6-6
251.何も言えなかった
校門が近付くにつれ、熱を孕んだ喧騒は大きくなっていく。
隼人は久しぶりに1人で登校したということもあって、なおさら騒がしく感じた。
いつもなら運動部の朝練が行われているグラウンドにはいくつもの屋台が林立しており、文化祭本番を間近に控え浮き立った空気を醸している。
彼らの様子を横目に花壇を目指す。なんとなく、そこにいる気がした。
そして案の定、花壇で作業をしている春希とみなもの姿が見え、一瞬足を止める。
思い返せば、いつだって毎朝野菜の世話をするみなもの姿が思い浮かぶ。
きっとそれは、みなもの日常を象徴。
だから隼人は努めて明るい笑顔を心掛け、声を掛けた。
「はよーっす春希、みなもさん」
「あ、隼人!」
「おはようございます、隼人さん。ところでこちらのジャガイモって、そろそろ収穫できるでしょうか?」
「っ! え、あぁ……ちょっと早いかもだけど、葉が色付いてしんなりしてるやつはいけるんじゃないかな? ほら、あそこのやつとか」
「じゃ、ボクそれ収穫してみよ」
「隼人さん、あの芽掻きしたのを移植したところはまだまだですか?」
「そうだな、もうちょい肥料をやって育てた方がいい」
「あはっ、種芋があるかどうかであからさまに育ち具合が違うんだね」
「ふふっ、そうですね」
「……」
返ってきたのはひどく自然体で、いつも通りなやり取りだった。
額に汗、頬や手袋には土汚れ。まるで昨日のことなんて何もなかったと言わんばかりにジャガイモを収穫しており、思わず呆気に取られてしまうほど。
「んっしょ……それにしてもジャガイモってさ、思った以上に色んな大きさのものがあるんだねー」
「そうですね。親指とかピンポン玉くらいの大きさの、市販では売ってない大きさのものもたくさんありますし」
「あぁ、そういうの月野瀬だと素揚げにして塩と青のり振ったり、レンジでチンして柔らかくしたのをみりん醤油、砂糖で煮っころがしたのが受けよかったな」
「おいしそうだけど、相変わらずお酒のお供みたい。って隼人だからか」
「一言うっせぇよ、春希」
「ふふっ、でも実際小さいと皮を剥くのが大変ですから、そのままの形で使う方が良さそうですね」
「……とりあえず、俺も収穫手伝うよ」
引っかかるものがあるものの、まずはいつもと同じように日常に従事する。
とはいえ既に春希とみなもが収穫をしていたこともあり、それに育ちきっていないものも多く、さほど時間はかからない。
隼人がスコップやハサミ等の道具を片付け戻ってくると、春希とみなもは収穫したジャガイモを分けていた。そして、ある違和感に気付く。
「ん? 分ける量、いつもと違くないか?」
「あ、これ、夕飯はしばらくボクもみなもちゃんと一緒に沙紀ちゃん
「っ……へぇ」
「ほら、隼人さん
「そ――」
――そんなこと、と反射的に飛び出しそうになった言葉を咄嗟に呑み下す。
うちに来て欲しいというのは、隼人のエゴだ。
それに霧島家は母が戻ってきたことで、これまで欠けたピースが揃っている。今、家庭の事情を抱える彼女たちにとって、それを見せられるのは辛いことなのかもしれない。
「――そっか」
隼人は自分にそう言い聞かせ、それだけを呟く。
どうにもやる気が空回りしており、どんな顔をしているか2人に悟られないようそっぽを向いて嘆息を1つ、ガリガリと頭を掻いた。
「はい、隼人の分」
「おぅ」
そしていつものように収穫したジャガイモを受け取り、教室へと足を向ける。
昇降口に行くまでの間も春希とみなもは土の落とし方がどうだとか、種芋がドロドロに溶けていただとか、大きくなりすぎてひび割れたジャガイモがあるだとか、そんな先ほどの収穫についての花を咲かす。
