272.文化祭⑩マグロ解体ショー


 校舎内も屋外に負けず劣らない賑わいを見せていた。

 多くの人々が行き交っており、昇降口では内外の出入りが活発だ。

 入ってすぐの拓けたところに、外部と思しき人たちの人だかりの山。それを目敏く見つけた姫子が訊ねる。


「おにぃ、あれ何だろ?」

「スタンプラリーだな。ほら、校舎内を満遍なく回ってもらうための」

「え、面白そう! あたしたちも貰ってこよ、沙紀ちゃん!」

「わっ、わっ!」

「隼人、ボクたちもついでにやっとこっか?」

「そうだな」


 渡されたスタンプラリーのプリントの中央には、大きな猫の肉球が描かれていた。どうやら五ヶ所のポイントを回れとのことらしい。

 そんなプリントを眺めていた沙紀が、ふいに呟く。


「あ、この裏ってステージや体育館のイベントスケジュールになってるんですね」

「あ、ホントだ。沙紀ちゃん、何か気になるのあった?」

「いえ、特に。よくわからないといいますか……」

「じゃ、順繰りに回っていこっか」

「そうですね」


 そんな流れになり、スタンプ箇所を探しながら回っていくことに。

 教室での出し物はその性質上、足を止めて見てもらうものが多い。隼人たちの吸血姫カフェや一輝たちの女装キャバクラ、みなものプラネタリウムもそうだろう。

 昭和レトロをモチーフにした展示では、当時の生活のレポートなどもあり、物珍しさもあってついつい見てしまう。

 日常をテーマにした写真展では服に値札シールが貼られたまま外出してたり、ノートの始めはやたらカラフルに教科書さながら丁寧に書いてるのに後半になるにつれおざなりになってたり、ポテチの袋を開けようとして勢いよく撒き散らしてしまったりなど、誰かがふとしたことでやらかした時のことをスマホなどで撮ったものがたくさん並べられていた。

 それらを前に見物客たちも「これ、よくやるよな」「こないだ私もレジで……」「わ、笑うに笑えないよぅ」といった声が上がり、話の種になり盛り上がる。

 また廊下や階段の随所でも、美術部が仕掛けたバルーンアートやペットボトルアートがあり、ただ歩くだけでも楽しい。

 そんな感じでいくつかスタンプを集めたところで、人を呼び込む大きな声が響いた。


「まもなくマグロの解体ショー始まりまーす!」


 マグロの解体ショー。文化祭にあまりそぐわないその言葉で思わず足を止め、互いに顔を見合わす隼人たち。

 ここで? どうやって?

 周囲も似たような反応を示す中、やけにそわそわした春希が興奮気味に声を上げる。


「行こう、行こうよ隼人! ボク、マグロの解体ショーとか見たことないよ!」

「あぁ、俺もだ。猪の解体なら手伝ったことはあるんだが……でも本当にやるのか? いくらかかるんだ?」

「そことか気になるし、行こうよ!」

「ま、そうだな。それでいいか、姫子に沙紀さん」

「はい、私は問題ありません」

「あたしもいいよー。お魚のそれ、気になるよね!」


 うきうきと足取り軽い春希を先頭に、スタッフに誘導されながらマグロ解体ショーが行われる教室へ。同じように興味を持った人が多いのか、中々の人の入りだ。

 中央には机を寄せ集められ作られた大きなステージがあり、そこに小柄な女子ほどの大きさがあろうほどのマグロが横たわっていた。

 さすがに本物のマグロというわけでなく、発泡スチロールなどで作られた模型の様なのだが、その大きさや仕上がりは細部までこだわっており、そのリアルさに目を見張る。

 そこかしこから「本物みたい」「予想よりめっちゃ大きい」「あれって原寸大かな」「背びれやけに黄色いけど、そういうものなの?」「ネットで調べたけど、キハダマグロってあんな感じで鮮やかな黄色らしい」「名前に偽りなしだね」といった話題が上がり、盛り上がっている。

