264.文化祭②人は第一印象が一番


 春希は吸血姫の衣装からは着替えを済ませており、いつもの制服姿。解放感と達成感からぐぐーっと大きく伸びをする。

 それを見て隼人と伊織は顔を見合わせ苦笑い。大机を設置してから春希へと向き直った。


「おつかれ。大成功だったな、春希」

「オレもライブ中は一観客として聞き入っちまったぜ」

「ま、唄ってる本人は歌詞間違えやしないかヒヤヒヤだったし、実際振り付けは何度か間違えてドキドキだったね!」

「そうなのか? 全然気付かなかった」

「オレも。あの盛り上がりなら、他にも気付いたやつもいないんじゃね?」

「まぁもしツッコまれたとしても、アドリブって言えばね?」


 春希がおどけて肩を竦めれば、隼人たちだけでなく周囲からも笑い声が上がる。

 そうこうしている内に次々と教室の内装は整っていき、吸血姫カフェの姿を取り戻していく。ステージには急遽用意されたプロジェクターとスクリーン。

 それを見た春希が、少しばかり気恥ずかしそうに呟いた。


「あー、あれでさっきのライブで撮影したのを流すのかぁ」

「しかしうまいこと考えたもんだな。これなら別に一日中唄わなくてもいいし」

「それにカフェの方も折角制服とか作ったんだし、出番がないとな。ほら」


 伊織が促す先には、接客用の眷属衣装に身を包んだ女子たちが気炎を上げている。

 赤や黒を基調とした華やかさと少しばかりの退廃的な美が絶妙に合わさった、貴族の使用人然としたそれは、きっと訪れた客を存分にこの世界観に浸らせてくれることだろう。

 ふと、恵麻がこちらに――正確には伊織に気付く。

 その伊織はといえば、言葉もなく呆けた様子で一身に自分の彼女を見つめていた。

 接客メンバーの中心で盛り上がっていた恵麻も、自分の彼氏の熱い視線を認めるや否や、みるみる頬を赤く染めもじもじしだす。

 隼人が「ほら」といって伊織の背中を押せば、恵麻も女子たちに言われて前へ出る。


「恵麻、かわいい。似合ってる」

「うん、ありがと。うれしい」

「でもその姿で接客、ちょっと複雑。独り占めしたい」

「仕事だし……こんど2人っきりの時にね」

「おう……」

「……えへっ」

「「「「…………」」」」


 そんなやり取りと共に、たちまち2人を起点として甘ったるい空気が広がっていく。

 キャーっと盛り上がる一部女子たちに、ごちそうさまとばかりに胸焼けしたとばかりにため息を吐く面々。

 春希も微笑ましさ半分呆れ半分といった表情を浮かべ、こっそり耳打ちしてきた。


「隼人、この後空いてるんだよね?」

「おぅ、春希のライブに合わせて焼く係だからな」

「ひめちゃんたちとの待ち合わせまでの時間、どっか回ろっか」

「どこか行きたいところとかある?」

「ん~、あれだけ唄ったから、喉カラカラなんだよね」

「じゃあ、何か飲み物出してるところにでも狙いを定めるか」

「それだけどさ、キャバクラって言うからには飲み物あると思わない?」


 そう言って春希はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。

 揶揄ってやろうという意図を隠そうとしない顔に、隼人も苦笑を零す。

 しかしあのガタイが良くて筋肉質な一輝が、どんな女装をするのか興味があるのも事実。

 隼人もにんまりとした顔で「あぁ」と答え、教室を後にした。



 廊下に出れば、吸血姫カフェへと並ぶ長蛇の列ができていた。

 今なおどんどん列が伸びており、それを見た隼人と春希だけでなく、外で人員整理しているクラスメイトも頬を引き攣らせている。

 彼らに少し申し訳なさそうに一声掛け、一輝のクラスを目指す。

 その道中、そこかしこから先ほどのライブについての話題が耳に入ってくる。

 曰く、本物のブリギットたん、クオリティがやばい、異世界に連れていかれる、あれは見なきゃ損等々、熱の籠もった賞賛の声がほとんどだ。

 さすがに春希も気恥ずかしいのか少しばかり頬を紅潮させており、しかし誇らしげに胸を張って堂々と歩く。

 隼人はその様子に苦笑しつつも、あることに気付く。

 ザっと周囲に視線を走らせてみるも、春希に注目している人はいない。

 これほど噂になっている渦中の人物なのにもかかわらずだ。中にはライブに足を運んだ人も居るだろうに。

 そのことが妙に気になって、口にしてみた。


「そういや春希がブリギットだって、わかんないもんなんだな」

「アレは見た目からして第一印象が吸血姫ブリギットたんになるからねー。髪の色も着てるものも雰囲気もまるで違うし、こう人混みに紛れると早々わかんないと思うよ」

「そんなもんなのか?」

「そんなもんだよ。見た目の第一印象ってそれだけ大きいし。ほら、浴衣買いに行った時もさ、MOMOも不審者!? てのが先に来ちゃって、髭メガネ落とすまで誰にも気付かれなかったでしょ?」

「あぁ、そういえば」

「他にもひめちゃんやおばさんだって、最初がボクがボクだって気付かなかったし」

「あ、あはは……な、中身は変わらないのにな」

「ねー」


 隼人本人も最初気付かなかったこともあり、ギクリと乾いた笑みを零す。

 しかしまぁ、この様子なら外で変に騒がれたりもしないだろう。

 それにもし先日のMOMOの動画の時みたいに流出したとしても、春希というより『凄くクオリティの高い吸血姫ブリギット』として注目されるに違いない。

 やがて一輝のクラスが近付くにつれ、空気が変わっていく。

 どこか浮ついてるような、柔らかなフローラルな、この様々なものが渦巻く文化祭に於いてなお、一際独特で異質なものだ。それを肌で感じる。

 さすがに疑問に思い顔を顰めていると、春希にくいっと袖を引かれ、ある場所へと視線を促された。


「あれは……」


 丁度一輝たちのクラスから出てくる人たちがいた。

 私服だから外部からなのだろう。彼らは一様にうっとりと夢心地でだらしない顔をしており、そしてふらふらと誘われるように再度入り口へ向かう。その様子はまるで夢遊病者か、酔っ払いさながら。


「何なんだ、一体……」

「気になるよね」

「とりあえず、俺たちも行ってみよう」

「うん」

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