244.父


 放課後、というには少し早い時間。

 事実途中で抜け出してきた隼人と春希は、今朝遊ぶ約束をしたみなもを伴い、彼女の家へと向かっていた。


「やー、みなもちゃんが呼びに来てくれて助かったよ……」

「俺、衣装合わせがあんなに紛糾するものだなんて知らなかった……」

「あ、あはは。すごい熱気でしたもんね……」


 ぐんにょりと肩を落とす春希。

 げっそりと疲れた表情の隼人。

 そんな2人の隣で乾いた笑みを零すみなも。

 話題は先ほどまで繰り広げられていた、衣装合わせという名の阿鼻叫喚とした撮影会。

 元々は吸血姫カフェで使う衣装のサイズが合っているかどうかを見るためだった。

 しかし春希に手渡されたものは、仮縫いとは? と言いたくなるようなクオリティのドレスと、打ち合わせになかった複数の衣装に困惑する。担当者たち曰く、キャラへの愛が溢れてしまったらしい。

 そして熱く語る彼らの言葉が、普段は内装や調理といった他部門の人たちの心に火を点けてしまった。

 やれ各衣装の作り込みがどうだとか、この曲のための衣装を作ってくれだとか、それぞれに合わせるバンドの衣装や給仕の衣装はどうだとか、喧々諤々。

 当の春希は衣装の出来を見るためと言われ、着せ替え人形にされては様々なポーズを要求されていた。

 最初こそはノリノリだったものの、お昼を摂る間もなく3時間以上もぶっ続けで揉みくちゃにされれば疲労困憊にもなろうもの。

 しかも彼らには有無を言わせぬ迫力があり、中座も許されない。

 プラネタリウムの準備が一段落ついたみなもがこちらの教室に様子を見に来たところ、それをダシにして脱出してきたのだった。

 とはいうものの、3人の足取りは軽い。

 特にみなもは落ち着かない様子で口元を緩ませながらそわそわとしている。

 隼人と春希はそんな彼女に釣られてくすりと笑みを零せば、みなもは気恥ずかしさから頬を染め、視線を前に向け、とつとつと弾む声で話し出す。


「こんな風に、放課後誰かが遊びに来るのって小学生の時以来でして。なんだかんだとはしゃいじゃってるのかも知れません」

「あー、中学からは部活が本格的に始まったり、行動範囲も広がってどこか買い物やカラオケとかへ遊びに行くし、誰かの家に行くってあんまりないことかも……って、隼人!」

「べ、別にまだ何も言ってないだろ!」

「中学時代のぼっちで寂しいボクを想像したのか、妙に生温かかい顔してるし!」

「言いがかりだ!」

「じゃあ、そんなことは全然思わなかったんだ?」

「…………まぁ、うん」

「目を逸らすなーっ!」

「痛ーっ!」


 頬を膨らませた春希がツッコミとばかりに脇腹を抓り、隼人が大仰に痛がってみせる。

 そんな幼馴染同士ならではの、予定調和な子供じみたやり取り。

 今度はみなもが微笑ましく頬を緩ませる。

 隼人は抓られた場所を擦りつつ、どこか納得した風に言う。


「まぁ姫子を見てたらよくわかるな。しょっちゅう放課後買い食いしたり遊びに行ったりしてるみたいだし」

「ひめちゃん、あっという間にプチプラ系のお店に詳しくなっててビックリだよ」

「プチプラ?」

「プチプライス。安くてかわいい雑貨やコスメ、ファッションのこと」

「ふふ、確かにそうかもしれませんね。……けど、私は……」


 そしてみなもは少しばかり困った顔をした。

 隼人はそこに引っ掛かりを覚えるものの、隣の春希も深刻な顔で顎に手を当てながら呟く。


「そういやさ、こういう時って何をして遊べばいいんだろう……隼人、わかる?」

「わかるわけないだろ。そもそも月野瀬に同世代がいなかったから、誰かの家に行くって発想自体が……みなもさん、小学校の時とかってどうしてたんだ?」

「ええっと低学年の頃ですが、一緒に本や漫画読んだり人形遊び、他には折り紙やお絵かきとか……」

「あ、あはは。さすがにこの歳になってするようなものじゃないね。漫画は……どういうの読んでるか気になるけど、皆で出来るものじゃないとね。ゲームとかある?」

「今年こちらにきたばかりなので、何も。おじいちゃんの囲碁とか将棋、麻雀なら」

「どれも3人だと人数が合わないな」

「そもそもボク、どれもルールわからないや。花札ならミニゲームでやったからわかるけど」

