271.文化祭⑨屋外/食べ歩き


 まずは春希が指差したロシアンたこ焼きの模擬店へと向かう。

 看板にはおはぎの様な餡子の塊とハバネロを擬人デフォルメ化したキャラクターがファイティングポーズをとり、『君の挑戦を待ってる!』という文字が躍っている。

 お祭りという空気もあり、どんなたこ焼きが出てくるのだろうと、和気藹々とお喋りするグループが数多く並んでおり盛況だ。隼人たちも5分ばかり並んで購入した。

 見た目は普通の6個入のたこ焼きそのもの。マヨネーズも存分に掛けられている。


「これ、激甘激辛ノーマル、どれがどういう風に入ってるのか、店員でもわかんないんだってね」

「あぁ、出来上がったやつを一緒くたにしてから詰めてるって言ってたな」


 なんだかんだこのロシアンたこ焼きが面白そうで、落ち着かない様子の霧島兄妹。

 春希もそんな幼馴染2人に釣られる形で、そわそわしながら皆を急かす。


「ほら、とりあえず1人1個ずつ食べよっ」

「おう、そうだな」

「はいこれ、沙紀ちゃんの分! じゃあいっせーの」

「え、あ、わ……っ」


 姫子が音頭を取ってぱくりとたこ焼きを頬張れば、隼人と春希も同時に続く。

 いきなり姫子にたこ焼きを手渡された沙紀は、目の前とそれと3人を見回し、「うぅ~」っと唸った後ぱくりと一息に食べる。


「……んぐ、よかった。普通のです」

「ボクのも普通のだね」

「俺もだ。てか、たこ焼きとして普通にうまいな」

「はふ……ちょっと熱かったけど、あたしのも普通のやつだ」


 どうやら奇跡的に4人共ノーマルを引いたようだった。

 店の人の話では、4個に1つの割合でハズレを作っているらしい。となれば6個すべてにハズレなしとなると4分の3の6乗、およそ17%超。すなわち8割以上の確率で残る2つのどちらか、ないしは両方が激甘か激辛のハズレになる計算だ。

