246.――今はまだ、普段と同じノリで傍に居ることくらいしかできないけれど


 春希とみなもに追いついたのは、住宅街にある公園の前だった。

 隼人を待っていたのか入り口付近で2人は手を繋いだまま、足を止め佇んでいる。


「は――」


 るき、と言葉を続けようとして、途中で呑み込む。

 2人の背中は話しかけるのが躊躇われるほど、悲哀が漂っていた。

 春希とみなもが抱えているのは、自分ではどうにもできないことだ。

 ましてや他人である隼人に、どうこうできやしない。

 だけどそれが、何もしないことの言い訳にはなりやしない。

 必死になって出来ることを探すがしかし何も見つからず、無力を痛感しもどかしさに身を焦がす。

 隼人が言いあぐねていると、春希が後悔を滲ませた暗い声色で呟く。


「あーあ、ボク何やってんだろ。みなもちゃんのことになると、我慢できなくなっちゃったんだよね……」

「……」


 言外に自分のことなら大丈夫だったんだけどね、と含ませて自嘲を零す。

 それは暗に、春希がずっと我慢しているということも示していて、隼人の顔が歪む。

 春希は「ふぅ」と大きなため息と共に、諦めに彩られた胸の内を晒す。


「みなもちゃんを連れ出したところで、どうにもならないんだよね。事実は変わらないし、何かが上手くいくわけじゃない。ただ逃げただけ」

「それは……」

「ボクは、無力だ」

「……っ」

「例えば誰も知らないとこかの街に行ったとして、高校生に何が出来る? 学校は? 住むところは? お金は? 学校を辞めて働く? それをしてどうなる? ……ボクたちはまだ、誰かに生かされている」


 春希の言葉が隼人の胸に突き刺さる。

 まったくもってその通りだ。

 そんなこと、痛いほどわかっている。

 幼い時、出会った頃と比べ、随分と背は大きくなった。

 料理にバイト、原付免許の取得など、できることも増えた。

 もう子供じゃない。

 しかし、ただ、それだけ。

 できることはまだあまりに少なく、とても大人と言えやしない。

 ちっぽけで無力な自分に辟易する。

 悔しさからぎゅっと握りしめた拳に爪が食い込み血が滲む。

 だけど同時に、強い想いが胸に湧き起こる。

 そんな隼人や春希とは対照的に、みなもは少し照れ臭そうな顔でぎゅっと繋がれた手を掲げ、明るい調子で言った。


「でも、春希さんは私の手を掴んでくれました」

「みなもちゃん……?」

「こんな私でも一緒に居てくれる人がいるって、すごく嬉しかったです」

「……ぁ」


 大きく目を見開く春希。

 みなもが零した笑みに照らされ、春希の硬い表情も氷解していく。

 隼人もまだ少し硬い空気を掻き分け、ポンッと春希の頭に手を乗せくしゃりと掻き混ぜ、努めていつもと同じ調子を意識して声を掛ける。


「わぷっ、いきなり何をするのさ!」

「なぁ、よくよく考えたらさ、何もできないのって当然だよな」

「……隼、人?」

「俺だって料理や畑仕事も最初の頃は失敗ばかりしてたし、そういうのを繰り返して、出来ることを増やしていくしかないんだよな、相棒・・

「ぁ。……うん、そうだね」


 まだ、何をどうしていいかわからないけれど。

 それでも、友達だから。

 もう、これ以上見て見ぬフリなんてできやしない。


「ま、ちょっと問題がレアなもんだから、解決の見当もつかないけどな」

「軽く言ってくれちゃってさ、もぅ」

「くす。でもそうですね、困ったもんです」

「みなもちゃんまで!」


 隼人がおどけたようにそう言えば、くすくすと小さな笑いが広がっていく。


「とりあえず俺んでメシでも食おうぜ。これからどうするか考えるにしてもさ、まずは腹に何か詰めないと頭も回んないだろうし」

「えっと、いきなり私が押しかけても大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫、ボクだけでなく沙紀ちゃんも夕飯食べに来てるし、今更1人増えたところでね」

「それ、俺のセリフ!」

「……ぁ。ふふっ、そういうことなら」


 そう言って霧島家へと足を向け、前を向く。


(……ぁ)


 そしてこれだけは言っておかなければ思った言葉を、背中越しに投げかけた。


「俺はさ、産まれてきてくれてよかったって思ってるから。こうして友達になれて、楽しい日々が送れて……もしいなかったら、世界はきっとひどくつまらなかっただろうな」


 気障でらしくないことを言っている自覚はあった。

 だけど偽らざる本音でもあった。

 顔だって暑いくらいに熱を帯び、赤くなっていることだろう。

 恥ずかしい気持ちはある。

 だけど、想いは言葉にしないと伝わらないのだから。

 頬を人差し指でポリポリと掻いていると、バシンッと強く背中を叩かれた。


「痛ーっ、何するんだよ春希!」

「知らないっ! 隼人が悪いっ!」

「何だよ、それ!」

「ふふっ、今のは隼人さんが悪いです」

「みなもさんまで!?」


 春希はこちらの抗議を無視してズンズンと前を行く。ちらりと見えた耳の先は赤い。

 どうして叩かれたかわからず憮然としていると、みなもにまで窘められる。

 こちらも意味が分からなかった。

 しかし振り返り、ベーっと舌を出す春希の顔には、何の陰りもなくて。

 だからきっと、その言葉は間違えてはないのだろう。

 そのどこか悪戯っぽい笑顔はかつて月野瀬でみたはるき・・・のそれと同じで――そして隼人の好きな笑顔だった。

 あぁ、そうか。

 心が疼き出す。

 思えばずっと、幼い頃から楽しそうに笑うあの春希を求めていた。

 隼人にとって、友達は、特別だ。

 友達と交わり、様々なことに触れ、色んなものを見て、今の自分があるのだから。

 月野瀬田舎では友達とはっきりと言える同世代の相手がいなかったから、ことさらに。

 友達のために何かをするのは、当然のことなのだ。

 秋祭りの時、一輝だってそうだったではないか。

 いつだって友達大事な人には笑顔でいて欲しい。

 だからそんな友達・・の力になりたいと、力になれる自分になりたいと、強く想う。


 ――今はまだ、普段と同じノリで傍に居ることくらいしかできないけれど。

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