269.文化祭⑦変貌


 昇降口を抜けると、校舎内とはまた違う種類の活気で満ちていた。

 絶え間なくあちらこちらで人々が行き交い合って上がる快哉や熱気が渦を巻き、高く青く澄んだ秋空へと吸い込まれていく。

「こっちも凄い人だな……」

「ひめちゃんたち、どこだろ……」

 一応は待ち合わせ場所を決めてはいるものの、この人混みだ。

 少し背伸びをしながらぐるりとこの人だかりを見渡せば、すぐさま隣の春希から「あ!」と声が上がる。

「居た! ほら、あそこじゃない?」

「お、いたいた……て、あれ?」

 幸いにして姫子と沙紀はすぐに見つかったものの、そのすぐ傍には1人の女の子がおり、はて、と小首を傾げる。

「あの子って、ひめちゃんや沙紀ちゃんの友達かな?」

「さぁ……」

 一言で表せば、凄く垢抜けた女の子だった。

 自然な感じのダークブラウンのミディアムロングな髪に、スラリとしたプロポーションにアシンメトリースカートをオシャレに着こなすファッション、少し大人びた印象を受けるものの姫子や沙紀と無邪気に笑う姿は年相応でギャップもあって強く惹き付けられる。

 この人だかりの中でも頭一つ抜けた佳麗さで、非常によく目立つ。

 耳をすませば各所から「誰、あの子?」「可愛すぎね!?」「おい、ちょっと声掛けてこいよ」といった言葉が聞こえてくる。

 姫子や沙紀の知り合いだろうか? 記憶を攫っても、あの子に心当たりはない。

 しかし、何かが引っ掛かった。

 それは春希も同じの様で、小骨が喉に引っ掛かったように眉を寄せている。

 しかし一輝は驚きで目を大きく見開き、動揺の声を零す。

「……まさか、愛梨?」

「えっ!?」

「う、うそ!?」

 告げられた名前に隼人と春希もまさかとばかりに驚愕の声を上げ、再度その女の子を見てみる。

 確かに言われて見てみれば面影があった。しかし元の色艶やかなギャルの姿と違い、今は凛として華やかな正統派美少女然としている姿は、あまりにもの変貌ぶりだ。あの場で堂々と注目を集めていながら、誰もが今をときめく人気モデル佐藤愛梨だと気付かないほどに。

 一体どうして? 彼女に何が? 何故妹たちと一緒に来ているのだろう?

 困惑から思考がぐるぐる空回り、その場でしばし唖然としていると、周囲がにわかに騒めきだす。どうやら愛梨たちにちょっかいをかけるグループがいた。

 服装から在校生と外部が混在のグループの様でやけにテンションが高く、きっとこの祭りの空気に浮かれた勢いでのことだろう。

 愛梨たちは明らかに迷惑そうな態度を取り、姫子も「他に一緒に行く人がいるので間に合ってます!」とよく通る大きな声できっぱり断っているものの、彼らは聞く耳持たず食い下がる。

