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263.文化祭①吸血姫カフェライブ
空は清涼という言葉がぴったりな高く透き通るような青、それを彩る刷毛で梳いたような巻雲。
庭や公道などそこかしこに植わっている木々も葉を鮮やかな色で着飾っており、秋風で揺らす様はまるで祭りに浮かれているかのよう。
文化祭当日はそんな、少し肌寒い秋らしい日だった。
入口の虹を
校舎のいたるところではパンフレット片手に胸を躍らせる在校生だけでなく、他校や周辺など外部からもやってくる人々。
誰も彼もが文化祭の非日常の熱気に浮かれていた。
そんな中にあってなお、隼人たち1-Aで立ち込める空気は異様といえた。正確にはそこだけ別世界になっているといった方がいいだろう。
『樫ノ花~♪』
隙間なく黒山の人だかりで埋め尽くされた教室内。そこに作られたステージで一身に注目を浴びて舞うは、絢爛なドレスを身に纏い、昂然かつ壮麗に歌い上げ、人々をまとめ上げる眩いばかりのカリスマを放つ絶佳の姫。
崇敬、陶然、あるいは熱狂。
この場をそうした空気が支配すると共に、誰もが同じ光景を幻視していた。
避けられない戦いを前に、必死に恐怖を抑え込み、自ら奮い立たせ皆の心を1つに束ねる鼓舞激励。
我らが戴く姫の為、誰もが瞳に炎を燃やし、迎え撃つ。
猛攻、劣勢、悪戦苦闘。
されど決して挫けず、誰も傷付けまいと誰よりも先頭に立つ姫を前に湧き起こるは奮起、決意、不退転の誓い。
決起するは確率が高いとはいえない、しかし知恵と勇気を振り絞った乾坤一擲の反撃作戦。
幾多の想いが重なり導かれる勝利、それと共に歌も終わる。
しばしの余韻が流れる中、春希は「ふぅ」と小さく息を吐くのを合図にして身に纏う空気を一変させ、ただの一介の女子高生のそれへと戻しぺこりと頭を下げた。
『ありがとうございました!』
その直後、ワァッと湧き起こる教室を揺るがしかねないほどの大歓声。
スタッフとして教室の隅で見ていた隼人も「ほぅ」と感嘆を零す。
春希のライブは先日のリハーサルと比べ、格段に完成度が高まっていた。
歌唱力やパフォーマンスが優れているだけでなく、春希演じる真祖の吸血姫ブリギットを通じ、まるで1つの物語を追体験したかのような感覚。興奮冷めやらぬ観客たちの拍手と歓声は止みそうにない。
ある意味当然だろう。
とてもじゃないが、高校の文化祭で見られるクオリティの範疇を越えているのだから。
しかしそれは吸血姫カフェライブの成功を意味すると共に、観客のまだ物足りないという不満も表していて。
当の春希本人はといえば、オロオロと困った顔で周囲を見回している。
するとクラスリーダーになっていた恵麻が、頭上で大きく両手で丸を作りゴーサイン。
リハーサルの段階であれだけの騒ぎになっていたのだ。
当然こういう事態に備え、アンコールの際にどうするかの打ち合わせも済ませている。
恵麻のサインを目にした春希はしょうがないなと苦笑を零した後、「すぅ」と大きく息を吸って片手を上げると共に、またも纏う空気を一変させた。
すると途端に波が引くかのようにこの場が静寂に塗り替えられていく。
皆の注目を集め、次は何を見せてくれるのかという期待が高まっていく中、春希はにこりと華やぐ笑みを浮かべ、世界を変革させる呪文を紡いだ。
『野うさぎの走り~♪』
ポップで軽快なリズムで唄うは、テレビCMでも度々流れるこのソシャゲの主題歌。
知名度が高い曲だ。ゲームをしたことのない隼人でさえも知っている。
なるほど、締めくくりとしては最適の選曲だろう。
先ほどとは違った盛り上がりを見せていく。
サビに差し掛かると春希はマイクを観客の方へ向け、一緒になって唄う。
