266.文化祭④こんなに可愛い子が女の子のはずがない


 一輝に席へと案内され、改めてぐるりと周囲を見渡す。

 教室内のあちらこちらで笑顔と愛想を振り撒く煌びやかな蝶たちは、どこからどうみても女の子・・・そのもの。

 彼たちは色んな席へ花に誘われるかのように入れ代わり立ち代わり訪れ、山手線ゲームやトランプ、ハンカチやコインなど身近なものを使った手品などで場を盛り上げている。

 よくよく見てみればお客も男子だけではなく、思ったよりも女子も多い。大体同じくらいの割合だろうか。

 隼人が「へぇ」と感心の声を上げていると中性的でボーイッシュな感じの、小柄でひらひらふりふりした2羽の蝶がにこりと舞い降りた。

 彼女たちは隼人と春希を挟むように腰を掛け、手に持ったグラスを掲げる。


「いらっしゃーい。乾杯しましょ、乾杯」

「「かんぱーい」」

「か、かんぱい……」「……かんぱーい」


 彼女たちの勢いに呑まれ促される形でグラスをコツンとぶつけ、ジッと目を見つめてきたかと思えば、にこりと微笑まれる。

 そしてぐいっと中性的な顔を見上げるように近付け、ほぅ、とため息を悩まし気に漏らす。


「キミ、睫毛長いね」

「へ?」

「結構可愛らしい顔をしてるけど、身体はがっしりしてるね。何か部活やってるの?」

「え、園芸部……」

「へぇ、意外~。あ、でもああした作業って結構重労働って聞くし、それで筋肉付いてるのかな?」

「はぁ、まぁ……」

「ちなみに私は図書委員でさ、最近手相の本に嵌っちゃって。あ、見てあげるよ!」

「あ、あぁうん」

「ふぅん……生命線がすごいくっきり出てる。健康で力強そう。あ、感情線は凄く太く長く伸びてるね。キミは恋人は情熱的で肉体的より精神的な愛を求める感じなのかな?」

「さ、さぁ……」


 隼人の頭の中は、ぐるぐると困惑で渦巻いていた。

 彼女は絶妙な間合いを取り、さりげなく肩に触れたり肘を当てたりと適度なボディタッチ。話す時は口に手を持っていったりジェスチャーを交えたりと、あざとく可愛らしい仕草。

 ふわりと甘い香りを漂わせながら両手で手を取り相を読む姿は、一番可愛いく見える角度を意識しているのだろう。正に自分に気があると思わせる女の子そのもの。こうしたことに疎い隼人でもわかる。

 だが、声は男のそれなのだ。そのくせ胸は妙にドキリとしてしまい、まったくもって自分でもどんどん訳がわからなくなっていく。隣の彼女はただ、妖しい笑みを浮かべるのみ。

 スッ、と目を逸らした隼人は、隣の春希の様子を窺う。


「すごいすごーい! 練習の時に見にいったけど、ブリたんマジブリたんだったし!」

「あはは、まぁ……」

「あぁいうキラキラしたお姫様とかって憧れるよね! 私もああいう風になりたいっていうかぁ、原作とかめっちゃ好きでさ! バッちょんのグッズとか集めてて、これとか超可愛くない!?」

「へ?」


 そう言ってひらふわ地雷系ファッションの彼女は、デフォルメされた執事然としたコウモリを象った大量のアクリルキーホルダーを取りだし並べ始める。なお、取りだしたポシェットも件のバッちょんデザインのもの。どうやら本気で好きらしい。


「これ! これとかこないだのブリたんのテーマ曲聞いてビビッときたの! この凛々しい感じのバッちょんとか絶対にピッタリだと思って、探し回って……だからその、これ、もらってくれると嬉しいというか……」

