265.文化祭③一体何を見せられているんだ……
一輝たちのクラス、女装キャバクラの入り口は、やけにギラギラとした装飾過多でけばけばしい様相をしていた。少々悪趣味と言ってもいいだろう。
人目を引くという点では成功しているものの、どこか入るのに抵抗感を覚える。しかし一方で強く興味を惹かれるの事実。
現に通りすがりの人たちも、指を差しながら遠巻きに話題にしている。敷居が高いと意識させるのも、目論見通りなのだろうか?
それを見た春希は、少し悔しそうに口を開く。
「……中々いい感じの色物じゃん」
なるほど、文化祭ということを考えると、これはいい
昔から悪戯好きだった春希のこと、妙な対抗意識を刺激されたのだろう。
「春希、とりあえず俺たちも中に入ってみようぜ」
「そうだね、どれほどのものなのか見てしんぜよう」
隼人は苦笑しつつそう促せば、春希は気炎を吐いて扉に手を掛け、一緒に入り口をくぐる。
店内は予想を裏切らず、薄暗くもやけに煌びやかな様相をしていた。
どこか甘ったるい香りと共に、形容しがたい欲望に塗れて渦巻く熱気。
いくつかパーテーションで区切られたコの字型をした客席やフロアで、華美に着飾った
それらを前に呆気に取られて立ち尽くす隼人と春希。
想っていた以上に本格的な作りに瞠目していると、ふいに大きな声が上がった。
『光ちゃんの卓に、シュワシュワタワー入りました!』
拍手と共に湧き起こる大歓声。
一体何事かと思って見ていると、ワゴンに乗せられた5段重ねのシャンパンタワーが出てくる。
その前に小柄でふわふわキラキラしたにっこにこ笑顔のキャストの子と、やけにデレデレした表情を隠そうとはしない3人組の、外部からのお客と思しき男たちが立つ。
彼らは一緒に用意されたいくつもの瓶入りジンジャエールを、一斉にシュワッという軽快な音と共に開け、シャンパンタワーの天辺から注ぎ込む。
するとたちまち他のキャストたちから『『『かわいい、かわいい、超かわいい!』』』という、やけに野太い謎のコールが上がる。その声色に羨望や密かな悔しさが滲んでいるのがなんともはや。
春希がポツリと困惑した声で呟く。
「ボクたちは一体何を見せられているんだ……」
「何って……女装キャバクラだろ」
目の前にはともかく、奇異な世界が広がっていた。
非日常、といえばそうなのだろうけれど、しかしそこにあるのは確かな本気の熱。
隼人と春希が唖然としていると、こちらに気付いた従業員の1人が、シャンパンタワーからグラス2つ手に取り優雅な足取りでやってくる。長い髪をオールバックに撫でつけ、蝶ネクタイに黒いベスト。いわゆるボーイだろう。
「いらっしゃい、こういう店は初めてかい?」
「う、うん」
「っ、あ、あぁ……」
ボーイの声はやけに高く、
それとは別に、ボーイの問いかけに何と応えていいのかもわからなかった。
理性の部分ではこういう店が初めてもなにも文化祭だし、などと思うもののしかし、周囲の熱があまりに真に迫っていてそんな空気を読めない言葉を口にすることができるはずもない。
それは春希も同じのようで、眉を寄せての困り顔。
しかしそれらも織り込み済みなのか、ボーイの彼女はくすりと微笑む。
ますます反応が分からなくなる隼人と春希が顔を見合わせていると、こちらに向けて「あ!」という声が上がった。
そちらの方へと目を向ければ、綺麗で鮮やかな
ふわりと波打つ飴色の長い髪を靡かせながせる様は、夜にのみ舞い人々を魅了する蝶さながら。同じように周囲に幾多同じように乱れ踊る蝶たちの中でも、一際華やかで目立つ存在。
その蝶がひらりと舞いながら目の前にやってきて微笑まれれば、隼人と春希も思わず目を奪われてしまう。
そして続く
「やぁいらっしゃい。来てくれたんだね、隼人くん。二階堂さん」
「…………へ?」
「え、あ……」
「桐野さん、後は僕が」
「そう、お願いね、
フロアへと戻っていくボーイを呆然と見送る隼人春希。
目の前に残った
「一輝、なのか……?」
「ふふ、そうだよ。自分でもなかなかの変身ぶりだと思うけど」
「あぁ、驚いた。未だに信じられないというか、ちょっと本人かどうか疑ってる」
「あはは、それは光栄だね! で、二階堂さんどうかな?」
そう言って一輝がくるりと回って、様になるポーズを決める。
春希は2、3度目を
「……やるじゃん」
その言葉を受けた一輝は虚を衝かれたように目を一瞬丸くし、そしてにこりと華やぐ笑みと共に軽く両手を広げて歓迎の言葉を紡いだ。
「改めて、ようこそ魅惑と欺瞞の社交場、女装キャバクラ『パピヨン』へ。倒錯の世界へ歓迎するよ、2人とも」
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