267.文化祭⑤眩しいもの


 その後、何人ものキャストが入れ代わり立ち代わりやってきては、それぞれ色んなトークやパフォーマンスで楽しませてくれた。

 結構な長居をしてしまい、気付けば姫子と沙紀との待ち合わせの時間が目前に。

 それじゃあと女装キャバクラを後にしようとすると、一輝もシフト交代ということでついてくることになった。

 昼も近付く学校は、外部からもやってきたお客たちをも呑み込み、文化祭はますます盛況さを増している。

 廊下の窓から見えるのは中庭やグラウンドに広がる様々な屋台。焼きそばやたこ焼きといった定番のモノから、実際に土器を使って調理する縄文時代の料理を再現した変わり種まで多種多様。

 校内の各教室でも、春希の吸血姫カフェや一輝の女装キャバクラと言った色物だけでなく、お化け屋敷やカジノ、脱出ゲームといった文化祭の代名詞とも言えるアトラクションが、皆の興味を惹きつけている。

 特設ステージや体育館では演劇部や吹奏楽部のクラブ、各種コンテスト等、クラブや有志のイベントがあるのだろう。

 どこを見回しても、楽しい気分にしてくれるもので溢れていた。

 それだけでなく、そこかしこには各クラスの出し物の宣伝の為か、たい焼きの着ぐるみや馬の被り物などをした人が立札を掲げながら呼び込みをしている。

 先ほど吸血姫カフェの制服を着た伊織と恵麻が一緒に歩いている姿も見えた。

 きっとクラスの皆からデートがてらに送り出されたものだろう。そのことを想像し、隼人と春希も口元を緩ませた。


「……見られてるね」

「……見られてるな」

「ふふっ、そりゃ僕も注目集めることを意識してるからね」


 そんな興味を多々引くものがある中に置いても、一輝の女装姿はよく目立っていた。

 カツカツを廊下を鳴らし、スラリとした手足をメリハリつけて振り歩く様はモデルさながら。美しくも存在感があり、端々からは「わ、あの子綺麗!」「背、高っ! モデルさん!?」「ちょっとMOMOに似てなくね!?」「ミスコンか何か!?」という賞賛の声が聞こえてくる。

 そして一輝は彼らに向かって時折手を振り、「1-Cの女装キャバクラに来てね!」と言えば、一拍の間を置いて「「「ええぇ~っ!?」」」という声が上がる。それに対し、悪戯が成功したかのような笑みを浮かべる一輝。まぁ宣伝という意味で、これはこれで成功なのだろう。

 しかし、それでもやはり思うことはある。


「それにしても凄いな。確かにパッと見は女子そのものだけどさ、誰も声を上げるまで一輝が男だって気付いてないんじゃないか?」

「ほら、ある意味女の子の魅せ方は女子以上にわかっているしね」

「ははっ、確かに。店じゃ一輝以外の人たちも、真に迫ってたし。何より皆、本気でノリノリだったのにもビックリだったな」

「ノリノリだったのは、自分じゃない誰かになったから、だろうね」

「自分じゃない誰か?」

「あぁ、うん。全然違う気分や目線になっ、て世界が違って新鮮に見えたというか……変身願望がある人の気持ち、ちょっとわかったかも」

「それ、変な扉開いただけじゃねーの?」

「ふふっ、そうかも!」

「ははっ!」


 冗談めかしたやり取りで笑い声を上げる隼人と一輝。

 そこへやけに神妙な顔をした春希が、強張った声色で口を挟む。


「海童は…………その、今の自分から変わりたいと思うの?」

「…………思うよ。すごく、よく思う」


 その言葉を受けた一輝は2、3度目を瞬かせた後、ふいに口元を緩め、困ったように眉を寄せながらしみじみと言う。

 隼人にとってそれは、意外な言葉だった。

 かつて、友人関係を抱えていた頃ならいざ知らず。

 春希も驚き、小さく息を呑む。

 だから思わず、訊ね返す。


「そうなのか? ここ最近、その、秋祭り以降変わったとは思うけど」

「あぁ、うん。そうだね、あの日がきっかけなったのは確かだけど……僕はまだ、憶病で怖がりで怯えてばかりだ」

「一輝が?」

「そうだよ。僕はもっと強くて揺るがない自分になりたい。いつもまっすぐで思うままに進む隼人くんが、ほんと眩しいよ」

「お、おぅ……」


 まっすぐで飾り気のない、一輝の本心からの言葉が胸を打つ。

 こういうところが、以前から苦手としているところでもある。

 はぁ、とおおきなため息を吐き、頭をガリガリと掻く。

 一輝は時々距離感がバグったかのようにやけに馬鹿正直で、そして不器用なところがある。きっと、友達付き合いには慣れてないのだろう。心を許し、素の自分をだしているから。それがわかるだけに、タチが悪い。


「俺から見たら、一輝や春希の方が眩しく映るけどな」

「……隼人くん?」

「いや、なんでもねーよ」


 そんな風に、ついポロリと言ってしまったのは、きっと釣られてしまったからなのだろう。

 特に春希は、ここ最近どこか手が届かないところに行ってしまうんじゃと思うことがある。

 そんな思いを振り払うかのようにかぶりを振り、別の話題を口にした。


「それよりちょっとだけ時間いいか? その、みなもさんのクラスの様子、覗いてみたいんだ」

「……あぁ」

「……うん」


 隼人がそう提案すれば、一輝と春希も気を引き締めた顔で頷いた。

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