
それでも一度飛び出してしまった想いは、いじけた気持ちと不満を伴い、知りたくもないけれどとても知りたかった言葉となって、少し硬い声色になって問い質す。
「それともやっぱりお兄さんは、そういう相手として、春希さんをずっと想像してたんですか?」
「それ、は……」
言ってしまって、沙紀はしまったとばかりに息を呑む。
ついムキになって掃き出してしまった言葉に、途端と押し寄せてくる不安と後悔。思わずくらりと眩暈がしてしまう。
あぁ、どうしてそんなことを聞いてしまったのだろう。
幼い頃から誰よりも近くにいて、再会した今なお仲のいい女の子のことを憎からずおもっているだなんて、当然ではないか。
そんなの分かっている。分かり切っている。
せっかくの楽しい時間を、自ら幕を引くような行為。
そんな自分に呆れ、悔いり、まるで処刑を待つ咎人のように睫毛を震わせることしばし。
やがて隼人は何かの決心がついたかのように「ふぅ」、と大きなため息を漏らし、やけに固い声色で言う。
「……このことは、春希には絶対黙っていて欲しいんだけど」
「……はい」
「実は再会するまで、春希のことは、その、ずっと男だと思ってたんだ……」
「やっぱり……………………へ?」
随分間抜けな声が漏れた。
何度も目をぱちくりとさせる沙紀の瞳には、まるで悪戯がバレてしまった子供の様な、気まずい顔をした隼人が映る。
「ほら、姫子もずっと男だと思ってたとか聞いてないか? 母さんもだったし、俺も、その……最初誰だかわからないうちに自分から言ってくれたから何となく春希だと気付いて、それで……」
「最初から女の子だと分かってたフリをしてた、と」
「あ、あぁ。多分バレてもないと思う。そういうわけだから、最初は凄く戸惑ったし、春希とその、どうこうとか考えたことなんて……」
焦った様に弁明する隼人。つまりそれは、今まで全然異性として見てなかったわけで。
もしかしたら今は違うかもしれないけれど、異性として見始めた期間としては、それほど自分と差があるわけじゃないのだ。
今なお言い訳の様に言っている想い人を見ているうちに、どんどん胸の奥底から湧き上がってくるものがあった。
「ふふ、あはっ……あははははははははははっ!」
「さ、沙紀さん!?」
先ほどまでの自分の懸念や不安に塗れた姿を思い返すと、思わず大笑いしてしまう。あぁ、なんて滑稽な姿だったのだろうか。
その時、ある看板が目に入った。それを見た沙紀は、くすりと機嫌のいい笑みを浮かべ、強引に隼人を引っ張っていく。
「あ、あそこカップル相性占いですって! 私たちを占ってもらいましょう」
「えっ……えぇ……って、ちょっと……!?」
狼狽える隼人に向かい、沙紀はまるで宣戦布告をするかのように告げる。
「お兄さんも私とのそういう未来、想像してみてくださいね!」
もはや自分の胸の内を語っているも同然だろう。
だけど、そんなこと知ったことか。
沙紀はこの親友の兄へと向かって自信満々の不敵な、だけどとびきりの笑みを咲かすのだった。
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