241.同情しないよね
中学生組と別れた隼人と春希は、文化祭についての他愛のない話をしながら学校へと向かう。
「うーん、嵩張るけど、ちょっとしたコスメとか持ち歩いた方がいいのかなぁ」
「んー、そうかもな」
隼人は相槌を打ちながらちらりと春希を窺う。
いつもと変わらない、あっけらかんとした様子だ。
そもそも隼人にとって春希は、いつも明るく笑っているイメージが強い。
かつて月野瀬で遊んだ時も。
都会に来て再開してからも。
いつだって屈託のない笑顔を見せている。
けれど今は、その裏に深い懊悩を抱えているのを知っている。
それだけでなく初めて出会った時の諦めの滲んだ暗い顔、拒絶の色に染まった濁った瞳、されど寂しいのは嫌だと藻掻く空気を醸していたのは、忘れられそうにない。
春希をそうさせていた原因は母、田倉真央との関係。
先程の頬のことを考えるに、今も上手くいっていないのは確かだろう。
「でさー、吸血姫のあれも教室とはいえステージでしょ? やっぱ舞台映え用のメイクって……って、聞いてる隼人?」
「え、あぁ、聞いてるよ」
「ほんとかなぁ?」
春希が少し拗ねたように唇を尖らせれば、隼人は何とも曖昧な笑みを返す。
目の前の幼馴染はいつもと変わらない。しかしその胸に抱える、かつて幼い頃にはついぞ知ることも気付くことのなかった事情を、今は知っている。
けれどそれは、ただ知っている、だけ。
そのことにひどく無力感を覚える。
姫子のことも、みなものこともそうだ。
ぎゅっと強く手を握りしめ、眉間に皺を刻む。
ふとその時、沙紀の顔が脳裏に浮かぶ。今まで引っ込み思案で口下手だったがしかし、最近とみに輝きどんどん眩しくなっていく彼女から教えられたではないか。
ニコリと笑う沙紀に叱咤されたような気がして、意を決し口を開く。
「……なぁ、春希」
「うん? どうしたの?」
声が硬くなっている自覚はあった。躊躇いがないかと言われれば嘘となる。
それでも春希が、もし自分の知らないところで――かつて月野瀬で一緒だった時と同じように――傷付いているというのに、何もできない自分は許せそうにない。
自分に何ができるかだとか、話し辛い家庭の事情だとか、そんな不安を呑み込んで一歩踏み出す。
「その、もっと昨夜みたいなこととかあったら、もっと頼って欲しい」
「隼人……」
零れた声には少し懇願するような色が含まれていた。
隼人の言葉を受け止めた春希はジッと見つめ返し、少し困ったような、自分に呆れたような苦笑いを浮かべる。
そして眉を寄せ、目蓋を伏せ、確認するかのように胸の内を零す。
「……正直、昨夜のことはショックが無かったと言えば嘘になるかな。結構キツかった。今日とかどんな顔すればいいかって、思わず隠れちゃってたし」
「ならっ」
「けどね、隼人の顔を見たらどうでもよくなっちゃった」
「…………は?」
春希の言ってることが、今一つよくわからなかった。
今朝出会った時を思い返すも、特に何もしていない。
思わずどういうことかとまじまじと幼馴染の顔を覗けば、春希は気恥ずかしそうに身を捩らし、一歩前へ飛び出した。そして顔を見せず、背中越しに理由を話す。
「隼人ってさ、同情しないよね」
「それは……」
どういう意味だろうか? 責められているのだろうか?
言葉の意図が分からず渋面を作る隼人に、春希は言葉を続ける。
「ボクが家で1人だということを知った時も、田倉真央の私生児だって言った時も、他にも色々。さっきだって、そう。一緒に怒ってくれたり、そっと寄り添ってくれるけど、決して憐れんだりなんかしない」
「当たり前だろ?」
隼人がそう返すと、春希はビクリと肩を震わせ足を止めて振り返った。
「……そういうとこだよ」
「……どういうとこだよ」
「そうやってさ、いつもボクをボクとして見てくれているから、ボクはかわいそうな奴にならずに済んでる。だからさ、思っちゃったんだ。隼人が居ればそれで大丈夫なんだって」
「――――ぁ」
そう言って少し照れ臭そうにはにかんだ春希の顔はまっすぐで、気負いもなく、綺麗だった。
それだけでなく素直な言葉からは隼人への揺ぎ無い信頼があった。それが一直線に伝わり、ドキリと胸が跳ねる。
隼人は「おぅ」と軽く答え、目を逸らす。顔が赤くなっている自覚はあった。
春希も同様に頬を赤く染め、面映さを誤魔化すようにポンッと手を叩き、別の話題を打ち出し、歩き出す。
「そうだ、今日の放課後さ、早速みなもちゃん
「っと、そりゃいいな」
「花壇に行って約束取り付けないとね」
「あ、やっぱ何か手土産必要かな?」
「え、わざわざいらないでしょ。高校生が友達ん
「でもあの爺さん、無かったらグチグチ言いそうだし」
「あはっ、確かに!」
隼人と春希は顔を見合わせくすくすと笑う。
通学路を歩む2人の足取りは、ひどく軽かった。
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