254.もう1つの華


 流れに逆らって歩く。

 すると今度は前方からみなもがやってくることに気付いた。


「あ、みな――」


 隼人は挨拶しようとするも、途中で言葉を呑み込む。

 みなもも一輝と同じくクラスメイト思しき女子たちと一緒にいた。

 彼女たちは春希の歌についてきゃいきゃいと騒いでいる。その顔には陰りが見られない。

 きっとみなもはこの瞬間、今までと変わらない同じ日常にいるのだろう。

 それはとても尊く、しかし酷く脆いものかもしれないと感じてしまって。

 だけど、今はこれでいい。

 それに女子だけのグループにいるみなもに声を掛ければ、周囲はどんな反応を示すか。思春期における彼女たちのそれは、想像に難くない。わざわざ騒ぎを起こす必要もないだろう。

 けれど、少しばかり自分に言い訳じみている自覚もあった。

 幸いにしてみなもはこちらに気付いていないようだ。

 隼人は挨拶で上げかけた手でガリガリと頭を掻き、顔を伏せうつぶせ気味に彼女たちと通り過ぎる。

 足は自然と昇降口へと向いていた。無意識だった。

 一瞬背後を振り返り、1-Aへと向かう人の流れを見て苦笑を零す。


 校舎を一歩出れば、ガラリと空気が変わる。

 青く澄んだ開放的な空の下、校門前ではゲート制作に励む有志たち。グラウンドでは大型野外ステージや運動部の出し物、屋台などの完成に向けて飛び交う人と資材と掛け声。

 今までこうして眺めることはなかったけれど、それらは活発で力強く、見ているだけで自分もむずむずと動きたくなる。あぁ、なるほど。これがいわゆる体育会系の空気なのかもしれない。

 元々月野瀬で畑や羊の世話で身体を動かすことが多く、そうした肉体労働従事者の宴会で料理の腕を振るってきたこともあり、こうした空気は肌に合う。

 そんなことを考えていると、体育館の方からワァッ、と歓声が聞こえてきた。先ほどの春希に匹敵するような大きさだ。

 一体何事だろうか?

 グラウンドや校門に居る生徒たちも、どうしたことかと手を止め囁き合っている。

 隼人はやけに気に掛かり、スゥっと吸い寄せられるに騒ぎの下へと足を運ぶ。

 開け放たれた扉越しに中を覗けば、疑問はたちまち氷解した。


『テイルストレット国の支援は必要不可欠、だから私が直接話をしに行くと言っている!』

『しかし姫様、今は追われる身! 道中ゴークラウドからの追手も!』

『それにあの国の王は残虐非道、教会すら焼き討ちにしたと!』

『もしも姫様の身に何かあれば……っ!』

『だからこそ、私が直接出向き誠意と本気を見せるべきだろう!』

『『『……はっ!』』』


 隼人も思わず息を呑み、肌が泡立ち、背筋をゾクリとさせ跪きそうになってしまう。

 壇上に居るのは和風の姫武将といった出で立ちの、凛とした少女。

 見目麗しく、品を感じさせる華やかな人だった。

 思わずそのまま立ち止まり、見入ってしまうほどに。

 おそらく演劇部の練習なのだろう。

 途中からなので何の演目か、内容はよくわからない。

 しかし彼女の演技から感じ取れるこの逆境を決して諦めないという不屈の想い、しかし時折滲み出るどうしようもない悲壮感がより一層その健気さを際立たせ、この国を追われることになった数奇な姫がどうなるかハラハラと見入ってしまう。

 彼女だけでなく、他の演者の誰もが真剣だった。

 渾然一体となってこの舞台を1つの生き物のように形作っていく。

 今まで培い練習してきたものの集大成、晴れの舞台に向けての完成度を高めるために。本番では決して失敗は許されないのだから、熱も入ろうというもの。

 隼人もごくりと喉を鳴らす。

 いつしか周囲からの騒めきを奪い、誰しもが目の前の舞台に没頭させられていく。それだけ、惹かれるものだった。

 それでもやはり、舞台の中心は姫将軍の彼女。

 彼女が人を惹きつける華とすれば、周囲は差し詰め引き寄せられた蝶のごとく。もしくは太陽だとしたら、その周囲を彩り踊る惑星。


『――ほぅ、ならば余に示してみよ』

『必ずや楽しませてみせます』

『ふふっ、まこと面白い女だ』

「そこまで! ここで休憩に入りまーす。問題や気になったところ今のうちに――」


 やがてキリがいいところで休憩にはいると共に、またもワァッと、先ほどより大きな歓声があがる。周囲を見渡せば、先ほどより人が増えているようだった。

 隼人も自然と拍手をもって賞賛を送る。

 そして誰からともなく、今の演目について囁き合いだす。


「噂では聞いていたけど、あれが高倉先輩……」

「部活の先輩たちが色々騒いでたのも納得だわ」

「さすが高倉、今年のミスコンもあいつで決まりかな」

「去年より、色々磨きがかかってたね」

「でも1年にすごい子がいるって聞くよ?」

「そうそう1年といえばさ、高倉さんをフッた子がいるって話!」

「え、マジか!?」

「それ知ってる! どうも――」

「もしかしてサッカー部の――」


 それらを耳にした隼人は複雑な表情で眉を寄せ、理解する。再度、彼女の方へと視線を移す。

 高倉柚朱。

 彼女の噂は隼人でさえも耳にしている。

 去年の文化祭ミスコン各部門総なめだとか、言い寄ってくる男子を悉く切り捨てているだとか、そうした話題に枚挙に暇がない。

 こうして目の当たりにしたらなるほど、それらは真実なのだと説得力があった。

 見ての通り、華やかながらも凛として一本筋が通った人なのだろう。

 今も演劇部の役者、大道具や衣装のスタッフたちと気に掛かった点などを洗い出しよりよくしようと話し合っている。その真摯な姿はますます周囲の評価を上げるに違いない。


「……」


 だけど、何か妙に引っかかるものがあった。

 未だ役に感じた時と同じ悲壮感にも似た空気を纏っているのだ。

 それだけ役に入りこんでいるというのだろうか?

 わからない。

 しかしもしそうだとして、それは隼人が首を突っ込むものではないだろう。別に彼女とは知り合いでもなんでもなく、ただ間接的に知っているというだけなのだから。

 考えても仕方ない。

 小骨のように引っ掛かったわだかまりを追い出すように小さくかぶりを振り、体育館を後にした。

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