 皆の間に、にわかに緊張感が走る。

 そして、春希が咄嗟に叫んだ。


「恨みっこなしよ、ジャンケンぽいっ!」

「むっ!」「っ!?」「わ、わ……っ!」


 聞き慣れたフレーズに、思わず手を出す面々。

 チョキ、チョキ、グー、チョキ。

 負けて悔しそうに唇を噛む姫子に、眉を寄せる隼人。

 春希は1人勝利し、あわあわしつつもどこかホッとしている沙紀を見て、ぐぬぬと唸りつつも残る2人にアイコンタクト。気を引き締め直した隼人と姫子も頷く。


「じゃんけんぽいっ! あいこでしょっ! しょっ! しょっ……うぐぁ~」

「ぃよぉっし!」

「う、うぅ……」


 グー、パー、グー。

 安堵と歓喜からガッツポーズを取る隼人。

 敗北にほぞを噛み、肩を落とす春希と姫子。残っているたこ焼きを虚ろな瞳で見つめるものの、このままにしておくわけにはいかない。緩慢な動きでつまようじを掴む。


「せーのでいくよ、ひめちゃん。……せーっの!」

「んぐ、んっ…………んんんんん~~~~っ!?」


 覚悟を決めた表情で、同時に口に運ぶ敗者2人。そしてすぐさま、姫子から声にならない悲鳴が上がった。


「か、辛っ、からひっ、ひぃ、いたっ、み、水~~~~っ!」


 どうやら姫子は激辛を引いたらしい。

 春希はノーマルだったようでホッと胸を撫で下ろしているものの、姫子は涙目でひぃひぃ言いながら赤くなった舌を出し、空さと痛みから逃れるように身を捩らす。

 隼人は苦笑しつつ、何か飲み物がないかと周囲に視線を走らせる。

 すると同じくはらはらした様子できょろきょろしていた沙紀が、「あ!」と声を上げた。指差す先にはかき氷の文字。

 それを見止めた春希はすぐさま「ボク、買ってくる!」と言って駆け出していき、あっという間に買って戻ってきた。


「ひめちゃん、はいこれ!」

「あ、ありがとっ。はむっ、ん、んぐっ……んんんん~~~~っ!?」


 慌ててかき氷を掻き込んだ姫子は、今度はキーンと痛むおでこに手を当て、目にバッテンを作る。

 相変わらずの妹の姿に、やれやれと肩を竦める隼人たち。

 その後、頭を痛めつつもかき氷で舌を冷やす姫子を見守っていると、ふいにジュワッと一際大きな音が響く。

 少し離れた模擬店からは煙が立ち上り、醤油の焦げる美味しそうな匂いが漂って来れば、隼人は自己主張を始めるお腹を擦りながら言う。


「中途半端にたこ焼き食べたせいで、本格的にお腹が空いてきちまったな」

「ボクも食欲に火が点いちゃったよ」

「私も。この匂いは反則ですよね」

「んぐっ……まず、色々食べに行こうよ!」


 そしてかき氷を食べ終え手を上げて主張する姫子の言葉に、否やの声は上がらなかった。



 まずは煙と匂いの元の模擬店へ。

 そこで売ってるのは肉巻きおにぎり串だった。

 甘辛ダレがたまらない旨味たっぷりの豚バラとお米の相性は抜群で、4人共空腹も手伝って一息にぺろりと平らげる。

 串のおかげで歩きながら食べられるのと、手が汚れないのもいい。

 まだまだ食べ足りない隼人たちが次に目を付けたのは屋台の王様、焼きそば。姫子が外せないよねと、主張した形だ。

 焼きそばの具材のメインは豚とゲソとキャベツ。それらを香ばしいソースを絡めた中華麺がまとめ上げ、見事な調和を作り上げる。紅ショウガもいいアクセントになっている。

 姫子は一緒にお好み焼きも買っており、沙紀に「そ、それも食べるんだ……」と言われながらも、「定番は押さえとかないとね!」と答え、頬をパンパンに膨らませて食べていた。

 そろそろお腹も落ち着きつつあったので、次は甘味系を攻めることにした。

 物珍しさに惹かれた春希の要望で、たいやきパフェを選ぶ。口を開けたたい焼きにアイスや餡子、生クリームを盛り付け、チョコレートソースを掛けたもの。話によれば、海外のたい焼きはこういうスタイルとのこと。

 選べるアイスでは隼人と春希はオーソドックスにバニラ、沙紀は抹茶を選ぶ。

 姫子はストロベリーとチョコレートで散々迷った挙句、お祭りだからという理由で両方頼み、春希と沙紀は声を失っていた。

 たい焼きパフェを片手に校庭やグラウンドを歩きながら各所を冷やかす。

 ゲート近くでは美術部の段ボールアートが展示されていた。熊や恐竜、帆船といった大きく写実的にオブジェは迫力があり、心が躍る。

 他の模擬店を冷やかせば弓矢を使った射的や、フラフープを使った巨大輪投げなどが興味をそそったが、手に食べ物を持っていることもあって誰かがプレイする様子を眺めるだけに留める。同じようなギャラリーもおり、見ているだけでも存外に楽しい。

 ちなみに姫子は「基本は制覇しないと!」といって追加でフランクフルトを購入しており、もはやだれもツッコむものはいなかった。

 グラウンドの特設ステージを通りがかれば、丁度有志20人ほどによるダンスが披露するところだったので、足を止め見物することに。

 少し古いが定番のポップ曲と共に繰り広げられるダンスは、相当に練習が重ねられたのだろう、動きの切れ、一糸乱れぬまるで一個の生き物の様な連携、そして何より楽しそうに躍る彼らに見入ってしまう。

 彼らのパフォーマンスが終わると共に、隼人は周囲と同じく感嘆の声を上げ、パチパチと大きな拍手を打っていた。


「これはすごいな。あれだけの人数だからの表現というか、インパクトというか」

「ボクも驚いたよ。皆が主役というか、誰1人欠けたらこうはいかなかっただろうし」

「ふわぁ……失敗したら自分1人の責任になる巫女舞と違って、己の失敗が全員の足を引っ張ることになるのかと思うと、考えただけでプレッシャーが……」

「うんうん、それにアレだけ動いたらごはんも美味しく食べられそう。それを思うと、あたし見てるだけでまたお腹が減ってきちゃったよ」

「姫子……」「ひめちゃん……」「あ、あはは……」 


 まだ食べる気なのかと、姫子の食欲旺盛さに戦慄する面々。

 そんな隼人たちの反応を気にも留めず、姫子ははたと何かに気付き、声を上げる。


「あ、そういやはるちゃんたちって教室でやってるんだっけ?」

「そうだよ。ボクの出番はまだ先かな? 見に来てよね」

「っと、身内枠で席を確保できないか交渉しないとな」

「え、確保って、そんなに盛況だったんですか?」

「それは……実際目で見た方が早いな」

「ボク自身びっくりだったし」

「へぇ、それは楽しみかも」

「はい、私もちょっとわくわくしてきました」


 そわそわする姫子と沙紀とは対照的に、隼人と春希は今朝のことを思い返し苦笑い。

 きっとその時のことが噂になって、今朝以上の騒ぎになりそうだ。


「じゃ、外もあらかた見終えたし、今度は校内を見て回ろうよ」

「お、そうだな」

「さんせーい」

「校内はどうなのがあるんでしょう?」


 姫子の言葉に賛同し、隼人たちは昇降口へと足を向けた。

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