隼人はそんな2人を見つつ、うまく言葉に出来ない感情を持て余していると、入り口付近でこちらに向かって手を振る女子生徒たちに気付いた。
「あ、三岳さんだ! おーい!」
「三岳さん、実は昨日プラネタリウムで流すストーリーの原稿の草案完成してね!」
「ぜひぜひ、目を通していただきたく!」
「やっぱり星座といったら神話!」
「こう、ロマンスと絡めてさ!」
「わ、わっ」
興奮気味の彼女たちは矢継ぎ早にみなもに声を浴びせかける。
みなもは一瞬驚いたもののすぐに苦笑を零し、「私はこれで」とこちらにぺこりと頭を下げれば、隼人もひらりと手を振って応えた。
みなもがクラスメイトたちのところへ駆け寄っていく後ろ姿を見送り2人になる。
すると春希はそれまでと打って変わって、悔恨を滲ませた言葉を零す。
「ボクさ、何も言えなかった」
「……春希?」
いきなりの豹変ぶりに戸惑いを隠せないがしかし、すぐさま直感的に昨夜のことだと察する。
こちらに振り向いた春希は、少し困った顔をして口を開く。
「昨夜さ、みなもちゃんが両親と何があってどうなったのかとか話してくれたんだ。……聞いてるだけで胸が痛くなってくる話だった。でもボクは、その話を聞くだけしかできなかった」
「それは……」
決して、何も言えなかった春希を責められる人はいないだろう。それだけデリケートで難しい話なのだ。みなもだってそうに違いない。
隼人だって春希の
そして春希はスッと目を眩しそうに細め、校門――正確には中学校のある方を見て手を伸ばし、憧れにも似た声色で囁くように謳う。
「沙紀ちゃんはさ、『それだけお父さんたちのことが大好きなんですね』って言ったんだ。その瞬間、ボクもストンと胸に落ちたんだ。その言葉があったから、みなもちゃんは今まで通りを装えている」
「それは……」
「ボクには想像も付かなかったかった言葉だったんだよね」
「……」
春希が自嘲と共に苦笑を零せば、隼人も同じように眉を顰める。
沙紀のおかげというのも真実なのだろう。妙に納得するものがあった。
ここ最近の沙紀はとても眩い。
かつての引っ込み思案なところはどこへやら。
隼人もどれだけ彼女に心を揺さぶられ、驚かされてきたことか。
「沙紀ちゃんって、凄いよね」
隼人の心の内を代弁するかのように、春希が言葉を零す。
その声には己に向けての諦観や
だから隼人は咄嗟に言葉を被せる。
「春希のお手柄だったよ」
「……え?」
いきなり脈絡のないことを言っている自覚はある。
春希だってどういうことだと、訝し気な顔を向けてくる。
それに対して今度は隼人が、自嘲めいた声色で返す。
「俺はあの時、何も出来やしなかった。でも春希がみなもさんを強引に連れ出してくれたからこそ、今ああしていられる」
「それはっ! 別にボクは……」
「もしあの場に俺だけだったら突っ立ってるだけで、今頃みなもさんに会わせる顔なんてなかったよ」
「でも……っ」
「……だろ?」
「隼人……ったく、もぅっ!」
だけどそれは隼人の偽らざる本音でもあった。
もしあの時春希がおらず、声を上げることができなかったら……
昨夜、何があったか詳しいことはわからないけれど。
それでも隼人から見れば、みなもを救ったのは春希なのだ。
「ま、お互い頑張ろうぜ」
そう言って、少し困った顔をして拳を突き付ける。
すると隼人の心の内が伝わったのか、春希は眉を寄せて笑い、伸ばしていた手を握りしめてコツンとぶつけた。
「うん、そうだね」
※※※※※※※※
書籍化作業に入るので更新ペース落ちます
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます