260.珍しい組み合わせ
学校帰りなのだろう、愛梨は制服姿だった。もじもじと少し気恥ずかしそうに髪先を弄りった後、「んっ」と喉を鳴らして姫子と沙紀に向かって軽く手を上げる。どうやら本当に待ち合わせをしていたらしい。
わけがわからなかった。
確かに今まで何度か彼女と顔を合わせたことがある。しかしそれらはすべて一輝絡み。それが何故、妹とその親友と一緒にいるのだろうか?
「てわけで、おにぃ案内よろ」
「っ! あ、あぁ。伊織、いいよな?」
「お、おぅ。あそこだとあまり目立たないだろうしな」
姫子に急かされ、一応とばかりに伊織に確認を取って、二の足を踏みながら案内をする。
今更言うまでもないが、佐藤愛梨は人気モデルだ。
クリーム色のセーターに裾の縁にラインが入ったタータンチェックのスカートという、ごくありふれた制服姿だというのに、その美貌はとてもよく目立つ。さらに華やかな容貌というだけでなく、スッと伸びた背筋で歩く姿も美しい。
必然、店内も「あの子、誰!?」「すっごく綺麗!」「どっかで見たことあるような……」とにわかに騒めき出す。
そんな中でも顔色1つ変えない愛梨は、見られるということに慣れているのだろう。彼女のプロ意識を感じる。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
少しばかり早口になりながら定型句を告げ、足早に席を離れる。
愛梨の登場で騒ぎになるかもと思い、しばし店内を窺うが、杞憂のようだった。
店内からは死角になる席に座ったことと、どれがいいだろうとメニューを眺めてきゃいきゃいと騒ぐ様子は、ありふれた女子学生グループそのもの。お客の興味も霧散したのだろう。
しかし隼人は、その姫子や沙紀と友達然とした仲良さげな雰囲気に、ますます困惑を深めていく。
するとそこへ、みなもから遠慮がちに小さな声を掛けられた。
「あの、もしかしてですけど、妹さんと一緒にいる方って佐藤愛梨じゃ……」
「そう、みたいだな。俺もどうしてあぁなっているか、見当もつかないけど……」
「ふわぁ……」
隼人がそう言って肩を竦めるがしかし、隣の伊織が妙に納得したような声色で呟く。
「でもオレ、妹ちゃんが勢いのまま強引に誘って連れ出してきた様子が容易に想像つくわ」
「……まことに遺憾ながら、俺も」
「なんたって、隼人の妹だからなぁ」
「おいそれ、どういう意味だよ」
「あ、私もそれわかります!」
「みなもさんまで!?」
心外だと声を上げる隼人に、くすくすと笑い合う伊織とみなも。
隼人が憮然とした表情を作っていると、「おーい、おにぃ!」と姫子から声を掛けられた。どうやら注文が決まったらしい。
店内から集まる微笑ましい視線を受け、「はいはい」とおざなり返事を呟き、面倒なことが起きなければいいけどと思いながら、愛梨のいる席へと足を向けた。
◆
「姫子が和栗モンブランパフェで佐藤さんがスイートポテト味比べ、沙紀さんは……」
「えっと、その……」
「……姫子、メニューくらいゆっくり選ばせてやれよ」
「む、何であたしに! それに沙紀ちゃんもこれにしようかなって言ってたし!」
「あはは、どれも美味しそうで直前になって迷っちゃって……お兄さん、おススメとかありますか?」
「んー、もみじ彩りセットかな。まぁおススメっていうより、この時期って沙紀さんの神社の紅葉を思い出しちゃって」
「じゃ、じゃあそれでお願いします!」
「そういやおにぃ、今日はるちゃんと一輝さんは?」
「2人とも文化祭の準備」
「そっかー残念」
愛梨は注文を取り終え去っていく隼人の姿を見ると共に、ぐるりと店内を見渡す。
漆喰の塗られた黒い柱と梁、そして白い壁が特徴的な落ち着いた雰囲気の内装。
客層も愛梨たちのような学生から年配の方々まで様々だ。それだけ多くの人に支持されている店なのだろう。
よく百花に連れられていく賑やかなお店悪くないが、こうした店の方が性に合う。
愛梨はふふっ、と頬を緩めながら、昼間のことを思い返す。
『文化祭当日の作戦会議をしよう!』
ここを訪れた切っ掛けは、そんな姫子からのメッセージ。
他にも制服が可愛い、和菓子が綺麗、食べるのがもったいない、いつも迷う、季節ごとに変わるからリピートしちゃうといったものが矢継ぎ早に送られてきて、クスりと笑ってしまったことも憶えている。
注文を終えた今も「柿ともみじは予想外」「同じ秋でも先月は御月見フェアだった」「来月くらいになるとぜんざいのあったかさが沁みそう」と真剣な様子で呟き、隣の沙紀がしょうがないなと苦笑い。
そんな2人を見て頬を緩ませていると、ふいに姫子が顔を寄せ、小声で囁いてきた。
「残念、今日は一輝さんはいないみたいですね」
