259.ややこしいお客さん


 定刻を知らせるチャイムが放課後を告げた。

 ちらほらと学校を後にする生徒もいるが、さすがに文化祭目前ということもあり居残る人ばかり。中には泊まり込む人もいることだろう。

 そんな中、春希はクラスの皆に引き留められていた。


「お願い、二階堂さん! 音合わせの詳細がまだ納得いかなくて!」

「色々アレンジしたいところがあってさ、話し合いたいんだけど、いいかな?」

「さっきの練習で思ったんだけど、ステージの配置にもちょっと問題がある気がして」

「衣装、どう? あれだけ動いてたし、どこか不具合起きてない?」

「え、えっとでも、今日ボクはその……」


 歯切れ悪く曖昧な返事をし、困った表情を浮かべる春希。

 どうしようと言いたげな視線を寄越してくるが、隼人としては彼らの言い分もよくわかるので、なんともいえない表情を浮かべてかぶりをふるのみ。2人の小さなため息が重なる。

 そこへスマホから顔を上げた伊織が肩を竦めつつ口を開く。


「ありゃ二階堂さんも無理そうだな」

「みたいだな。で、一輝はどうだって?」

「ダメだって。どうも女装のメイクのコーチと実験台で、しばらく手が離せないらしい」

「あぁ、それは重要だな。……仕方ない、覚悟決めるか」

「そうだな、まだ2人いるってだけマシと思おうぜ」

「マシって、何がですか?」

「っ! みなもさん」「お? たしか三岳さんだっけ?」


 神妙な顔で話し合っていると、横からみなもに声を掛けられた。

 みなもはこちらと春希の様子を見ながら、どうしたのだろうと首を傾げる。

 隼人と伊織は顔を見合わせ、苦笑いと共に事情を話す。


「実は急にバイトのヘルプ要請が入ってな、二階堂さんにも応援頼もうと思ってたんだが……」

「まぁ見ての通りだ。一輝もダメで他に宛てがないから、気合を入れようとしてたとこ」

「そうですか……」


 ここのところ、文化祭当時とその準備期間は大幅にシフトを変わってもらっていたこともあり、他のバイトの人にも無理は言い辛い。過去の忙しい時のことを思い返すと、堪らず背筋がぶるりと震えてしまう。

 春希と目が合えば、ごめんと片手を上げて申し訳なさそうな困った笑みを向けてくる。

 それに仕方ないとばかりに苦笑を返せば、ふいにくいっと遠慮がちに袖を引かれた。


「あの、私じゃ力になれませんか?」

「「っ!?」」


 突然の申し出に目をぱちくりとさせる隼人と伊織。

 そして思い浮かべるのは人手が足りないバイトの時の惨状。

 すぐさま真顔になって、みなもに向き直る。


「それは願ったり叶ったりだが……伊織、どうだ?」

「マジか三岳さん……オレはもちろん大歓迎だぜ」

「はい、がんばりますっ!」



 この日の御菓子司しろは、今までと違った忙しさに見舞われていた。


「隼人、5番さんと8番さんのかぼちゃ尽くしセット上がったのでよろしく! 三岳さんは栗ぜんざいを1番さんに!」

「え、えっと1番さんって……」

「みなもさん、カウンター端っこで待ってる年配の女性のとこだよ。……って伊織、会計に列できてる!」

「うげ……ただいまーっ! 隼人、こっちレジやっとくから食器下げるの頼む!」

「おっけー、任せとけ」

「い、1番さん運んできました! えっと、この次は何をすれば……」

「なら15番さんのオーダーを取って来てくれ」

「じ、15番さんって……」

「奥の小上がりの3人組さん」

「わ、わかりましたっ! あ、あれ、オーダー票が……」

「いつものとこ、って、あー……とりあえず俺の使ってくれ」

「は、はいっ! すいませんっ!」


 どうも仕事のリズムが噛み合わず、何をするにしてもワンテンポ遅れてしまう。

 よくよく考えれば、みなもは今日が初めてなのだ。ろくな説明や研修もないままの実践投入、事あるごとに何か聞かれるのも仕方がない。

 とはいうものの、それでもみなもが手伝ってくれて大助かりなのは事実。

 そもそも、いきなりそつなくこなしてしまう春希や一輝が規格外なのだ。

 それにみなもは色々訪ねてくることは多いものの、特にミスすることもなく、堅実に仕事をこなす。一生懸命店内をちょこちょこと動き回る姿はとても愛らしく、年配客も微笑ましく見守ってくれている。おかげで多少遅れても文句はでない。