この場の空気が春希も含め一体になって膨れ上がっていき、やがて弾けて消え、歌が終わる。
『今度こそ、ありがとうございました! 人気投票はぜひ1-Aに入れてね!』
春希はそんな言葉で締めくくると、今度はすかさず退場して姿を消した。
間髪入れず恵麻や鶴見の女子たちが「後ろの方から順番に退出してくださーい」「こちらの方から案内しますのでー」と声を上げ、教室でぎゅうぎゅう詰めになっていた観客を吐き出させる。
すると空きスペースが出来るや否や、男子陣が即座に廊下から机や椅子を運び入れ、カフェの体裁を整えていく。
隼人が大机を搬入していると、対面で一緒に運ぶ伊織がしみじみと言う。
「しっかし、すごい人の入りだったよな」
「あぁ、ライブの時はいっそステージだけにするって大胆な案だとは思ったけど」
「オレもさすがにやり過ぎだと思ったけど、見事に満員御礼だし」
「チケット代わりに事前にワッフルを売るって案もよかったよな」
「アレもかなり強気な値段設定だったのになー」
「即完売はさすがに目を疑ったよ」
そう言って隼人と伊織は互いに苦笑を零す。
教室を完全にライブ会場にし、特別価格のワッフルを事前にチケットにして販売するというのは恵麻の案だった。
結果的には最善の方法になったが、聞いた時は耳を疑ったもの。
しかし蓋を開ければ最前列で見られるカスタードワッフルを巡る争奪戦が繰り広げられるなど、頬を引き攣らせたものだ。
限界ギリギリまで収容したものの、それでも見られない人が相当数出て悔しがっていたのを覚えている。それだけ皆、春希のライブを見たい人が多かったのだろう。
少し目を瞑り先ほどのライブを思い返せば、それも納得だ。
春希は眩く輝いて見えた。
さっきのライブだけじゃない。MOMOとの時も、月野瀬の時も。
才能。
持って生まれた資質。
あぁした檜舞台で羽ばたく存在。
もはやそれは、もう疑いようもない。
だというのに、やけに胸がざわつき眉間に皺が寄ってしまう。
すると伊織が、なんてことない風にポロリと思ったことを呟いた。
「二階堂ってさ、アイドルとかならねーのかな?」
「――――ぇ」
ガツンと、後頭部を強打されるような衝撃が走った。
それは無意識のうちに考えないようにしていたことだったから、ことさらに。
隼人は一瞬の意識の空白の後、本能的に否定の言葉を被せる。
「いやいやいや、そんな簡単になれるような世界じゃないだろ。無理だって。それに、春希自身もそういうのはあまり興味なさそうだし」
「でも、さっきの盛り上がり見ただろ? それにMOMOとの動画もかなり騒がれてたしさ。あり得ない話じゃないと思うんだよなー」
「あ、アレはいわば身内での盛り上がりのようなもんだし、色眼鏡で見てるんじゃねぇの? MOMOの時は、それこそMOMO と一緒だったからこその話題だろうし」
「うーん、そうかなぁ?」
「そうだよ」
そうであって欲しいとばかりに、語気が荒くなっている自覚はあった。
心臓はバクバクと嫌な感じに脈を打っている。それこそが事実なのではと言わんばかりに。
しかしそれを認めてしまえば、隼人と春希の間を明確に隔ててしまう、手が届かなくなるように思えて、否定してしまう。
よく分からないといったような顔をしている伊織が、少しばかり恨めしい。
だが、それは自分勝手な思いというのも分かっていて。
胸の中のモヤモヤを吐き出そうと、大机を置くと共に「ふぅ」と大きく息を吐く。
するとその時、隼人の心境とは裏腹に、やけに清々しい春希の声を掛けられた。
「やーっと、終わったー!」
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