「っ! そうみたいですね」
そしてここに来た何よりの理由が、一輝のバイト先だからだった。もしかして会えるかも、という淡い期待があったのも事実。少しばかりの寂寥感を覚える。
一輝のバイトは初耳だった。百花にも訊ねてみたところ、「え、そうなの!?」と驚きの声が返ってきたところをみるに、家族にも言ってなかったらしい。
中学を卒業し、学校が別々になって半年以上。
百花に会う口実で海童家を訪れ、顔を合わすことは多いものの、他にも彼について知らないことは増えているのだろう。……高校で本当の意味での友達が出来たように。
こうして自分も一輝にとっての過去になっていっているかもしれない。そう思うとズキリと胸が痛み、顔も不安でくしゃりと歪む。
するとその時、姫子がぎゅっと手を握りしめてきた。
「じゃ、文化祭でどうすればいいか作戦立てないとですね」
「わ、私も当日協力しますから!」
「え、あ……はい、そうですね」
姫子と沙紀が力強く言って来れば、愛梨も釣られて笑みを返す。
彼女たちの言葉はいつもまっすぐで心によく響く。本当に不思議な子たちだと思う。
人気モデルの名前に惹かれて寄ってくる打算や欺瞞塗れの周囲とは大違い。
だから彼女たちと話して、自然と素の自分が出てしまう。百花のように。
「そういやおにぃたちの文化祭、公開告白ってのがあるらしいよ。それに乗っかっちゃう?」
「え゛っ!? それはいきなりハードルが高いと言いますか、まずは今より仲良くなる切っ掛けを作りたいなぁ、なんて」
「でも一輝さんモテるし、色んな人に告白されそうじゃない?」
「う゛っ、それは……」
「それに、そういう場でちゃんと伝えたら、少なくとも本気は伝わるんじゃない?」
「でも……」
姫子の正論がぐさぐさと胸に突き刺さる。尻込みして動きだせない自覚がある分、ことさらに。
すると沙紀がやけに真剣な声色で言う。
「姫ちゃん、確か一輝さんって恋愛とはちょっと距離を置きたい感じなんでしょ? それなのに言われても、困るんじゃないかな? 失敗したら今の関係も壊れちゃうし……」
「あー、それはあるかも」
「だからまず、異性として意識してもらうのが第一の目的にした方がいいと思うの」
「いせいとしていしき……なるほど?」
「まぁそれが難しいから、こうして作戦会議をしているんだけどね」
今一つピンと来てなさそうな姫子。
一方、「はぁ」と大きなため息を吐き険しい表情を作る沙紀。その声色には実感がこもっていた。
彼女にも想い人がいたことを思い出す。
きっと今、そうしたアプローチを頑張っているのだろうか? そのことを思い返し、切なげにもじもじとおさげを指先で弄ぶ様子はとても可愛らしい。
色素の薄い髪と肌もあって幽玄的でどこか現実離れしたイメージのある沙紀は、モデルである愛梨の目から見ても相当な美少女だ。
そんな彼女に想いを寄せられ靡かない相手は一体だれなのだろう?
ふとそのことを考えていると、沙紀がちらちら他のところに意識をやっていることに気付く。その視線の先を追ってみれば、隼人の姿。
ハッと息を呑む。
先程の注文のやりとりを思い返すと共に、何かが自分の中で繋がる。
なるほど、幼い頃から見知っているの親友の兄ともなれば、その固定されてしまっている意識を変えるのも容易ではないだろう。
その時、沙紀と目が合った。沙紀は愛梨の顔を見て、どうしたのと言いたげにこてんと首を傾げる。
愛梨は沙紀の視線を誘導する形で隼人の方へと目を向ければ、沙紀はたちまち顔を真っ赤に染め上げていく。
「あの、もしかして……?」
「その、まぁ……」
恐る恐る尋ねれば、沙紀は恥ずかしそうに肩を狭めて俯く。
その姿は正に恋する乙女。他人事に思えず、胸もキュッと締め付けられ、応援したいという気持ちが湧き起こる。
あぁそうか。彼女がどうして自分を手伝ってくれるのか分かった気がした。
「え、なになに? 何の話してるの?」
「っ!? え、えっとあれ、あれだよ姫ちゃん! あれですよね、佐藤さんっ」
「ふぇ!? あのその、イメチェンもどういうものがいいか決まってないなぁって」
「あー、それもあったねー」
姫子に話を振られ、色々誤魔化しだした沙紀に、咄嗟に話を合わせる。
どうやら想い人のことは秘密らしい。確かに親友に、その兄のことが好きだというのはなかなか言い辛いのかもしれない。
なんともややこしい状況だなと思っていると、予想外の言葉が響く。
「なんだか珍しい組み合わせだね」
「っ!?」
突然のことで一瞬意識が真っ白になる。
混乱する頭のまま声の方へと顔を向ければ、そこにはバイトの制服に身を包んだ一輝が居た。
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