「いっそ勉強でもしますか?」

「「いや、それはちょっと」」


 隼人と春希が声を重ねれば、みなもを中心に笑いが広がっていく。

 そうこうしているうちに、みなもの家が見えてきた。

 この近郊でも一際目立ち、年代を感じさせる大きな日本家屋は、三岳家の資産の程を感じさせる。

 少々ドキリと気圧されていると、みなもの家の隣の方から声を掛けられた。


「あら三岳さん、みなもちゃんが帰ってきましたよ。あら、お友達も一緒ね!」

「むっ!」

「わふっ!」

「ただいまです、おじいちゃんに奄美さん! それにれんとも!」


 声の主は人好きのしそうな老婦人。そのすぐ傍らにはみなもの祖父と機嫌良さそうに尻尾を振る大型犬ラフコリーのれんと。どうやら世間話でもしていたらしい。

 こちらに気付いたみなもの祖父は孫娘の姿を見て相好を崩すものの、隼人の姿を認めるなりみるみる表情を険しくしていく。

 そしてズカズカと大股で詰め寄ってくれば、隼人も思わず後ずさる。


「こ、こ、こ、小僧っ! どうしてここにっ!」

「あーその、お久しぶり、です」

「も、もしやみなもを毒牙に!?」

「た、単に遊びに来ただけですって!」

「みなもは遊びだというのか!?」

「なんでそうなる!?」

「もぉ! おじいちゃん、何言ってるの!」


 顔を真っ赤にするみなもの祖父に、隼人は両手を前に出して否定する。

 すると何かに気付いた様子の隣家の奄美が声を上げた。


「そういえばみなもちゃんが男の子を連れてくるなんて初めてね! 最近髪型とか色気づいたと思ったら……うふふ、こっちの方の子が、そういうことなのかしら?」

「あ、奄美さん!?」

「うぐぐぐぐぐ小僧、やはり貴様……っ!」

「だから違いますって!」

「ならみなもは可愛くないって言うのかーっ!?」

「もぉーっ、おじいちゃん!」

「春希、気配消して塀と同化してないで、何か言ってくれ!」

「いやいや、こんな面白そうな修羅場、ボクのことはお気にせず」

「面白いって、おい!」

「あはは……こほん。そう言えば隼人ってよくみなもちゃんの大きな胸に目を――」

「ぴゃっ!?」「春希っ!?」「こっ、こっ、こっ、こっ、こっ!」「うふふ、男の子ね」


 隼人は助けを求めるものの、悪ノリした春希が事態の火に油を注ぐ。

 みなもの祖父は顔を茹でダコの様に真っ赤にして掴みかかり、隼人はしどろもどろになりながらも宥めすかす。

 みなもも横から隼人を援護するものの、胸を隠すように腕で抱いていれば、余計に波風が立つばかり。

 しかしそんな様子を見る春希や奄美の目は微笑ましいもの。

 れんとも「わふっ!」と嬉しそうに鳴いている。

 隼人は『余計なことを!』と春希をねめつけるが「にひっ」、といつもの悪戯が成功した時の笑みを返されるのみ。

 げんなりとした様子でちらりとみなもを見てみれば、機嫌の良さを感じ取れる。

 騒がしくも賑やかで、悪くない空気だった。これだけでもみなもの家を訪れた価値があったかもしれない。


「ったく小僧、今日という今日は――――む」

「……おじいちゃん? ――――ぁ」


 しかしその時、騒ぎの中心だったみなもの祖父が急に黙りこくり真顔になる。

 突然のことにどうしたことかと顔を見合わせる隼人と春希。首を傾げる奄美とれんと。

 怪訝に思ったみなもが祖父の顔を覗き込み、視線の先を追えば、ピシャリと表情を固まらせた。

 場の空気が一気に不穏なものへと塗り替えられていく。

 みなもと祖父の見ている先へと顔を向ければ、そこに1人の人物がいた。

 少しくたびれたスーツ姿で痩せぎすの、どこにでもいそうな壮年の男性だ。やけに感情を感じさせない能面の様な無表情さが気に掛かる。

 みなもと祖父はどんどん気まずい空気を醸し出す。

 奄美婦人はオロオロしだし、れんとは低くうつ伏せ気味に構え「ぐるる」と低い唸り声を漏らす。

 状況を呑み込めない隼人と春希が言いあぐねている中、みなもはやけに彼女らしからぬ硬い声を男性に向けて放った。


「…………お父さん」

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