「隼人、早くひめちゃんたちと合流しないと!」

「あぁ、そうだな――って、一輝?」

「っ!」

 その時、一輝が弾かれたように駆け出した。

 身を翻す姫子の肩へと手を伸ばした男の手を掴み、にこりと、しかし獰猛な笑みを浮かべる。

「そこまでにしようか。しつこい男は嫌われるよ」

「へ?」

「え……あれ……?」

 突然制止された彼らは急に現れた一輝に白黒させた目を回す。

 自分たちよりも背が高く華やかな、しかし男の声をした女の子に笑顔で凄まれ窘められれば、仕方ないだろう。

 姫子と沙紀もまた、これ以上なく目を大きくさせていた。隼人はその反応にむべなるかなと苦笑を零し、一輝同様彼女たちを守るかのように身体を滑らせる。

「待たせたな、姫子に沙紀さん。……それに、佐藤さん」

「はいはい、その子たちはボクたちと一緒に回るから、行った行った」

「……ぁ、お兄さんっ」

「おにぃに、はるちゃん!」

 遅れてやってきた春希が肩を竦めつつ窘めるように言えば、彼らも空気を読んだのか互いに顔を見合わせ去っていく。

 ホッと息を吐き我に返った姫子と沙紀は安心した表情を見せる。

「えっと、あの……」

 そして姫子はお礼を口にしようとして、言い淀む。

 訝しむ視線をにっこりと嫋やかな笑みを浮かべる一輝向けた後、ツツツと隼人の傍に寄ってきて耳元に口を寄せた。

「ね、おにぃ、あの人は?」

「一輝だよ」

「……へ?」

「ふふっ、姫子ちゃん、これどうかな? 似合ってる?」

「えええぇえぇぇええぇ~~っ!?」

 隼人の言葉に一瞬きょとんとする姫子だったが、一輝がおどけた言葉と共にくるりとモデルポーズを決めれば、理解を深めると共に素っ頓狂な声を上げた。

 驚くのは何も姫子だけでなく、爛々と目を好奇の色で輝かせた沙紀もまた、近寄ってきてはまじまじと見つめる。

「ふわぁすごい、確かに海童さんの声だし! 化粧とかどうやってるんですか!?」

「それ気になる、っていうか本当にこれ一輝さん!? 見た目完全に女の子だよね!?」

「自分で調べたり姉さんに聞いたりして、かなり研究したよ。自分でもいい感じになったと思うけど、どうかな?」

「うんうん、いいよ、すごくいい! それだけ可愛らしくなったんなら、今度どこかへ遊びに時もその格好で来てくださいよ!」

「確かに海童さんの声ですね! それ街の視線が釘付けになるっていうか、考えるとドキドキするよねひめちゃん!」

「あ、あはは、さすがにこれは文化祭用のネタとしてだから……でも1回くらいこの姿で遊びに行くのもいいかもね」

「「きゃーっ!」」

 一輝が茶目っ気たっぷりに片目を瞑って言えば、姫子と沙紀の黄色い声が上がる。

 その様子を見た隼人は調子のいい奴と思いつつ、春希と顔を見合わせ苦笑していると、ふいに隣から大きな笑い声が上がった。

「あははははははっ、可愛いのは確かだけどさ、ちょっとおだてられたからってその気になるとかって!」

「あ、愛梨!?」

「ったく、一輝くん・・・・ってばすっかり変わっちゃったね。本当、いい友達のおかげだね」

 もう堪らないとばかりにお腹を抱えて笑い出す愛梨。

 ひとしきり笑い笑い終えると、目元の涙を拭いながら隼人や春希を見て眩しいとばかりに目を細めたその表情は、あまりに綺麗で混じり気のない笑顔だったので、春希共々ドキリとしてしまう息を呑む。

「……うん、そうだね。けど、少し違う。今は変わろうとしている最中かな」

「カズキチ、もしかして女の子になりたいの?」

「その先に僕のなりたい理想があるらやぶさかじゃないかな」

「ふふっ、そっか!」

 そんな愛梨に揶揄いに一輝はおどけたように返すものの、その目はやけに真剣味を帯びていた。

 愛梨から探るような眼差しを向けられ、たじろぐ一輝。

 隼人たちもまた、2人の会話の邪魔をしてはいけないと見守っていると、やがて居た堪れなくなった一輝はおどけたように返事をするも、やがて居た堪れなくなった一輝は流れを変えようと話題を振る。

「ところで愛梨はかなりイメージが変わったよね。びっくりしたよ。けど、そこまで前と変わるとなると、仕事の方とかで支障が出たりしないのかい?」

「そりゃあるよ。これは今日、一輝くんを驚かすためにしたんだから。仕事のことはちょっと頭になかったね。だから、今日は私に付き合ってよ」

「そうそう一輝さん、あとのことはあたしたちに任せて!」

「わ、私たちのことは気にせずに、ね!」

「あ、愛梨!? 姫子ちゃんに村尾さんも!?」

 そう言って愛梨は今までにない強引さで手を取り引っ張っていく。

 一輝は皆を置いていっていいものかと戸惑うものの、姫子と沙紀が2人の背をぐいぐいと追い出すように押す。

 隼人は先日バイト先で姫子と沙紀と愛梨が話していたことを思い返す。どうやら一輝と愛梨をお膳立てしようと何か画策していたらしい。

 そして、それがわからない一輝ではない。

 一輝は苦笑と共にこちらに行ってくるとばかりに片手を上げ、雑踏へと消えていくのだった。

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