 ともかく、みなものおかげでなんとか店が回せていた。

 なんとか一段落つけた隼人と伊織は、互いに顔を見合わせホッと一息を吐く。


「やれやれ、ようやくピークの波を乗り越えたな。これも三岳さんのおかげだ」

「そうだな。動きや言葉は硬いけど、ちゃんと堅実にこなしてくれるし」

「あぁ、それも初々しくて評判いいみたいだな」

「……でも、中学生とかお手伝いえらいねとかいった言葉がちょくちょく聞こえてくるが」

「それは……あはは、うちは恵麻っていう前科があるからなぁ」


 そんな話をして、くすりと笑い合う。

 改めてみなもを見てみる。

 ミニスカート状になった矢羽袴の制服に、ハーフアップに結い上げた髪をぴょこぴょこ揺らしながらあちこちに動き回る姿は微笑ましく、孫や子を見る目になってしまうのも頷ける。

 しかし、隼人はみなもの事情を知っている。

 常に動き回っているのはやはり父親のことを、余計なことを考えたくないというのがあるのだろう。

 みなもの問題はまだ何の解決の糸口も見えていない。

 そのことを思い眉間の皺を険しくしていると、みなもが戻ってきた。

 隼人の顔を見たみなもは眉を寄せ、遠慮がちに口を開く。


「15番さん、かぼちゃづくしセット3つ、飲み物は抹茶が2つに梅昆布茶……って、隼人さんどうしたんですか? 何かありました?」

「っ! あぁいや、今のところは上手く回せているけど、妙なトラブル起きるときついなぁって」

「トラブル、ですか……?」


 咄嗟に誤魔化す隼人。

 そしてみなもの疑問を受けた伊織が、苦笑しながらその理由を話す。


「あぁ、滅多にないけど材料を切らしちゃったりとか、飲食店につきものの虫が出たりとかそれから、あとはまぁややこしいお客さんがきたりとか」

「ややこしいお客?」

「――わ、みなもさんがバイトの制服を着てる!?」


 その時、来客を告げるベルが鳴ると共に、興奮気味の黄色い声が響いた。

 入口の方へと目をやれば、制服姿の姫子と沙紀。

 みなもの矢羽袴姿を見て目をきらきらと輝かせた姫子は、「似合う!」「かわいい!」といった言葉を連呼しながら駆け寄っては、ぺたぺたとみなもを揉みくちゃにし、やがて「……でっか」と愕然とした表情で負け犬らしい声色で怨嗟を零す。

 みなもが助けを求める目を向けてきたので、隼人は大きなため息を1つ。「こういうのがややこしい客だよ」と愚痴りがら妹をひっぺ剥がせば、互いに顔を見合わせ笑い合う。背後にいた沙紀も苦笑い。

 すると粗雑な扱いをされた姫子が、唇を尖らせ抗議してくる。


「おにぃ、ひどい! あたしお客なのに!」

「従業員に悪戯する客はお呼びじゃねーよ。今日はただでさえ人手が足りないのに」

「だってー、ここの制服可愛いんだもん。あたしも高校入ったらここでバイトしたいなー」

「お? 妹ちゃんなら大歓迎だぜ。もちろん巫女ちゃんも。その時、巫女ちゃんは制服より巫女姿の方がいいかもだな?」

「ふぇ!?」「あ、いいかも!」


 そんな会話から、きゃいきゃいとはしゃぎだす姫子。

 隼人は呆れたため息を1つ。

 このまま入り口で騒がれても店が困ることだろう。


「……はいはい。とりあえず席に案内するから」

「あ、それだけど、奥の半個室になってるところにしてもらってもいい?」

「うん? あそこは基本的に4人からのところだし、今別に空いてるってわけじゃないから――」


 隼人が難色を示すと、姫子は少しばかりうざったくなるドヤ顔になって、ちっちっちっと指を振る。


「ふふーん。今日は他にも、もう1人待ち合わせしててね! だからいいでしょおにぃ、彼氏さん」

「まぁそういうことなら……伊織?」

「あぁ、構わないぜ……って!?」

「あ、来た来た! おーい、あいちゃーん!」

「……っ!?」


 その時、ふいに姫子が外に向かって手を振った。

 待ち合わせ相手が来たらしい。それはわかる。

 だがあまりに意外な相手に、表情をぴしゃりと強張らせてしまう。それは隼人だけでなく、伊織とみなもも同様に、目を大きく見開き固まってしまった。


「あ、あの、どうも……」

「あんたは、何故……」


 店に入ってきたのは現役人気モデルにして一輝の元カノ、佐藤愛梨だった。

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