「あっ、はい」

「え、いいの!? 本当に!?」

「こ、これくらいなら……」

「きゃーーーーっ! すっごくファンで! もらってくれて超嬉しい! ちょっと涙出てきちゃった……っ」

「あ、あはは……」


 まるで推しに直接プレゼントを渡して受け取ってもらえたかのような喜びっぷり。その様は心底嬉しさが溢れだす可愛らしい女の子そのもの。

 だが、その声もやはり男子である。

 春希もどう反応していいかよくわからず困惑しており、互いに何とも言えない顔を見合わせていると、コトンと2人の前にグラスが置かれた。

 どうしたことかと顔を向けると、薄っすらと妖し気な笑みを浮かべる一輝。


「最初のグラス、空だね。お代わりなんだけど、せっかくだから2人をイメージしてノンアルコールカクテルを作ってみたんだ。是非飲んでみてよ」

「え? あ、あぁ……」

「……あんがと」


 予想もしていなかったサプライズだった。それは隣に座ったキャストの2人も、「え、そんなことできるの!?」「すごーい!」と驚きの声を漏らしている。

 隼人の目の前のものは爽やかな柑橘系の香りがしゅわりと弾けていた。春希の目の前の者は、トロピカルな色合いの華やかなもの。

 自分たちをイメージしたカクテルに、ドキリと不思議な照れにも似た高揚感が湧く。

 さて、味はどうなのかと好奇心と共に口を運べば、思わず大きく目を見開いた。


「これは……っ」


 複雑で力強い香りが炭酸と共に鼻をガツン、と突き抜けていく。

 スパイスがよく利いた初めての感覚のドリンクに、舌を巻く隼人。

 そんな隼人の様子を見た一輝は、してやったりとほくそ笑みながら、茶目っ気たっぷりに言う。


「隼人くんのはスパイシーウィズ。コリアンダーやカルダモンが刺激的でしょ」

「あぁ、驚いたよ。こういう飲み物もあるんだって」

「ふふっ、よかった。隼人くんと一緒だと、いつも刺激が強くて驚かされてばかりだからさ。でもそこがぴったりだな、って思って」

「えっ、そうか?」

「そうだよ、そのおかげで色々僕も変わっちゃって、今じゃ女の子だ」

「ははっ、そっか」


 そう言って一輝が女の子らしい、しかし様になっているしな・・を作り流し目でウィンクされれば、不思議な笑いが込み上げてくる。

 思い返せば出会った当初は、こんな格好女装をノリノリでするだなんて、考えも及ばなかった。


「ところで春希の方は何を作ったんだ?」

「二階堂さんの方は、シンデレラってのを作らせてもらったよ。ほら、今日はお姫様になるしね。お口に合ってくれればいいんだけどね」

「……おいしい」


 春希が少し悔しそうに答えれば、隼人と一輝は顔を見合わせあははと笑う。

 笑われた春希がぶすっとした表情で残りのグラスを傾ければ、隼人もそれに倣う。

 口の中で弾けるスパイスと炭酸を味わいながら胸に湧き起こった想いを、ふと伝えねばと思い少し気恥ずかしそうに言葉にした。


「このカクテルさ、味の新鮮さとか驚きとかもあるけれど、やっぱり俺をイメージしてくれたってのが一番嬉しいよ。ありがとな、一輝」


 己をイメージして作ってくれたカクテルモノ

 それはそれだけ自分との関係、または一緒に過ごしてきた上でのイメージを考えて作ってくれたのだろう。大きな気恥ずかしさはある。だけど、やはりそれはありがたくも照れ臭く、いいものだと感じた。だから、その感謝にも似た想いは伝えねばと思った。

 その言葉を受けた一輝は面を食らった顔で目をぱちくりとさせ、頬を赤らめ目を逸らし、口元に手を当てか細い声で礼を言う。


「そう、ありがとう……」

「……お、おぅ」


 咄嗟の反応だったのだろう。

 だけど一輝のそれは完全に可憐で乙女らしい恥じらいのそれだった。

 男だと、一輝だとわかっていても、不覚にも可愛いだなんて思ってしまう。

 それは他の人も同じの様で、キャストの2人は息を呑み、キラキラさせた目を一輝に向けている。

 春希も驚愕に目を大きく見開き、そして頬を引き攣らせながら苦々しい声色で、この世の真理を口にした。


「こ、『こんなに可愛い子が女の子のはずがない』、か……」


 そして一瞬の空白の後、春希は皆から視線を集め、大きな笑い声が上がるのだった。

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