276.文化祭⑭もし、さ


 透き通るほど青く高い空に、ますます大きくなっていく文化祭の喧騒が吸い込まれていく。

 鮮やかに色付いた樹木に囲まれたグラウンドの一画、女子ソフトボール部主催のスイングボーリングと書かれたところの出し物では、愛梨のはしゃぎ声が響いていた。


「ふふっ、一輝くん結局ピンにはどれ1つ当たんなかったねー」

「当てるだけで精一杯だったよ」

「でも、確かに凄い球だったね。私はかすりもしなかったし、部員の人ってば凄すぎ!」

「調子乗って、全力で投げて欲しいって言ったからなぁ」

「あはっ」


 そう言って愛梨は肩を竦めつつも声を出して笑う。

 スイングボウリングは女子ソフトボール部員が投げる球を打ち返し、段ボールで出来た巨大なボウリングを倒すゲームだ。球を投げる速度など難易度をオーダーできるのだが、せっかくなので全力で投げてもらうことに。

 結局、スコアを出すことはできなかったものの、悔しさとか残念さとかいうものはなかった。むしろ清々しささえある。

 どうやら球を投げてくれたのは、高校選抜でチームとしては振るわなかったものの、剛腕として注目を浴びた選手らしい。

 全力で投げたのは愛梨たちが初めてで、その迫力ある投球に周囲も「早っ!?」「下手投げであんなにも速度出るもんなの!?」「おい、挑戦してみようぜ!」「一発くらい当てたいな!」などと騒めいている。

 どうやら予期せず、いい宣伝になったようだった。

 愛梨と一輝は顔を見合わせ笑みを浮かべる。

 そしてバットを返却しようと持って行ったところで、ふいに我に返ったスタッフが、ぐいっと興奮気味に一輝の手を掴む。


「す、すごい! べにちゃんの球を打ち返すなんて!」

「へ? でもその、ピンは全然でしたが……」

「いやいや、当てられること自体が凄いよ! 試合だとヒットだろうし、べにちゃんラストとか大人げなく本気になってた……っていうかキミってうちの高校かな? 1年!?」

「え、えぇまぁ1年ですけど」

「ならなら、是非うちの部に……ってアレ? 声が……?」

「お誘い嬉しいんですが、僕は男なので……」

「ええぇえぇぇええぇきゃあぁああぁああぁぁ!?」

「え、うそ、マジで!?」

「見た目じゃわからないよ!」

「背はかなり高いと思ってたけどさ!」


 男だと打ち明けた一輝のところへ、たちまち他のスタッフもやってきてはきゃあきゃあと盛り上がる。愛梨は巻き込まれてはたまらないと、すかさずそっと距離を取る。

 一輝は一瞬たじろぐものの、そこは慣れたもの。すぐさま営業用の仮面を被り直し、ニコリと微笑む。


「うちのクラス、女装キャバクラだからそれでこの格好を。他の子たちもレベル高いんで、よければ来てくださいね、先輩たち♪」

「え、女装キャバクラなにそれ!?」「滾ってきたわぁ~っ」「めっちゃ気になるんだけど!」「そういやうちの男子が噂してたかも!」


 騒めくスタッフたちに「休憩時間になったら、ぜひ」とやんわりと他にお客が来ているよと示唆する一輝。

 するとそのことに気付いた彼女たちは、気恥ずかしそうに頬を染める。接客に戻っていくところへ、「待ってるよ」と言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑って手を振れば、再び黄色い歓声が上がった。

 少し離れたところで一連の流れを見ていた愛梨は、お腹を抱えて声を殺して笑い、合流した一輝の肩を涙目でパンパンと叩く。


「あはっ、いっやーどこ行っても女の子に間違われるねー」

「ま、おかげでいい宣伝になってるでしょ?」

「確かに。……でもそういうサービス精神旺盛なところ、と変わってないね」

「それは」

「でも私、そういうちょっとお調子者なところのある一輝くんが好きだけどね」

「……えっ」

「あっ! 縁日コーナーだって! 何か色々あって面白そう、行ってみようよ!」

「あ、愛梨っ!」


 何気なく零した好きという言葉に、自ら照れる愛梨。

 それを誤魔化す様に、しかしさりげなく一輝の手を取り、目に入った場所へと早足で向かう。浮かれている自覚はあった。

 そこではお祭りの屋台を模した出し物がたくさん並んでいた。釣竿を使った駄菓子釣り、水槽の小さなお皿に百円玉を落として入れる景品を狙う水中コイン落としゲーム、吸盤の付いた弓矢を使った射的エトセトラ。

 愛梨はそれらを楽しみながらも、ちょくちょく苦戦している一輝を見て、愉快気に声を上げる。


「あははっ、さっきから見てて思ったんだけど、一輝くんって案外手先が不器用なんだね」

「……自覚はあるよ、字だってお世辞にもきれいとは言えないし。足さばきなら結構練習したからそれなりだけどね」

「あと変にムキになったり、子供っぽいところもあるし」

「だって……あとちょっとで取れそうなのに取れないのって、悔しいじゃないか」

「ドツボに嵌ってたけどね」

「うぐっ……別にいいだろう」


 一輝が拗ねてそっぽを向けば、愛梨はまぁまぁと宥めるようにごく自然に肩を叩く。

 自分でも驚くほどの気安いやり取りだった。

 だからつい、かつてのことを思い返して比べてしまい、自嘲気味に言葉を零す。


「私、一輝くんのこと全然知らなかったんだね。……仮にもカノジョだったってのにさ」

「あれは……周囲への対策でのパフォーマンスなだけだったから」

「……そうだね。本当、上っ面だけの付き合いだった。今日、この僅かな時間でそれを思い知った。こんなにも一緒に遊んで楽しいだなんて、思わなかった」


 そこで言葉を区切った愛梨は睫毛を伏せ、後悔に滲んだ心を払拭するかのように、あり得たかもしれないことを尋ねる。


「もし、さ、あの時こういう風な感じで付き合っていたら、今頃どうなってただろうね?」

「それ、は……」



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