274.文化祭⑫文化祭デート
始めの第一歩を踏み出せば、後は勢いに任せて行くのみだった。
沙紀の胸に僅かに残る気恥ずかしさを振り払うかのように前へ、前へ。
丁度目の前に『花火の仕組み』という看板が目に入り、足を止める。
「秋祭りの花火、綺麗でしたね。でもあれどうやって色とか付けてるんだろう?」
「さぁ……でも気になるな。行って見ようか」
「はいっ」
興味に惹かれたまま、科学部の教室へ。それなりの人が入っており、彼らの視線は中央の台の上には様々な金属棒や金属粉へと向かっている。そして科学部員による実験が、丁度始まるところだった。
初めて見る火に色がついていく光景は物珍しさと不思議さに瞳を輝かせ、声を弾ませてはしゃぎ、実験の時間はあっという間に過ぎていく。
少し子供っぽかったかも――そう思ってちらりと隼人の顔を窺えば、沙紀同様、火に色がつく度に目をきらきらとさせていた。
それが何だか嬉しいやらおかしいやら、くすりと笑みを零せば、こちらに気付いた隼人は気恥ずかしそうにガリガリと頭を掻き、沙紀はますます笑みを咲かす。
「凄いキレイでしたね!」
「花火って、ああいうの把握して色んな計算とかして作るんだよな。職人ってすごいな」
「えぇ、本当に。……ぁ」
「どうした、沙紀さん。……『花を纏う』?」
「ファッションショーみたいですね」
「家庭科部と華道部が合同なのか。ふむ……覗いてみる?」
「え?」
「気になるんだろ? 顔に書いてあるぞ」
「あ、あはは」
男性はファッションショーとか、そうしたものにあまり興味はないものだろう。隼人もそれに違わず、またそれを裏付けるように、姫子もよく愚痴を零している。
だけど、それでも一緒に見てみようと言ってくれたことが、妙に気恥ずかしく胸を掻き乱す。緩んだ顔を見られないよう、手を引いて中へ。
そこでは既ににファッションショーが行われている真っ最中だった。
造花を使った鮮やかな衣装は、まるでアイドルやミュージカルの舞台で彩られるような現実離れしたおとぎ話の世界を具現化した華やかさで目を釘付けにされ、喝采を上げる。
隼人もその絢爛さにほぅ、と息を吐いていた。どうやら退屈はしなかったらしい。それだけ見事なファッションショーだった。
「すごく綺麗でしたね。あぁいうの、憧れちゃうなぁ」
「あぁ、凄かったな」
「ね、あの中で私にはどれが似合うと思います」
「それは……」
興奮冷めやらぬ様子で訊ねた沙紀の質問に、隼人は眉を寄せて低い唸り声を上げる。少しばかり意地悪な質問をしている自覚はあった。
だけどせっかくの文化祭なのだ。これくらいの茶目っ気はいいだろう。別に答えは期待していない。
それに困った顔は、ちょっと可愛い。眺めていると自然と笑みが零れる。
「紅葉や曼殊沙華をあしらったやつかな」
「……へ?」
「巫女姿が印象深いし、俺の中じゃ沙紀さんといえば朱色ってイメージがあるから」
「そ、そうなんですね」
不意打ちでそんなことを言われ、ドキリとしてしまう。頬が熱を帯び、にやけていく。
――そうか、私って朱色ってイメージなんだ。
そのことを反芻すると、にわかに胸が騒めき、じわりと暖かいものが広がっていく。この瞬間、今度から沙紀が選ぶ服の基準が1つ制定された。
そんな風に、話は盛り上がっていく。
つい半年近く前まではろくに話したことがなかったというのに、沙紀自身にも驚きがあった。
最近話すようになったとはいえ、それでもいつもすぐ隣には姫子や春希。それに、こちらから話すよりも話しかけられることばかり。
だから最初2人きりになれたはいいとして、何を話していいか分からないという不安があったが、蓋を開けてみればそれもどこへやら。
きっと、文化祭の魔法に掛けられているのだろう。
先程からずっと自然と会話も弾み、笑顔を咲かす。
こうして一緒に居て盛り上がるのなら、もっと早く話せていればとも思う。
沙紀は空白にしてしまった時間を埋めるかのように、もっと自分を知って欲しいと言葉を繰り出す。色んなものがあるこの文化祭は打ってつけだ。
そしてまたしても目に入ってきた興味を引くものに、声を上げた。
「フォトスポット……何でしょう?」
「名前まんまの意味なら写真撮影場……ちょっと想像つかないな」
「行ってみましょう!」
「あぁ」
何のことだろうと思って入った部屋の中を見て、「わぁ!」と歓声を上げる。
半畳ほどに区切られたコの字型のスペースが並べられており、そこでは松島、天橋立、宮島をはじめとした日本三景など景勝地の写真を引き伸ばしたものが貼られたもの、多彩なキャンドルに囲まれた空間、三方を色んな動物を象ったステンドグラスなど、写真映えしそうな空間が広がっていた。
そこかしこでパシャパシャとスマホのカメラの撮影音と共に、きゃあきゃあと盛り上がる声が花咲いている。
キラキラとしたものに囲まれうずうずしてきた沙紀は、急かす様に隼人の手を引く。
「私たちも撮りましょう!」
「そうだな。けどどうやって? 自撮りしたことないけど……」
「それは私も……せっかっくだから個別よりかは一緒の方がいいんですが……」
「うーん……」
スマホでこれはと思うものを撮ることはあれど、自分と共に撮る習慣はない。
とはいえ、これは記念なのだ。下手なりに撮ればいいのだけれど、そこは想い人と一緒なのだから、少しでもいいものをと考えてしまうもの。
そうしてまごついていると、「あのぅ」と声を掛ける人がいた。
「私が代わりに撮りましょうか? えっと、撮影するサービスしているんです」
制服姿のその女の子は《撮影係》と書かれた腕章を付けていた。どうやらここのスタッフの様で、他にも何人か同じような人がいて、撮影している。
沙紀と隼人は顔を見合わせ頷き合うと、「お願いします」と言ってスマホを渡す。
そしてステンドグラスのスペースへと移動しカメラに目線を向けて並んでいると、スタッフから「あ!」という声が上がった。
「そこですけど、向かって見つめ合うポーズが人気ですよー」
「へ? そうなんですね。せっかくだから、お兄さん……」
「あ、あぁ」
「そうそう、そんな感じ! それって動物たちに結婚式を祝福されてるって構図だから、カップルの方に好評なんですよぅ」
「け、けっ!?」「かっ!?」
結婚、カップル。
その言葉で一気に頭が沸騰し、身体も固まってしまった。
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