 春希だけでなく、何を見せてくれるのだろうという期待が高まっていき、この場の空気が浮き立つ。そんな中板前の格好をした、模造刀じみた包丁を携えた男子生徒が現れた。


「今からマグロの解体ショーを始めていきまーす!」


 緊張気味な声で宣言すればパチパチと拍手が巻き起こり、それを照れ臭そうに受け止めた彼は、視線を手元に落としてマグロの模型を解体していく。


「まずは頭を落とします。この頭のエラの後ろの部分いわゆるカマですね、煮つけにするとおいしいとこです。そして次は背中から刃を入れていき……はい、このあたりがお寿司でも大人気の中トロになります!」


 そう言って彼が切り分けたものを掲げれば、「「「おぉ~」」」といった声が上がる。またマグロの内部の模型も凝っていて骨とかも見えており、皆の興味を惹いていく。

 更に解体ショーは続く。パフォーマンスと共に、お腹の前部、腹かみと言われるところが大トロだとか、中央の大部分が赤身だとか、お腹の後ろの方も中トロなのだか説明されれば、ほぅ、と感嘆の声も上がる。

 他にも尾の部分、脳天ことハチノミ、頬肉といった希少部位の説明もされていく。

 今まで何の気なしに食べていたマグロだが、こうして可食部位がどうなっているかの解説は初めてで興味深く、好奇心を満たしてくれる。あちこちから「ほぅ」「へぇ」と感嘆の声が上がる。

 そして残るは骨だけ、となったところで事件が起こった。

 横からスタッフが、ドンッと本物の骨を持ってきたのだ。にわかに場がざわつき出す。


「これがマグロの中骨です! 大きいですよね? この骨の周囲にあるのが中落ちといわれるところであり、脂がのっていて独特の旨味があり、ネギトロとかにされるところです。この中骨、きれいになっていると思いませんか? どういうことかというと……こういうことです!」


 そしてさらにスタッフが続々と運んできたものに、「「「おぉっ!」」」と歓声が上がる。

 透明なボウルに入れられた中落ちのタタキにみじん切りにされた生姜に長ネギ、パン粉や卵といった食材。塩や醤油、みりんといった調味料。そして、ホットプレート。

 それらを目にした姫子が「わぁ!」と歓喜の声を上げ目を輝かす。


「生食は衛生管理の点からダメと言われたので、和風ネギトロバーガーを作っていこうと思いまーす!」


 そしていきなり始まる実演販売。あれだけ散々マグロについて語られたのだ。

 ただでさえ頭の中がマグロでいっぱいになっているところで、目の前で種が捏ねられホットプレートでジュッと小気味のいい音を奏でながら食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込められれば、たちまちごくりと唾を呑み込み口の中が和風ネギトロバーガー一色に染め上げられていく。

 既にお腹いっぱいになっているはずの隼人たちでさえそうなのだ。この場にいる皆も、「和風ネギトロバーガーご購入の方はこちらに並んでくださーい」と言われれば、誰からともなく列を作る。


「これはズルいな。つい買っちゃうだろ、実際美味しいし!」

「ボク、お腹いっぱいだったのにペロリだよ」

「あはは、私もです。別腹って本当にあるんですね」

「照り焼きソースがめっちゃおいしーっ!」


 結局、思惑に乗せられ先ほど散々食べたにもかかわらず、廊下に出てネギトロバーガーを食べる隼人たち。互いに食べ過ぎたかも、という困った顔を見合わす。少し悔しい思いがあるものの、実際美味しかったのでぐぅの音も出ない。

 その時、ジュワッと油の揚がる音が聞こえてきた。姫子が「ネギトロカツバーガー!?」と反応したその時、廊下の向こう側から「やばいはじまる!」「去年とか凄かったんだから!」「体育館の方!」「見なきゃ損だから!」という声と共に、人が濁流のように流れてきた。


「わ、わ、なにこれ!?」

「きゃっ!」

「っ、ボクの傍へっ!」

「大丈夫か、掴まれ!」


 運悪くそれらに巻き込まれてしまう隼人たち。一瞬にして巻き込まれ、流されていく。

 咄嗟に話されては敵わないと、近くにあった手を掴む。

 しばらくの間この人波に耐えやり過ごした後、「ふぅ」と安堵の息を吐きついていると、手の先にいる少女――沙紀が眉を寄せて言った。


「姫ちゃんたちと、はぐれてしまいましたね……」



※※※※ ※※※※


新作、投稿しました。

そちらの方もよろしくお願いしますね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る